第八話 夜明け裏切り者
「―――はっ、はぁっ」
女が、息を荒げていた。
上下する身体、玉のような汗が伝い落ちる。
燃えるように熱い身体を制して、女はその単調な上下運動を繰り返していた。
「想像以上だな……くっ!」
一際大きな声を上げて、女は布の端を握った。
熱く、暴れ出さんとする身体を押さえつけるための行動。
しかし、それは何の意味も成さない。
彼女が掴んだ布は、自らの脱ぎ捨てた衣服の一部なのだから。
「はぁ、はぁっ、もう、駄目だっ……!」
息も絶え絶えに、フェリアは目の前の男に言った。
苦しげな、切なげな声は扇情的に響く。
彼女の身体には、ただ、足の先から痺れていくような感覚が支配していた。
その声を聞いて、女の目の前を行く男は答える。
「テメェ、さっきから五月蝿いんだよ。寒いのが大丈夫で熱いの苦手って、どこのシロクマだテメェは」
「……ふん。暑さにのみ順応する単純な変温動物の貴様よりはマシだろう」
男―――リヒト・シュッテンバーグは、後ろを歩くフェリアにうんざりした様子で振り返った。
その出で立ちは変わらず、暗緑色のコートのままである。
一方のフェリアはコートを脇に抱え、下に着込んでいた白衣を汗で濡らす。
熱帯の暑さにやられてしまったのか、頭を深く項垂れていた。
白い髪が顔を覆い隠してその表情は見えないが、荒げられた苦しげな息がそれを物語る。
しかし、そんな事はリヒトの知るところではなかった。
「ったく、もうちょっと我慢しやがれ。ベルランドの言ってたポイントまで辿り着けば涼しい筈だ。そこで休憩すんぞ」
「フフ……そこまで、私の体力が、持つとでも……?」
幽霊のように擡げた顔からは生気が消え、顔色が赤いのに青い、という矛盾した状況になっていた。
それを見たリヒトはぎょっとすると、次に呆れの溜息を吐く。
「恨むならベルランドと……そうだな、デイブレイクの連中でも恨め。そしてその恨みをパワーに変えてさっさと歩け」
「最早怒りも沸かん……」
リヒトは無視して先行し始め、のろのろとフェリアもそれに続いた。
二人の周りにあるのは、熱帯に生える独特の植物と、背の高い木々である。
植物の葉が風でざわめく音と、何処からか聞える川の流れる音。
何よりも大きく響いていたのは、得体の知れない虫が搾り出す鳴き声であった。
水気を含んだ空気は太陽に熱され、独特の熱気を孕んだ空気となる。
熱帯ならではの“蒸し暑い”感覚が、フェリアは駄目らしい。
ジョーカーマシンを日常的に操っていたリヒトには、その蒸し暑さは懐かしさすら覚えるものである。
戦闘中のコックピットの中はかなり熱が篭り、暑かったものだ―――
リヒトがそれを思い出していたとき、ふと、耳に異音が聞えた。
後ろで遅れながらもついてくるフェリアを尻目に、リヒトはもう一度耳を澄ます。
―――……っ―――ぁ……!―――
「……フェリア」
手招きをして、フェリアを呼んだ。
訝しげな顔をしながらも急ぎ近寄るフェリアに、囁くように問いかける。
「何か、聞えねぇか?人の声みたいなのが」
「何?こんなジャングル地帯の奥地で、か?」
フェリアは疑問符を浮かべるが、再び集中し始めたリヒトを見て、自らも聞き耳を立てた。
今度は、二人で耳を澄ます。
っあ―――あぁ……っ―――ぁああ……!―――
「これは……!」
「ああ、間違いない。人間の声だ」
頷きあい、二人は耳を澄ませながらも走り始めた。
起伏に富んだ地形ではあるが、二人の前では装甲の妨げにすらならない。
地面を踏みしめる快音が刻まれる度に、声の主への距離も近くなっていく。
やがて、水の流れる音を聞き、リヒトはその場で足を止めた。
「ここは、川か」
「そんなに流れの激しい場所でもない……っつーか、池みてぇなモンじゃねぇか?コレは」
見下ろすのは、対岸までそう距離の無い、小さな池だった。
上空から見れば、緑色の中にぽっかりと開いた穴のように見えるだろう。
穏かな流れの水が丁度、二人の左正面から流れ出てきていた。
「おい、あれは何だ?」
フェリアが指を差した。
周囲を眺めていたリヒトがその指の指す方向へと目を向ける。
