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22ジョーカー  作者: 蜂夜エイト
一章 Surface And Reverse
11/41

第九話 蛇の心臓






 辺りを見回せば、そこは一面の緑だった。

 己の元居た屋敷の周辺とは比べ物にならないほどに、緑の稜線が続く。

 それは、改めてジャングル地帯に彼自身が居ることを感じさせた。

 足元に開いた穴に目を向ければ、崩壊しかかった洞穴が見える。

 が、フェリア達の居る場所は横穴であり、崩壊には巻き込まれてはいなかった。

 危惧を解消したリヒトは、再び、目の前に対峙するジョーカー―――否、“アルカナマシン”を見つめた。


 洞窟内で見ただけでは明かりが無く、その全容は見えなかった。

 だが、今ならばわかる。

 あまりにもその姿は、本来のジョーカーマシンからはかけ離れているのだ。


 本体のみを見るのならば、緑色の装甲に黒い幾何学線の入った一般的なジョーカーマシン。

 頭部は鋭く、扁平上になっており、頭部装甲の隙間から覗く緑色の一対の眼。

 しかし、その背には蛇のような触手がある。

 その触手の一本一本には蛇の頭部が備え付けられていた。

 それが計十二本、うねり、身体をぶつけ合いながら、獲物を見つめているのだ。

 両腕をだらりと垂らし、猫背で獲物を睨むその姿は、まさに蛇―――


 『グラインダー……貴様、リヒト・シュッテンバーグか』

 「おうよ。俺が第三次世界大戦の“英雄”だ。尻尾巻いて逃げ出すなら今の内だぜ?」

 『ほざけ』


 何を今更、といった風なリヒト。

 その“英雄”の名で戦意を下げようと心中、思う。

 しかし、相手はその神経質そうな声を愉悦に歪めていた。


 『目の前に“英雄”とアルカナマシンが居るのだ。鹵獲して持ち帰れば、大きな手柄になるだろう』

 「出来るかな?」

 『出来るさ』


 即答するナードに、リヒトは思わず苦笑した。

 目の前の蛇は、今か、今かと飛び掛るタイミングを計っている。

 そしてそれを目にして、グラインダーもまた構えを作る。

 暗緑色のグラインダーと、黒緑色のウロボロスが相対した。


 『Arcana Machine 01 Uroboros』


 ナードが名乗る。

 その身体を委ねる、寓意の化身の名を。


 『喰らい尽くせ』


 その言葉を契機に、二機のジョーカーマシンは一斉に動いた。

 先手を取るのはウロボロス。

 その背からの伸びる蛇がグラインダーを食い殺さんと唸る。

 だが、グラインダーはそれを軽く、横に飛んで回避した。

 そのまま回りこむような軌道を描き、ウロボロスの側面へと回る。


 「しつこい奴は嫌われるぜ!?」


 だが、ウロボロスの尾は直角に曲がり、グラインダーを追尾する。

 スピードでは遥かにグラインダーが優っている。

 しかし、その追尾性能たるやミサイルよりも遥かに凄まじい。

 そんな蛇が十二本、常にグラインダーを追いかけている。

 幾ら本体を叩こうとも、このままでは背後から喰らい付かれて終りだろう。


 「ならば!」


 その場でくるりとターンし、グラインダーは己を追尾してくる蛇に目を向けた。

 数は九。

 残りの蛇は寝首を掻こうと様子を伺い、今直ぐに攻撃してくる様子ではない。


 『無駄だ。貴様のグラインダーの攻撃力如きでは、蛇は殺せん』


 ナードは嘲笑した。

 確かに、グラインダーの短所の一つには攻撃力がある。

 性能が速さを求めるあまりに、その攻撃力は速さに頼った拳撃や蹴撃のみ。

 そして、その程度の攻撃では“アルカナマシン”の装甲を突破できない。

 それが“アルカナマシン”の特徴とも言えるユニットであるのならば、尚更。


 「本当にそうか?自分の目で、確かめてみるんだな―――」


 グラインダーは蛇の群れに飛び込む。

 しかし、直前に大きく身体を捻った。

 上半身の捻じれは下半身に伝わり、それぞれが独立したかのような回転を生み出す。

 それはまるで銃弾。

 スパイラル軌道を描き飛ぶグラインダーに付随して、四肢のバイパスもまた、渦巻くように振り回されていた。


