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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
13/41

第十一話 死神と龍







 それは、砂漠の中の発展途上国とは考えられぬほどの部屋だった。

 備え付けられたテレビは大型液晶で、空調設備も整っている。

 調度品はまるでホテルの一室のように綺麗であったし、彩る照明は柔らかい光を放っていた。

 だが、そんな中に居るのは穏かな様子ではない女性二人組み。


 「………」


 腕を組み、黙りこくったフェリア。


 「あぁ、もう!私はこんなところで死ねないのよ!死んでたまるもんですかっ!!」


 泣き疲れたのか、今度は怒り始めたリラ・アーノート。

 両者は四人掛けのソファーに腰を下ろして、優雅に紅茶を啜っていた。

 尤も、リラの場合は啜る、というよりも流し込む、といった体であったが。


 「落ち着け。そう焦っては、いい結果は生まれないぞ」

 「大体、何で私が捕まらなきゃならないんですか!?戦争ジャーナリストですよ!?」


 戦争ジャーナリストだからだ、という言葉を紅茶と共に飲み干し、フェリアは首を振った。

 その動きを否定と取ったか肯定と取ったかは定かでは無いが、リラの怒りは更にボルテージを上げる。

 怒りの矛先が向かうのは、先ほどから唯一の出入り口に立つ黒服の男だ。


 「ちょっと、アンタ!こんな事して恥ずかしくないの!?人間として一片の良心があるなら、早く私たちを解放しなさい!!」


 だが、その言葉に帰ってくるのは沈黙であり、リラは悔しそうに表情を歪めた。

 焦りが先行している様子のリラとは違い、フェリアは事態を把握しようと努力する。


 そもそも、拘束する理由。

 それも、二人とも同時に拘束せざるを得なかった理由だ。

 どちらか片方が対象であったが、結果、仕方が無いので両者拘束したという線。

 これには、フェリアは己自身が狙われる自覚はある。

 それ故に、そこに立っている男の所属している組織が“軍”及び“デイブレイク”に関連する組織であることが推測できる。

 尤もこの説は、リラの齎した情報が正しければ、という注意書きが付くが。


 一方、ジャーナリストであるリラを狙ったというパターン。

 これは良くある話で、こういった紛争地帯では人質を取るためにジャーナリストを拘束することがある。

 そしてその場合、十中八九バックの組織は“反乱軍”ないし“革命軍”だ。

 これは拘束する対象がどちらでも良かった、という例においても通ずる。


 だが、だからこそ、フェリアは怪訝に眉を顰める。

 何故、ここまでの待遇で人質を置いておく必要があるのか。

 ここへと放り込まれるまで意外には目だった拘束は無く、所持品なども無事なまま持っている。

 危害を加える気は無い、とまで言った。

 普通なら、所持品は全て奪い、抵抗の可能性を無くすはず。

 それは果たして、彼らの自信か、慢心か、それとも―――


 「フェリアさん!!」


 現実に意識を引き戻したフェリアに、リラは怒り顔のままで指を突きつけた。


 「貴女も、脱出したいでしょう!?こんな訳の分からない連中に捕まったままでいる道理は無いのですから!」


 熱の篭った言葉に、フェリアはただ頷くことしか出来ない。

 そう、訳の分からない連中。

 軍や反乱軍の取る人質と考えるには手緩く、ただの軟禁である現状。

 では、彼女らを軟禁状態にする理由が必要だ。

 その理由とは一体―――フェリアがおぼろげながらも答えに辿り着きかけた瞬間だった。


 『―――敵襲!!敵襲っ!!』

 「きゃぁあああああああっ!?」