そこにあったのは、泥水に浮かぶ何か。
迷彩柄の、布のようなもので、人間ぐらいの大きさで―――
「人間……」
ぽっかりと口を開けたリヒトが呟く。
「って、人間じゃねぇか!!」
はっと気付き、リヒトは湖を流れてきたその人間に近づく。
水に浮かんだままの人間は、まるで水面の枯葉のように優雅な揺られ方でリヒトの居る岸に辿り着いた。
見たところ、意識は無いようである。
全身の力を抜き、水に浮かんでいるのがその証拠と言っても過言ではない。
「コイツは……一体何なんだ?」
思わずリヒトが呟くほどに、男の格好は奇妙。
上下共に迷彩服の繋ぎ姿であり、腰のベルトには様々な道具が詰まっていると思しきポシェット。
同じく迷彩柄のヘルメットは本人の首に引っかかったまま暢気に浮かんでいる。
茶髪に、日に焼けた白人の白い肌。
安らかに閉じた目元は優しげで、眠っているかのようである。
「えー、どうすんのコレ……。つか、ご愁傷様?」
言い、リヒトが手を合わせようとした瞬間。
「―――うあぁああぁああぁあああぁああぁあああぁああぁああぁああぁあっ!!」
「どわァああぁああああぁああぁああぁああっ!?」
白人が突如叫び、リヒトは腰を抜かして叫んだ。
誰だって、目の前で安らかに眠る人間が突如叫んだら腰を抜かすだろう。
しかし、その場で、フェリアだけは冷静に、耳を塞いで。
「貴様ら、五月蝿い」
とだけ、呟いた。
* * *
「いやはや!お見苦しいものをお見せしました」
「耳がキンキンするぜ……」
息を吹き返した男は、まず笑い、そしてリヒトの隣へ座り込んだ。
濡れたままの迷彩服はそのままに、溌剌とした目を輝かせている。
「貴様は誰だ?」
フェリアの簡潔な質問。
尤も、その背格好から大概の人間はこの人物の素性を予測できるだろう。
厚手の迷彩服にヘルメット。
それのどれもこの国の軍では採用されていない、俗に言う市販のレンジャーセットだったのだから。
「私はブライアン・リーマンと言います。職業は冒険家、趣味は冒険、特技は冒険!」
「冒険ばっかじゃねぇか……」
呟くリヒトに、ブライアンは再び笑う。
喜怒哀楽の激しい、気さくな男だ。
だが、その声量はこのジャングルに居る虫を寄せ付けないほどのものであり、躁病の気があるのだろうか。
失礼なことを考えるも、リヒトはそれを表情に出さずに問う。
「んで、冒険家さんがこんな所に何の用だ?まさか、お宝でもあるってのか?」
「んーっ!その通ぉーり!
待ってました、と言わんばかりにブライアンが立ち上がった。
その指が指し示すは、遥か天に存在する太陽。
逆光に満面の笑みを浮かべて、リヒトの姿を見下ろしていた。
「ここの洞穴にはとあるお宝が隠されていると言うのです!その名もズバリ!」
テンションの高いブライアンに呆れながら、リヒトは相槌を返す。
どうせ碌なものでは無いだろうし、第一目的とは全く関係が無い筈だ―――
「アルカナ……」
「ぶっ!!」
言葉の途中、リヒトは噴出す。
何故、ブライアンがアルカナエンジンの存在を知っているのか。
そうすれば、この男は“デイブレイク”の手先なのであろうか―――
「ストーン!手に入れたものに決して無くならぬ運を授ける宝!」
言い切ると同時に、リヒトは後ろに転んだ。
頭を強かに打ちつけた姿に、ブライアンが豪快ま笑い声を上げる。
「紛らわしいわ!ビビリ損じゃねぇか!」
「お?一体、何に怒っているんですか?」
理不尽な怒りにただ、惚けた顔をするブライアン。
リヒトは肩を怒らせながらも、まあいいか、と気持ちを改める。
「そもそも、何故わざわざこんな秘境まで“在るかも解らない”宝を探しに来た?」
何故か訝しげに、フェリアは問いかけた。
ブライアンはふと俯くと、笑顔はそのままに語り始める。
「聞くも涙、語るも涙のハートフルストーリーがあるんですよ。私には子供が居るんですがね?」
「ふーん」
「何か凄い珍しいっていう難病に掛かってしまいまして、手ずっ……手術を受けることになったんですよ」
突っ込みてぇ、と思うリヒトを置いて、ブライアンは何事も無かったかのように続けた。