 飛び込んだ瞬間、火花が散った。

 何事か、と目を見開いたナードが見たのは、己の蛇が千切れる様。

 断面は汚く、力任せに引きちぎられたことが容易に想像できる。

 そして、それを絡めとったのはグラインダーのバイパス。

 魔力の淡い光を纏ったバイパスは、引きちぎられた蛇の頭を牽引しながら舞っていた。


 「絡め取る、ってのは蛇だけの技じゃあねぇんだぜ。学習したか?」

 『減らず口を……!だが!』


 ウロボロスは後退しながら、己の背部から生えた蛇を切断した。

 その場には蛇の根元の残骸が残され、同時に、ウロボロス本体を護るかのように待機していた蛇が戻る。

 三本の蛇は鞭の様にしなり、グラインダーに警告を与えていた。

 ここより先へは行かせない。

 ここより先に侵入すれば、攻撃すると。


 「レッスン2だッ!」


 だが、リヒトは躊躇い無くフットペダルを踏み込む。

 自律する蛇などよりも、グラインダーの方が速いことを解っているから。

 直線における最高速を出しながら迫る。

 まず、一本。

 前方で邪魔臭くしなる蛇の中ほどを掴んだ。

 そしてそのまま往なし、ついでとばかりに裏剣を叩き込む。

 反応すら出来ずに、一本目の蛇が砕け散った。

 そして、二本目、三本目の蛇を両手で抉じ開けるように逸らした。

 目の前にはウロボロスの本体が、間抜けにも仁王立ちしている。

 そのまま、動かないウロボロスに渾身の一撃を―――


 『この程度で……!』

 「な!?」


 しかし、その拳は空で止まった。

 否、空ではない。

 確かに拳は砕いた。

 だが、それは再び現れた蛇の一匹である。

 背中から回り込むようにして、ウロボロスの身体自体を蛇が堅守していた。


 『ウロボロスの能力は背部ユニットの無限生成。これを一度に薙ぎ払う攻撃を持たない限り、貴様は負ける』

 「っちぃ!」


 グラインダーはその場から垂直に飛び跳ねた。

 背後からは、先ほど往なした二本の蛇が向かい来るからだ。


 『いい判断だ……が、遅い』


 リヒトの顔が、初めて歪んだ。

 見咎めたのは、両脚に繋がれていたバイパスが千切れる様。

 逃げ遅れたバイパスのみが、蛇の毒牙に掛かる。

 その勢いに釣られながらも、グラインダーはどうにかある程度の距離を開けて着地した。


 『やはり、絡め取るのは蛇の技だということだ。学習したか?』

 「クソッたれ……!」


 悪態を吐き、グラインダーの損害状況を確認した。

 無くなってしまった両脚のバイパスの他にも、危険な部位はある。

 無茶を聞かせすぎたか、両脚の間接部も異常を訴えているのだ。

 軋むような音が聞えた気がして、リヒトはやれやれ、と首を振った。


 『さあ、どうする。これでもう、貴様の絡め取る攻撃は使えんぞ』


 その言葉に、リヒトは深い溜息を吐く。

 そして、口の端に自嘲気味の笑みを浮かべて、言った。


 「……三秒」

 『何?』

 「三秒あれば、十分なんだがなァ。流石に、制限が厳しいか」


 貴様、という声の後に、がりりと音がした。

 歯を噛むその様子に、リヒトはもう一度深く溜息を吐き。


 「仕方が無い、そろそろ本気で戦ってやるか」


 と、零した―――






      *       *       *






 ブライアンは戦いの音を耳にしながら、あることを思い出していた。

 それは未だ病室に居るであろう息子のことであるし、会社をまかせっきりにしてしまった妻のことでもある。

 だが、彼が今一番心配しているのは、他ならぬ戦いの主。

 リヒト・シュッテンバーグであろう。


 「傷は痛むか?」

 「大丈夫です。問題は……っ!」


 ブライアンの肩に激しく痛みが襲い掛かる。

 思わず身体を丸めたブライアンに、フェリアはその場で薬を取り出した。


 「痛み止めだ。これで、少しは楽になるだろう」

 「ははは……ありがとう、ございます」


 大声を張り上げる元気も無いか、その声はどこか弱弱しい。

 物足りない、とでも言いたげに眉を顰めたフェリア。

 その薬をブライアンに手渡すと、再び戦いの起こっている方向へと目を向ける。