 焦った声は、部屋に備え付けられたスピーカー越しに響いていた。

 驚いた拍子にリラはティーカップを取り落とし、鋭い悲鳴が同時に木霊する。


 「敵襲……まさか」


 男の声で、只管にその事実を告げている。

 そして、部屋の入り口に立つ男も珍しく慌てていた。

 同時に、腰につけていた通信機器を取り出して耳元へと運ぶ。

 恐らく、上のものへと指示を仰ぐための行為だろう。


 それは、拘束する者される者、両者共に予定外のイベント。

 だが、フェリアにはまたとない状況。

 敵となる存在に襲撃され、浮き足立った今のみが。


 「リラ」

 「きゃあああああああああああああああ―――って、はい?」

 「逃げるぞ」


 女性二人が理由見えぬ拘束から逃れ得る、ただひとつの好機であった。







      *       *       *







 「あの野郎、また何も言わなかった……今度絶対潰す。絶対にだ」


 砂地を走る装甲車両ががたがたと揺れる中、リヒトは呪詛の言葉を吐いた。

 表情は剣呑であり、それら全ての怒りと怨みは遠くに居る一人の男に向けられている。


 「仕方ないです。連絡が来たのは、貴方が到着した次の日でしたから」

 「そういう問題じゃねぇんだよ……」


 運転席で軽快に車を飛ばすイナドが、苦笑しながら言葉を紡ぐ。

 が、それはリヒトの心を静めるには至らない。


 イナドが運転する車に乗せられ、最初にした事は全てのネタばらしであった。

 彼の所属する人民解放部隊は、この地で圧政を続ける軍をどうにかするために立ち上げられたゲリラ組織だ。

 そして、そこに対する援助を担当していたのが、第三次世界大戦時に知り合いであった“三英雄”が一人、“猛禽”―――

 即ち、ベルランドは最初から、彼らの存在を知った上でリヒトを寄越したのである。

 そう、フェリアが既に彼らの手中に居る事は幸運なことであり。

 だからこそ、リヒトは連絡不備という理由でベルランドをうらんでいた。


 「そもそも、一度や二度じゃねぇ。全部だ、今までの仕事、全部で連絡を寄越しやがらねぇ!」


 ブライアンの件に関しても、リヒトはベルランドが一枚噛んでいたと見ている。

 バベルが去った後に素早く派遣された“ブライアンの執事”が、“軍用ヘリ”を操っていたのがいい証拠である。


 「きっと、サプライズが好きなのでしょう」

 「笑い事じゃねぇぞ!」


 くすくすと笑うイナドに、リヒトは面白く無さそうに鼻を鳴らした。


 「あの野郎は昔っから俺だけには適当に当たりやがる。“英雄”ともあろう者だぜ?もうちょっと、良い待遇を期待したいんだがなァ……」

 「きっと、信頼しているのでしょう。リヒトさんのことを」


 イナドが言うと、リヒトは胡散臭げに首を振った。

 その様子をバックミラー越しに一瞥し、イナドがくぐもった笑いを漏らす。

 リヒトはその様子を、同じくバックミラー越しに睨みつけるが、イナドが止めようともしない様子を見て嘆息した。






 そこから暫く、車内には会話と呼べる物は無かった。

 横たわる沈黙。

 響く音は、タイヤが砂を噛む小気味の良い音のみ。

 いつの間にか、リヒトの意識は眠りの際へと落ちかけていた。


 「―――っ!!」


 だが、突如その目を見開く。

 リヒトの耳朶には、確かに、砂噛み以外の音が届いていた。

 車外へと身体を傾け、食い入るように砂塵の奥を覗き込む。

 一連の行動に、イナドは緊張の意図を察した。


 「まさか……」

 「急げ!イナド!!」


 口にするが早いか、イナドは言葉とほぼ同時にアクセルを踏み込んだ。

 全速力を出した車は大きく跳ね、中に居る二人が一瞬宙に浮かぶ。

 そして、どこまでも広がる砂塵の奥で見たのだ。