「それで、その手術が確実に成功するように、と、伝説の運気を運ぶアルカナストーンを探しに来たのですよっ!」
「オイ、最期に冒険家モードに戻ってるぞ」
その言葉には耳を貸さず、ブライアンはリヒトに向き直る。
そして、その両手を握ったかと思うと、輝いた顔を接近させて言った。
「そうだ、貴方達にも協力して頂けないでしょうか?報酬は、何なりと、ご随意にぃっ!」
「うわっ!やめろ、近寄るな!顔が近いんだよ!」
それを振り払い、虫を払うように手を振る。
助けを求めるかのようにフェリアを見るが、彼女は顎に指を当て、何かを深く考えていた。
そしてリヒトの手を掴み、言う。
「よかろう」
「は?」
「その“アルカナストーン”を探すのに協力しよう、と言っているのだ」
呆けたままに固まるリヒト。
フェリアの表情を窺うも、いつも通りの冷たい鉄面皮があるのみ。
「ありがとうございます!ありがとうございますっ!」
ジャングルには似つかわしくない、溌剌とした声だけがその場に響いていた。
* * *
「難病。アルカナストーン。どうにも怪しいとは思わんか?」
「は?」
リヒトの間抜けた声が薄暗い洞穴に響いた。
二人はひんやりとした空気に包まれたこの洞穴の中、ブライアンと共に赴いていた。
ブライアンの目的とするアルカナストーンとやらはこの洞穴の中にあるらしい。
だが、座り込む二人の傍にブライアンは居ない。
「アルカナストーンなどという曖昧な情報を流したのは誰だ?冒険家とはいえ、突発的過ぎる」
「と、言うと?」
「冒険家というものは本来、入念な調査などによって未踏破の領域に挑む者を指す」
しかし、とフェリアが続け、ブライアンが落ちたであろう穴を見た。
彼は今頃、洞穴の中を張り巡らされた水流を巡って、約二十回目のウォータースライダーを体験しているのだろう。
そして、三人が初めて出会った小さな湖へと戻されるのだ。
リヒトは小さく、呆れの溜息を吐く。
「どう見ても、入念な調査なんて無いだろコレは」
「そう。せめて、地下水の有無や洞穴内の状況情報ぐらいは無いと“冒険家”としてはおかしい」
“冒険家”の言葉をフェリアは強調した。
「詰まり、ヤツは冒険家でも何でもないと?」
「もしくは、ここの調査を怠ったか……だが、それは“冒険家”としては致命的なミスと言える。そんな愚行を犯すだろうか?」
穴に滑り落ちたブライアンの行方を気にすることも無く、二人は会話を続けた。
「じゃ、まさかデイブレイクの手先ってことか?」
「どれにしろ、あの男には気をつけて進むしかあるまい。我々とて、情報はこれしかないのだ」
言うと、フェリアはコートのポケットから小型の端末を取り出した。
小さな画面が付いたそれは、付近の魔力量を表示するための測定器。
これを使用して、リヒト達は“アルカナエンジン”に、着実に近づいていた。
「どの道、あの男の目指す場所と、我々の目指す場所は同じようだからな」
締めくくり、フェリアはすくりと立ち上がった。
リヒトが後ろに目を向けると、大きく手を振りながらブライアンが駆けて来るのが見える。
「お待たせしましたぁあああああああああああああああああーっ!?」
「見ろ、馬鹿が居る」
「何を今更」
指差すフェリアに、呆れの言葉を返すリヒト。
二人の視界の先には、再び穴に落ちたびしょ濡れの迷彩服が居た。
どうせ、また直ぐに戻ってくるだろう。
二人は、互いに頷き合い、フェリアは再びその場に腰を下ろすとした。
「ちょっと待て。何か聞えねぇか?」
「さあな。あの男がお前の事を呼んでいるのではないか?地獄へようこそ、という具合で」
珍しく冗談をほのめかすフェリアに目を丸くした。
が、今のリヒトにはそれよりも気になることがある。
どうにも、地底の底から響くような声は驚きと興奮に満ち溢れているように聞えるのだ。
―――リヒトさぁああああああああああああああああああああん!!
「五月蝿ぇってか、マジで俺を呼んでたのかよ……」
「ほら見ろ。お迎えが来たぞ」
―――フェリアさぁあああああああああああああああああああん!!