 洞穴が崩れた先にある、小高い岩の山。

 崩落のお陰で見晴らしのよくなったそこに、二人は居た。


 「……本当に申し訳ありません。私がナード君を説得できてさえいれば」

 「何か、因縁があるようだな」


 空気を察し、フェリアはその口で続きを促した。

 大した話しではないのですが、と前置きし、ブライアンは語り始める。


 「あの子は、本来ブライアン・コーポレーションの跡継ぎとなる筈の人間でした。優秀な男でしたからね」

 「では、何故?」

 「簡単です。彼はとある人間に“心奪われて”しまったのですよ」


 苦笑するような、自嘲するような笑みを浮かべた。


 「とある人間の名はルチアーノ―――自らを“牧師”と名乗る男です」


 その名を聞いた瞬間、フェリアは凍りつく。

 同時に、冷静な頭が判断を下す。


 「成る程。確かに、この戦い、私達の物だな」

 「は、何ですか?」

 「いや、気にするな。独り言だ」


 フェリアの言葉に疑問を感じながらも、まあいいです、と首を振るブライアン。

 どこか遠い目で戦いを眺めながら、話を続けた。


 「ルチアーノに何かを吹き込まれたナード君は、ひたすらに全国の拠点で活動を開始しました。不明瞭な、金が流れたのです」


 フェリアには大方、予想がついていた。

 だからこそ、やれやれとでも言うように首を振り、ブライアンを制した。


 「それで解雇されたナードは、ブライアンに復讐するために“噂”を流しておびき寄せた訳だな」

 「基本的にボディーガードが居るお陰で、ハンパな戦力じゃあ近づくことすら出来ませんから」


 疑問となるのは、何故、ナードがジョーカーマシンに乗っているか、という一点。

 だが、ブライアンはそんなことを考えては居なかった。

 それをフェリアに問うてもせん無き事であるし、何より、フェリア自身がそういった話を拒絶するような空気を纏っていたからであろう。


 「傍迷惑な」

 「流石に、街中でジョーカーマシンに乗る事は出来ませんしねぇ」


 暢気に言うブライアンだが、その命が狙われていることには変わりない。

 今はただ、リヒトの勝利を願うほか無かった。






      *       *       *






 蛇はくねり、今まで以上に苛烈に攻め立てる。

 空間を、文字通り縦横無尽に這い、四方八方からグラインダーを狙う。

 が、それら全ては何も無い空間、或いは地面を砕くに留まっている。

 グラインダーは留まらない。

 そのスピードを活かし、全ての蛇を振り切り、回避し、避け、往なす。


 『その体で、良く粘る……』


 だが、ナードは確信していた。

 その動きは長くは続かないであろう事を。

 そうなれば終り。

 蛇を食いつかせて、コックピットブロックを破壊してやれば仕事は終了だ。

 口の端に笑みを浮かべて、ナードは思い描く。

 新世界に立つ己の姿と、這い蹲り命乞いをするブライアンの姿を幻視する。

 彼自身は既に、己の勝ちを疑わなかった。


 「えぇい!鬱陶しいんだよボケェ!」


 一方、リヒトは苦戦を強いられていた。

 度重なる無茶な軌道により、グラインダーの脚部には限界が近い。

 今はまだ回避し続けられているが、脚が無くなれば最早、羽をもがれた鳥になってしまう。

 メインカメラをウロボロスに向ける。

 そこにはただ、仁王立ちで蛇を操るのに集中している姿が見えた。


 「舐めやがって……!」


 一歩も動じないその姿勢は、リヒトの心を燃やすのには十二分。

 そろそろ試してみるか、という言葉を切欠にグラインダーのスピードリミッターを解除した。

 次の瞬間、グラインダーは加速する。

 通常のジョーカーマシンでは到達できない速度の境地へ。


 『なっ……!!』


 グラインダーの速度は先ほどまでとは比にならない。

 それはまるで、銃弾。

 一直線に、ウロボロスを穿たんと迫る、一発の銃弾である。

 爆発的な加速力は、アルカナマシン故の性能。

 反面、それは乗り手に多大な負荷を掛ける諸刃の剣。

 速度のあまりブラックアウトしそうな視界の中で、リヒトは薄く笑う。