 イナドの目指す先で、戦闘行為が行われているのを―――


 『……イナド様。敵襲です』


 車内に響いた声は重苦しく、イナドに緊急事態を告げるものであった。

 片手で器用にスピーカーの音量を最大に上げると、いつの間にか付けたヘッドセットで返事を返す。


 「敵戦力はどうです?それと、姫は?」


 姫の言葉には心当たりがある。

 恐らく暗号、しかも、リヒトの“相棒”に当たる存在を暗喩した言葉だ。


 『敵戦力は歩兵を主力としていますが、装備からしていつもの正規軍です。姫は……』


 音量最大のためか、通信機の向こうからは絹を裂くような女の悲鳴が響いていた。

 それをリヒトが聞きとがめると同時に、突然通信が途絶える。

 が、数秒の後に何事も無く復活。

 しかし通信機越しの状況は、劇的に変化を遂げていた。


 『今、逃げられました』

 「……ッあの、馬鹿女が!」


 リヒトは思わず毒づいた。

 そもそも、フェリアには何の事情の説明もしていなかったのか。

 疑問を篭めてイナドを見やると、イナドもまた、通信機の先を眺めているように見えた。

 数秒、緊要な沈黙が続き、通信機の向こうの男は口を開く。


 『申し訳ありません。急いでいたもので、事情の説明を忘れておりました』

 「……もういいから、君は、姫を捜しなさい。付き人も一緒に、だ」

 『了解しました』


 言葉と共に、通信が断絶する。

 そして、待っていたかのように、車内に二つの溜息が零れた。


 「……急ぐぞ、イナド」

 「はい。そうですね……」


 砂塵を巻き上げ、暴走運転をしながら、全ての役者が揃いつつあった。

 全てが目指しているのは、イナドたちの隠れアジトの一つ。

 そしてそこに居る、ただ一人の女科学者。

 フェリア・オルタナティブ、その人であった。







      *       *       *







 爆音が響き、甲高い声が上がる。

 揺れる白色の廊下を走り、フェリアたちは出口を目指していた。


 「ここはどうやら元研究所といった具合か……ならばこの廊下は……」

 「っきゃああああああっ!!」


 非常事態にも冷静に対処し、先導するのはフェリアだ。

 いつも通りの鉄仮面に焦りを映すことは無く、迅速に行動する。

 一方、金切り声を上げる女性はリラ。

 恐怖を押し殺す事無く声を上げる様は、しかし、一般人の反応には相違ない。

 その事に関して責める事も、宥めることも出来ないフェリアは、ただ只管に脱出を目指していた。

 背後からの追手は未だ無いことだけが幸いだ。


 「イヤぁああああああっ!!」


 また、爆音が響いた。

 それと同時に上がる金切り声に耳をやられながらも、フェリアは確実に出口へと歩みを進めていた。

 既に研究区画を抜け、エントランスへと繋がる一本道の廊下へと辿り着いている。


 「うぅ……もうヤダぁっ!」


 もう何度目かの、リラの泣き言。

 ただし、今回ばかりは切迫した、本気の泣き言だった。

 その証拠に、先ほどまで手を引かれていたリラはその場に座り込み、細面に涙を浮かべていた。


 「どうした、あと少しで脱出出来るんだぞ?」

 「さっきから爆発してるって事は、敵が居るってことじゃない!!」


 ヒステリック気味に叫んだリラ。

 フェリアは、意外に状況を把握しているな、と、どうでもいい感想を抱いた。

 が、それは今この状況の解決にはならず、溜息を吐きながらリラへと向き直る。


 「なあ、リラ」

 「囲まれているんじゃ貴女でもどうしようもないじゃない!!」

 「むぅ……」


 慰め程度としてでも掛けようとしていた言葉を先に言われ、フェリアは押し黙る。

 いつの間にか涙は浮かべるだけでは飽き足らず、流れるほどの量となってリラの頬を濡らしていた。