「おい、お前にもお迎えが来たぞ」
「……仕方が無い。丁重に、迎えてやるとしよう」
降ろしかけた重い腰を上げ、フェリアは再び立ち上がった。
辟易とした両者の空気に割って入るように、ブライアンの喜びの声は地底から響く。
―――それっぽいところ見つけましたよぉおおおおおおおおおおっ!!
* * *
「んで、これがそれっぽいところねぇ……」
「どうです!?いかにもって感じじゃないですか!」
高揚するブライアンが、狭い穴の中で声を上げた。
指差す先にあったのは、人一人分ほどの穴を潜った先の岩に囲まれた空間である。
そこの中央には一つの岩が置かれ、恐らく、古代の祭壇のような形をしていた。
「間違いありませんとも!あそこに、アルカナストーンがあるのです!!」
リヒトは思わず耳を塞いだが、それでも、この密閉空間でのブライアンの声は脳にきんきんと響く。
早く行こう、と声をかけようとするよりも早く、ブライアンは身を屈めていた。
誰よりも早くその穴を潜り、先駆けと走る。
呆れたようにその後姿を見送り、リヒトは一度フェリアに視線を送った。
しかし、その意味をフェリアが理解するよりも早く―――
「ぐぅっ!!」
銃声が響く。
聞いたことも無いようなくぐもった声に、リヒトは驚いた。
しかし、何よりも先に彼の思考は展開、最善の行動を探し出す。
今出来る事は、ブライアンの安否を確かめ、可能であれば逃げることであろう。
例え、ブライアンがデイブレイクの仕掛け人だったとしても―――
「っち!」
「リヒト!」
舌打ちし、リヒトは素早く穴を潜った。
その先に広がる光景は地下とは思えぬほど広く、大きい。
入り口近くに倒れているのはブライアン。
暗くて見えないが、下に流れているのはきっと、彼自身の血液であろう。
すぐさまに駆け寄り、その肩を揺すった。
「大丈夫か!?」
「別に、命に支障はありません……が!」
語尾を強め、ブライアンは苦々しく声を上げた。
迷彩服の肩は血で染まり、苦しげに息を吐く姿は到底無事とは言えない。
が、それでも、ブライアンは意識を固く保っていた。
人差し指を擡げ、呻きながらも言う。
「私は、見ました……っ!そこにある、巨大な漆黒の影を!」
「はっ!?」
暗闇。
そこには既に壊れかけた祭壇があった。
しかし、その壊れ方はあまりにも不自然。
風化は、確かにある。
だが、風化した物はここまで激しく、破片を飛び散らせて壊れはしないだろう。
「まさかっ……!?」
リヒトの頭に、ある可能性が飛来する。
それは偶然と言うには出来すぎた状況と、ウエマツの状況との類似性。
即ち、そこに存在する不自然な影は―――
「―――ジョーカーマシンの、影です!!」
リヒトは見上げた。
空間に存在する、己に陰を差すその存在を。
同時に、ジョーカーマシンも声を上げる。
スピーカー越しのノイズ交じりの声で、笑う。
『くくくくくくっ……遅かったじゃあないか、ブライアン……!』
「ナード君!君なのかっ!!」
その陰険な声に、ブライアンは一際大きな声を上げた。
『そうだとも……貴様に人生を狂わされ、全てを失った、哀れな男ナードだよ!』
宣言する。
恨みを込めた言葉は、確かに、ブライアンに届いていた。
「逆恨みもいい加減にするんだ!そもそも、あれは誰のモノでもない!!」
『何を言うか!貴様が……!貴様が、俺の人生を奪ったのだ!!』
興奮気味に叫ぶブライアンと、激昂した様子のナード。
二人の間に挟まれて、リヒトはただ、ある一つの可能性を考えていた。
概ね、この二人の関係性は推測できる。
フェリアの立てた仮説が正しいのであれば、という条件付ではあるが。
だが、だからこそリヒトは確信を持っていた。
それは詰まり、有り得て欲しくは無かった最悪の可能性の一つである。
『どうやらボディーガードを連れて来たようだが、無駄だったな。なぁ、会長』
「君はっ!!」
ブライアンが初めて、その顔に怒りを表した。
話に取り残されたリヒトを見つけたか、ナードは上機嫌に語る。
『取り巻きにすら事情を話していなかったのか。懸命だな。貴様の身分が知れれば、貴様自信にも危険が及ぶ』
「これ以上は!」