 「俺自身、通常状態でどこまで耐えられるかは分からんが……!!」

 『こいつ……!!』


 蛇は既に遥か後方で管を巻くだけの存在と化した。

 残るのは、ウロボロスの周囲を警戒していた三本のみ。

 先ほどと同じ状況に苦笑しながら、リヒトは更にフットペダルを踏み込んだ。


 「今回も、勝つのは俺だ―――」

 『止める!!』


 宣言し、ウロボロスは再び背部の蛇を九本、パージした。

 無用の長物となった蛇達が地面に落ちるよりも早く、グラインダーは拳をつきたてる。

 守護する蛇の一匹目は、その頭を砕かれ地に臥す。

 だが、それはナードも予測のうち。

 あらかじめ配置しておいたもう二匹の蛇が、グラインダーの横合いから襲い掛かる。

 完璧なタイミングに、ナードは勝ちを確信する。


 『貰った―――』

 「甘いっつーの」


 馬鹿にしたような声。

 それはつまり、ナードの蛇は何にも喰らい付かなかったことを意味する。

 だが、それはグラインダーも同様。

 直線上に進むことの出来ないグラインダーは素早くその場に伏せるように飛んだのだ。

 だが、それではウロボロスに攻撃は出来ない。

 グラインダーはスピードを落としながら、ウロボロスの横合いを通り過ぎていった。


 『避けたか。だが、背中ががら空きだ……!』


 ウロボロスは振り向かない。

 最速の攻撃手段を持っているのだから。

 背部から生えた合計十二本の蛇が、全て、一点に集中するように襲い掛かる。

 対して、リヒトは言った。


 「振り向かずに攻撃ってのは悪手だぜ……!!」


 グラインダーは振り返りながらも、その片手を高らかに挙げた。

 瞬間、ウロボロスに異変が発生する。


 『―――っ!?』


 挙動を見ることの出来ないナードには、何が起こったのか目視する手段は無い。

 ただ、背部の蛇が一斉に行動不能になった、という事実のみがメインウインドウに表示されていた。

 そして、頭だけを振り返らせてその姿を見る。

 グラインダーが握っていたのは、ウロボロスが引きちぎった“グラインダーのバイパス”であった。

 そしてそれが、地面を這い、“ウロボロスが自ら”踏み付け、グラインダーの手が片方を固定する。

 十二本の蛇は、細く長い、鉄色のバイパスに半ば無理やり地に固定させられていたのである―――


 『ここから、どうする気だ?』


 だが、ナードの余裕は崩れない。

 グラインダーには、攻撃の手段が無いのだから。


 『その手を離せば、蛇は直ぐに戻って貴様を襲う。どの道、終りだ』

 「ふーん。終り、ねぇ」

 『なにが可笑しい!!』


 くすくすと笑うような声に、ナードは怒りの声を上げた。


 「俺、言ったよな?三秒で十分だ、能力の制限が厳しい、ってな」

 『だから、どうした……!?』

 「見せてやるよ。“裁断者(グラインダー)”の能力を」


 口の端に笑み。

 暗緑色の装甲をがちゃりと構え、リヒトは鍵語を叫ぶ。


 「Arcana Over!!」


 時間の遅延。

 時を止めるともとれるその能力にも、多大な弱点がある。

 使用者への負荷、グラインダー自身のエネルギーの消耗などもそうである。

 が、最大の壁は“使用条件”。

 アルカナエンジンが要求する条件は、時間の集約。

 そして、それと同価値の遅延。

 詰まり、三秒時間を止めるためには、三秒間のチャージが必要なのである。

 そしてその間攻撃を受けてしまえば、能力は失敗に終わる。

 グラインダーの装甲には、細かいながらも損傷が見て取れる。

 ウロボロスを相手取って、蛇を往なしながら三秒攻撃を受けないのは不可能であろう。

 だが、蛇が封じられたこの瞬間なら―――


 訪れるモノクロの視界。

 リヒトの頭に血が上っていく様子を、本人が一番感じ取っている。

 視界が霞み、ぼやける。

 だが、その眼光は衰えることなく、ただ一点を睨む。


 「背中が……っ!」


 グラインダーに残された、腕のバイパスが魔力の光を噴出した。

 それに吹き飛ばされるかのように、グラインダーは空間を奔る。

 幾多の敵を葬ってきた拳を構え、赤い瞳が敵を射抜く。