 「しかしだな、ここで止まっていても」

 「もう、どうしろって言うのよぉ……」


 どうにも、フェリアには他人の心の機微といったものは理解できなかった。

 だからこそ、彼女は他者よりも深く物を考える。

 せめて他人よりは役に立つように、せめて他人の役に立つように。

 深慮癖とも言える。

 だからこそ、彼女はその背中に迫る黒服の男に気付く事は無かったが―――


 「えぇい!!もういいわ!!」

 「……ぐぅっ!?」


 突然立ち上がったリラの拳を顔面に受け、無様に倒れる男。

 その姿を見て呆然としたフェリアは、後ろに倒れた男を一瞥することすら出来なかった。

 この男はフェリア達を保護しようと駆けつけた人民解放部隊の一員であったが、それに気付けた者は誰一人としていない。


 「だったら、最期まで無様に生き抜いてやろうじゃない!!死んだって、諦められるモンですか!!」

 「リラ……」


 リラは涙を拭いながら、声高に宣言した。

 それは覚悟。

 死に怯えて生きるのではなく、生きる為に死ぬ程の覚悟。

 その意思を受け取ったフェリアは、薄く微笑み。


 「そうか。ならば―――」

 「女の底意地、見せてやるわっ!!」


 リラの威勢のいい声と共に、フェリアは頷いた。

 そして、脳裏に“とある男”を思い浮かべる。


 「一度死んだ気分で、行くわよっ!!頑張れ、逃げるな、私っ!!」


 勇ましく、今にも戦場へと飛び出さんと逸るリラを見てその姿を重ねたのだ。

 “英雄”であり、“切り札(ジョーカー)”であり、“相棒(パートナー)”と言える男。

 リヒト・シュッテンバーグ、その人の姿を。







      *       *       *






 「クソったれ!!俺が“英雄”だっつっても攻撃が収まらねぇどころか激しくなってねぇかコレ!?」


 第三次世界大戦における“英雄”の名はあまり浸透していないようである。

 が、その実力はあまりにも高く、彼に向かい来る軍人たちは片っ端から迎撃され、戦闘不能となっていった。


 「なぁ、イナド!お前の作戦、大失敗だって!!」

 『大丈夫です。貴方の役割は、果たせています』

 「それって囮じゃねぇかよ!!」


 通信先のイナドは涼しげな声で答えた。

 舌打ちしながらも瓦礫と化した住居の基礎へと身を潜め、手にしたアサルトライフルの弾倉を変える。

 現在、リヒトとは別行動を取るイナドはこの場に存在せず、リヒト一人で襲撃者を相手取っていた。

 元研究所を改造した人民開放部隊のアジト周りには、未だ軍人が多く居座っている。

 それらをほぼ一人で相手取るリヒトの負担は、かなりのものだ。


 「ったく!モテるならハイスクール時代にモテて欲しかったぜ」


 それでも、リヒトは軽口を飛ばしながら笑っていた。

 知名度は無いが、忘れてはならない称号、“英雄”。

 仮にもそう呼ばれる彼の実力は、並みの軍人では相手にならないレベルだ。

 障害物に隠れながら三点バーストのアサルトライフルを確実に、対象の戦闘挙動を奪っていく。


 「尤も―――」


 切ると、腰につけた手榴弾のピンを外した。

 爆発時間を調整するために、高めの放物線を描いて放り投げられる。

 その先には、慢心か、暢気に光学照準器を覗く狙撃主が居た。


 「男になんて、一生モテたくは無いがな……!」


 一人呟くと同時に、爆発が巻き起こる。

 高らかに吹き飛んだ狙撃主とライフルを一瞥することも無く、リヒトは再びアサルトライフルの銃把に指を掛けた。

 素早く横合いから銃口を覗かせ、研究所入り口付近の敵に斉射を浴びせる。

 弾倉を全て使いきると同時に、その場で動く者はリヒトのみとなった。