這い蹲りながら虚勢を張るブライアンに気分を良くしたか、ナードは高らかに言った。
『なぁ!ブライアン・コーポレーション元会長!ブライアン・オズボーンよ!!』
―――ブライアン・コーポレーション。
貴金属の売買を始めとし、手広く事業を展開する世界有数の巨大複合企業である。
そして、そのトップともいえる会長。
その男こそが、今、地面に這いつくばっているブライアン。
ブライアンは、咄嗟に目を逸らした。
誰の目からかは解らないが、確かに、そういった動きをした。
そこにあるのは、何よりも気まずさ。
まるで旧友に嘘がばれてしまったかのような、申し訳ないような気まずさである。
「やっぱな。そんなこったろうと思ったぜ」
しかしそれとは対照的に、飄々とした顔を浮かべる男が居た。
今まで空気と化していた”ボディーガード”、リヒトだ。
『貴様、知っていたのか?』
「いや。だがな、あんな“冒険家ごっこ”を見せられれば気が付くだろ」
気付いたのは俺じゃないけど、と心の中で呟く。
ナードは、ふん、と、面白く無さそうに鼻を鳴らした。
「すまない……君達を巻き込んでしまったようだ。彼は、私を殺すために……」
項垂れたまま、ブライアンは言う。
「ただ、私はここに“アルカナストーン”があると聞き、居ても立っても居られなかったが……」
『そうだ。全て、私の流した噂に過ぎない』
が、とナードは続ける。
『噂は真実なのだ』
言うや否や、洞穴の中に光が燈った。
それは白色の光ではなく、ほの暗い緑色になった粘ついた光である。
そして、その光の発生源は、二人の遥か頭上。
緑色に光るのは―――ジョーカーマシンの双眸。
『アルカナストーンと呼ばれる存在をジョーカーマシンに組み込むと、それは絶大な力を発揮すると言う。それが―――』
「“アルカナマシン”」
リヒトが二の句を告いだ。
驚きに、ナードは口を閉ざす。
「ブライアンには悪いが、待ってたぜ……“アルカナエンジン”」
フェリアを呼ぶと、その声は背後から響いて聞えた。
「魔力測定値も異常値。間違いない。“二つ目”のアルカナエンジンだ」
「そうなれば、だ」
リヒトは足元に居たブライアンを抱え起こした。
そしてその肩を貸して、二人で逃げる体勢を取る。
「逃げるぞ!ブライアン!」
『逃がすとでも思うか?舐められたものだな……!!』
二人を掴み上げようと、ジョーカーマシンは巨大な腕を伸ばした。
だが、それを阻む存在がある。
同じく腕を伸ばすのは、暗緑色の装甲を持つジョーカーマシン。
“アルカナマシン”、グラインダーだ。
二機のジョーカーマシンに大きさの差は有れど、それ以外は全くの同一。
巨大な腕同士が接触し、激しく弾きあった。
その隙を突くかのようにリヒトはフェリアの元へと走り寄る。
「やれやれ。これを呼ぶには骨が折れたぞ」
「自動操縦だから何もしてないだろうが!いいから、コイツを頼んだぞ!」
言うやいなやブライアンを預け、均衡の崩れ始めたグラインダーの元へと向かう。
だが、それを呼び止めるかのように唸る一人の男。
「君達は……逃げろ……っ!」
息も絶え絶えに、ブライアンは言った。
その青い表情に浮かぶのは、後悔や責任と言った、ほの暗い後ろ向きの情念。
それは全て、リヒト達へと向けられている。
理解したからこそ、リヒトは振り向かない。
「一丁前に責任でも感じてやがるのか?だとしたら、そいつはお門違いだ」
「だが……っ!」
「自分の所為だと?はっ!自惚れるなよ。テメェは唯の“観客”だ。俺達はお前が居なかろうと戦う」
その言葉にフェリアが頷き、ブライアンは怪訝そうな顔を浮かべた。
リヒトがグラインダーのコックピットに飛び乗る。
同時に、二機のジョーカーマシンが戦いを始めるため、洞窟の天井を突き破り外へと飛び出した。
唖然とした様子で、ブライアンは呟く。
「君達は、一体……?」
「“英雄”改め、“切り札”リヒト・シュッテンバーグ。そして―――」
目を細めて、フェリアは言う。
「“夜明け”の裏切り者、フェリア・オルタナティブだ」
1ピソードを二話分に収めるとすると大分長くなりますね。
次回バトルが始まります。