 そこにあるのは、ただひとつの意思。

 リヒトは叫ぶ。


 「がら空きだ―――!!」


 突破。

 その意思が、蛇の心臓を穿った。






      *       *       *






 『重要参考人だ。殺してはいないだろうな』

 「当たり前だろ」


 通信の向こうから、フェリアの声が聞えた。

 ぶっきら棒に言い放ったリヒトは、倒れっぱなしのウロボロスに視線を投げた。

 最期の突撃で破壊した背部ユニット及び腰部意外には目立った損傷は無い。

 中に居るはずのナードが出てこないのも、恐らくは脳震盪か何かの所為だろう。

 それを捕らえるために、ウロボロスの傍にはフェリアが待機している。


 「それよりも、ブライアンは大丈夫なのか?」

 『幸い、出血量に比べて傷は浅い。元気にお前の戦いを観戦していたぞ』


 冗談交じりの言葉に、リヒトは浅く息を吐いた。

 溜息か、安堵か、感嘆かは分からないが、それでも、リヒトの向ける感情は穏かなものであった。


 『Arcana Over……使ったな、リヒト』

 「おう」


 フェリアの声はどこか心配するような響きを孕んでいた。

 だが、それに気付かない振りをして、リヒトは即応する。

 言葉が出なかったのか、フェリアはそれきりに口を閉ざした。


 ―――リヒトには分かっている。

 擬似的にとはいえ“時間を止める”荒業だ、何らかのリスクがあることは。

 そう、例えば、使用直後の圧倒的な倦怠感、疲労の蓄積。

 “英雄”と呼ばれたリヒトが、敵を倒したからとはいえ、そのままコックピットで寝てしまうことなど無い。

 それは油断に他ならず、正しく愚の極みであるからだ。

 だが、前回の時は半ば意識を失うようにして倒れた。

 それこそが、アルカナオーバー―――強大な力の代償なのだろう。


 気にも留めずに、リヒトはふと、レーダーを見た。

 備え付けられたレーダーは魔力に反応し、その位置を赤色で示す。

 レーダーには、赤い光点が四つ浮かぶ。

 一つは、グラインダー自身。

 一つは、ウロボロス。

 では、後の二つは―――


 「フェリア!!」


 叫んだ。

 その声にフェリアが振り向いた瞬間。


 「―――ッ!!」


 直視できない、眩い光条が駆け抜けた。

 それは、白い色をした“破壊”という概念の塊。

 それが着弾した場所は、間違いなく、ウロボロスであった。


 爆発、そして衝撃。

 辺りを魔力爆発特有の白い光が包み込み、グラインダーの視界が奪われる。


 「クソっ!フェリア!!」

 『……私は大丈夫だ』


 あっさりと言葉を返すフェリア。

 しかし、リヒトが目視し見つけたそのときには、その身体は爆風であおられた所為でボロボロになっていた。

 白いコートは無残にも吹き飛び、黒く炭化している。

 すぐさまにリヒトはグラインダーを操作、コックピットハッチを開放した。


 「乗れ!」

 「言われずとも」


 フェリアはリヒトの手を借りてコックピットに乗り込んだ。

 背後でコックピットが閉じていく音を聞きながら、リヒトは再びレーダーを覗く。

 四つの赤い反応は変わらずに四つであるが、そのうちの一つは目視できる距離に存在していた。


 「……ッ!テメェ……!」


 リヒトはその姿を見て、思い切り奥歯を噛んだ。

 忘れもしない、その濃灰色の影。

 空間を“抉じ開ける”能力を持っているであろう、“ⅩⅥ()”のアルカナマシン。


 『よぉ、カトンボ野郎!元気してたかァ!?』

 「ファウスト……!!」


 バベルは、静かに立つ。

 神の落雷の落ちるその日まで、決して崩れることの無い塔。

 立ちはだかる敵を前にして、しかし、リヒトは言う。


 「テメェこの野郎!人の家破壊した挙句目ェ覚ましたら消えていやがって!修理費払えクソ野郎!!」

 『黙れカトンボ!テメェにうっかり攻撃喰らったお陰で評価がダダ下がりで危うくアルカナマシン降ろされかけたんだぞ!!』

 「悪の組織の内部事情何ざ知ったこっちゃねェよ!!」

 『テメェの家計事情何ざ知らねェっつーの!!』

 「貴様ら、子供か……?」