 「流石に、全部相手取るのは無理だな……」


 げんなりと呟きながら、弾の切れたアサルトライフルを放り捨てた。

 こめかみに指を当てて唸りながら、リヒトは振り向く。


 「なあ、アンタもそう思うだろ?」

 「っぐぅ……っ!!“死神”っ……!!」


 それと同時に叩き込んだ裏拳が立ち上がろうとする男の顔に直撃し、意識を刈り取る。

 死んだフリをしていた者を含めて、正面入り口の敵勢力は一人の男の手によって全滅した。


 「死神なんてダッセェ名前で呼ぶなよ……恥ずかしいな、オイ」


 軍人の最期の一言をぼやきながら、何の気なしに研究所の角を見た。

 そこには、新たに現れた敵勢力の姿があり、リヒトは急いで研究所入り口エントランスの柱へと身を寄せる。

 数瞬の後に、柱からは小気味のいい音が響き始めた。


 「武器は無し、逃げ場も無し、どうすっかな……」


 リヒトが打開策を考えようとしたとき、耳につけたインカムにノイズが走った。


 『リヒトさん、援軍の準備が整いました』

 「言っとくが、今から出発しますなんて言われたら、お前が到着するころには俺が蜂の巣だからな」


 流石のリヒトといえど、銃器を持った相手に生身で勝つことなど出来ようも無い。

 だが、イナドはそんな事知らないのか、暢気に答えてみせる。


 『安心してください、今―――』


 轟音と共に、イナドの声が掻き消える。

 直後、リヒトが背を預けていた柱の奥からは砂の柱が空高く舞い上がった。

 その余波を受けたリヒトが受身を取り、振り向いたときには、軍人の姿は無かった。

 が、現れた存在もある。


 『到着しました』

 「やけに時間が掛かってると思ったが、そういう事かよ」


 砂塵に立つ、一人の巨人。

 その手には巨大なウォーハンマーを持ち、他の種類に比べて小型化された身体にも係わらず、雄雄しい物に見える。

 本来は鉄色の装甲は砂色に塗り替えられ、砂漠の兵器であることを主張していた。

 突起の多さは威圧感を与え、同時に、仲間への頼もしさも演出する。

 ジョーカーマシン・ペンタクルが、立ち上がった。


 『大丈夫ですか?お怪我は?』

 「もう少し早く来てれば、俺が頑張る必要は無かったんじゃねぇか」


 ぼやくリヒトだったが、それも当然のことであった。

 自らの体の十倍ほどの鉄の巨人に人間が勝つ術など皆無であろう。

 ましてや、それが歴戦の実力者が搭乗するジョーカーマシンならば尚更だ。

 ジョーカーマシンに対抗できるのは、同じく、ジョーカーマシンのみ。


 『まだ、御二人は捕まった訳では無いようです。貴方は捜索を―――』


 イナドの声を遮るように、リヒトの背中に直感が走った。

 本能に訴えかけてくるこの空気。

 人の心を押し潰さんとする圧倒的なプレッシャー。

 電気的なそれを感じたリヒトは、本能的にその言葉を口にする。

 逃げろ、と、一言。

 だが、それが言葉になる前に、爆音はリヒトの耳朶を打った。


 「逃げ……ろ……っ!?」


 言いそびれた言葉は力なく、零れるように発音された。

 リヒトが見たのは、颯爽と登場し、共闘するはずだった仲間の機体。

 それが、煙を噴き上げて無様に倒れる様であった。


 「イナドっ!!」


 砂煙と、時折ペンタクルの身体から散る破片の所為で近寄ることも出来ない。

 ただ、その名を呼ぶしか出来ない。

 それがもどかしく、リヒトは慌てたように首を回した。

 ペンタクルはこちらに前面を向けながら、前のめりに倒れている。

 つまり、リヒトの振り向いた視線の先には―――


 「アイツか……!!」


 ペンタクルを穿った、軍用ジョーカーマシンの姿。

 だが、その外見は軍用と呼ぶにはあまりにも“普通”のジョーカーマシンとはかけ離れたものであった。