 口汚く言い争う二人を見て、フェリアはげんなりと呟いた。

 対照的に口喧嘩が広がる中で、リヒトはふと、素に戻ったように言う。


 「何故、ウロボロスを撃った?味方じゃあねぇのか?」

 『味方ァ?こいつは道具だぜ、“道具”。アルカナエンジンを掘り返すためのピッケルってトコよ』


 ファウストは嘲笑うように言ってのけた。

 ウロボロスは既に大破し、中に居た筈のナードは無事では済むまい。

 蛇の心臓は、活動を停止している。

 その振る舞いに怒りを覚えたリヒトが、カメラアイ越しにバベルを、ファウストを睨みつける。

 対して、フェリアが至極冷静に口を挟んだ。


 「エンジンを手に入れさせ、後から奪う―――貴様らの常套手段だったな」

 『そゆこと。まぁ、今回俺は戦いに来た訳じゃあないからなァ……』


 言うと同時、バベルはその右手を水平に構えた。

 その手に持つのは、黒く、長い砲身を持ったジョーカーマシン用の拳銃である。

 照準が狙う先は、崩れた洞窟の瓦礫、その天辺付近。


 『お前らが妙な真似を見せたら、あそこで暢気に寝てやがる男は天国逝きだぜ?』


 その行動に、リヒトは無意識下でその言葉を呟いた。

 この状況をひっくり返す可能性のある、逆転の言葉を―――


 『おっと、“アルカナオーバー”なんて使おうとするなよ?速攻潰すからな?』


 その潰す、はグラインダーに向けられたものではない。

 魔力の膨れ上がるアルカナオーバー。

 その発動魔力を検出し次第、無条件で人質は死ぬ。

 ファウストの言葉に、リヒトはただ怒りを溜め込むしかなかった。


 「目的は何だ?」

 『ウロボロス……“Arcana Machine 01”の回収。ただそれだけだ』


 言うやいなや、バベルはその無骨な片手を挙げた。

 その掌が睨むのは、最早沈黙を保つしかなくなったウロボロス。

 リヒトは無意識下で息を呑む。

 その魔力はレーダー上で、遥かに大きな光量の赤い点として表示されていた。


 そして現れる超常、世界を歪める力。

 ウロボロスの真下、ジャングル地帯であった空間が、まるで地割れのように崩れていく。

 その先にあるのは岩色の地層ではなく、ただ、深淵から這い出してきた闇である。


 『バベルの能力は“空間の支配”。自由自在に空間を抉じ開けて、その隙間を移動できるのさ』


 ビビったか、とファウストは鼻を鳴らした。

 ファウストが言葉を紡ぐ間、ウロボロスは既に飲み込まれていた。

 そこには影も形も無く、ただ、“闇があった”という事実を示すジャングルの空き地が存在するのみ。


 ファウストの言葉を聞いても、リヒトは未だに深淵の闇を見つめたまま動かない。

 リヒトはその事実を認めたくなかった。

 が、確かに、意識していた。

 ―――呑まれている、と。


 『さて、仕事もこれで終りだ。俺も帰って、籠球の試合を見たいんでなァ』


 そして、前回の戦い。

 矮小な存在が、綱渡りのバランスの上で手に入れた“相討ち”という結果。

 歯を食いしばる。

 だが、同時に思うこともある。

 “魔力”、“アルカナエンジン”、“デイブレイク”、“フェリア”―――

 これらの全てとは行かないが、ある程度の真実を掴んだリヒトなら、或いは。

 否、真実を掴んだリヒトなら、目の前の強大な存在にも対抗できる。

 知らず知らずのうちに、リヒトの口の端が上がった。


 『じゃあなァ、哀れな“道化(えいゆう)”君よォ』


 ファウストは皮肉を込めて、そう呼んだ。

 再び、バベルの巨体が空間の割れ目へと還っていく。


 「……上等」


 その姿を見咎め、リヒトは怒りを込め、親指を下へ突き出した。


 「ファウスト、次に会った時がテメェの最期だ」


 去り際のバベルが、親指の意志を返す。

 高らかに掲げた中指は天を向き―――リヒトは、まだ顔も知らない男へと再戦の意思を固めた。






ここらへんからようやくトンデモロボと戦えますね。

個人的に早く出したい機体も居るので、年末はハイペースで頑張ります。

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