 その異形を表すに相応しい言葉は、龍。

 荒々しい四肢は刺々しく隆起し、血の様に赤く、黒い色をしている。

 体躯は大きく、身体の正中線上には龍の体躯に相応しい立派な尻尾が揺れていた。

 流線型の頭部は動く事無く、その紅い瞳でリヒトを睨みつける。

 両肩から生えた巨大な翼を広げ、龍は高らかに吼えた。

 それは、勝ち鬨か、哄笑か―――


 だが、リヒトは気圧されない。

 バベルとの戦いに味わった焦りや憤りが、再びリヒトの心身に沸き立つ。

 歯を食いしばり、握り拳をきつくし、リヒトは睨んだ。

 それを見咎めたかのように、龍はもう一度吼えた。

 今度は、確実に哄笑。

 怒りに一歩踏み出そうとしたリヒトを止めたのは、彼女の声だった。


 「“アルカナマシン”か……どうやら、リラの情報は確かだったらしい」

 「フェリア!?」


 驚いて声を上げたリヒトが横合いを見ると、研究施設から現れる二人の女性の姿。

 見慣れたコートを脇に抱え、白衣をはためかせるフェリア。

 リヒトがフェリアと分かれてしまう状況を作り出した“迷惑女”、リラ。

 その姿に目を丸くしたが、同時に、リラが叫ぶ。


 「あぁーっ!アンタ、フェリアの腰巾着!」

 「誰が腰巾着だテメェ!!」


 リラの言葉に怒りを顕にしたリヒト。

 だが、その憤怒もフェリアの冷静な視線を浴びせられて沈静化する。

 何よりも、目の前で確かに威圧感を放つ“龍”。

 それこそが、リヒトの心に冷たい何かを走らせた。


 「リヒト。貴様に聞きたい事は山ほどあるが、どうやら悠長に聞く時間は無いらしい」

 「奇遇だな。俺も、お前と同じ意見だ」

 「既にグラインダーは呼んだ。思う存分、仇が取れるぞ」


 フェリアは言うと、その目を龍へと向けた。

 それに釣られるようにしてリヒトも目を向けるが、些かげんなりとした声音で言う。


 「いや、まだ死んだ訳じゃあねぇ気がするが……」

 「そうですよ。まだ、死んではいませんとも」

 「うわぁっ!」


 リヒトが言うやいなや、その背中からは陽気な声が響いた。

 それに驚いたリラが小さく悲鳴をあげ、リヒトは首だけで振り返ってその男を見た。

 幾分かその服装に汚れが見えるが、元気なイナドの姿がある。


 「逃げ足の速いヤツだな」

 「そうしなければ生きていけないのですよ。反乱軍というものは」


 リヒトの毒のある発言に動じる事無く、イナドは笑った。

 そして、指で“龍”を指し示して言う。


 「さあ、仇討ちはお願いしますね?リヒトさん」


 同時に、リヒトの目の前にそれは落下した。

 暗緑色の装甲はなだらかに、砂塵の舞う風を切る。

 半瞬送れて着地した鉄色のバイパスが砂を舞い上げ、肩膝立ちの格好で本体は制止した。

 リヒトに背中を向け、同時に、龍を見据える形。

 それは、アルカナエンジンを搭載したリヒトの剣。


 「行って来い、リヒト」

 「仕方ねぇな……ちょっくら、行っとくか」


 リヒトがそれに乗り込むことで、アルカナエンジンは息を吹き返す。

 身体の隅々へと魔力を行き渡らせ、その双眸に赤い光を宿した。

 睨み付けるは、王者のような余裕を見せ付ける“未知数の強敵(アルカナマシン)”―――


 「Arcana Machine 04 Grinder(グラインダー)、行くぞ……っ!!」


 “英雄”は駆ける。

 己の空を、未知なる敵と共に。

 砂塵に舞う陰謀が、大きく口を開けて彼を待ち構えていた。






ペンタクルのかませ犬っぷりに僕が一番驚きです。

プロットの段階では共闘イベントだった筈なのに……どうしてこうなった。

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