第8話 会いに行こう
「いや、無理だろ」
Shinは資料を見た瞬間にそう言った。
BLUE HAWK設立から三日。
まだチーム名が決まったばかりで、所属選手は一人もいない。それでも誠司は既に次の段階へ進もうとしていた。
場所はSEIZE NEXT本社の会議室。
テーブルの上には大量の資料が並び、その中心に置かれている一枚の紙へ三人の視線が集まっていた。
そこに書かれている名前は一つだけ。
Rei。
STRIKE FRONTIERを知る人間なら誰もが知っているプレイヤーだった。
日本ランキング一位。
アジアサーバー上位常連。
大会出場歴なし。
配信歴なし。
SNS更新ほぼなし。
そして正体不明。
実力だけを見れば間違いなく国内最高クラスだが、その素性を知る人間はほとんど存在しない。
「どう考えても無理です」
Shinは資料を机へ置きながら断言した。
「プロチームも何度も声を掛けてます。国内の有名チームだけじゃなくて海外チームも動いてるって話です。それでも全部断ってる」
「断ってるのか?」
「正確には返事すらしてません」
誠司は腕を組む。
その表情は困っているというより、むしろ興味を持った時の顔に近かった。
「なるほど」
「なるほどじゃないですよ」
Shinはため息を吐く。
競技シーンでは有名な話だった。
Reiへ連絡を取ろうとしたチームは数え切れない。
だが誰も成功していない。
だから今もランクマッチにだけ現れる伝説として扱われている。
「誰にも会わないんだろ?」
「そうです」
「だったら会えばいい」
Shinは思わず額を押さえた。
また始まった。
この人はいつもこうだ。
無理だと言われるほどやる気になる。
難しいと言われるほど燃える。
だからこそ会社をここまで大きくしたのだろうが、巻き込まれる側としては大変だった。
「会えません」
「なんでだ?」
「住所が分からない。本名も分からない。連絡先も分からない。だから会えないんです」
Shinは一つずつ説明する。
普通ならそこで終わる話だった。
だが誠司は普通ではない。
資料を閉じると、当然のように言った。
「本名は分かるぞ」
会議室が静まり返った。
Shinと美月が同時に顔を上げる。
「……え?」
「どういうことですか?」
誠司は平然としていた。
まるで天気の話でもしているかのような口調だ。
「少し調べた」
「少し?」
美月の声が怪しくなる。
「大会運営会社と話した」
「社長権限使いました?」
「使った」
即答だった。
悪びれる様子は一切ない。
Shinは思わず苦笑する。
行動力がおかしい。
まだチーム設立から三日しか経っていない。
それなのにもう大会運営へ話を通している。
「個人情報そのものは教えてもらえなかった」
誠司はそう前置きして続ける。
「ただ、大学生らしい」
「大学生?」
Shinは思わず聞き返した。
競技シーンでは様々な噂があった。
二十代後半説。
元プロ説。
海外選手説。
そのどれとも違う。
「年齢は十九歳前後だそうだ」
「若すぎるだろ……」
Shinは思わず呟く。
もし本当なら想像以上だった。
ランキング一位の実力を持ちながら、まだ十代。
競技シーン全体が騒ぐのも無理はない。
誠司はそんな反応を見ながら小さく笑った。
「才能は若い方がいい」
「いや、そういう話じゃなくてですね」
「まだ伸びるだろ」
「だからそういう問題じゃないんですよ」
会議室に小さな笑いが生まれる。
その時、美月が資料へ目を落としながら口を開いた。
「でも不思議ですね」
「何がです?」
「ここまで強いなら普通はプロになります」
その言葉にShinも頷いた。
実際その通りだった。
世界を目指したい。
強くなりたい。
そう考えるならプロになるのが自然な流れだ。
だがReiは違う。
どのチームにも所属していない。
大会にも出ない。
配信もしない。
競技シーンとの距離を保ち続けている。
「理由があるんでしょうね」
Shinは静かに言った。
競技シーンが嫌いなのか。
過去に何かあったのか。
あるいは別の夢があるのか。
外から見ているだけでは分からない。
誠司はゆっくり頷いた。
「だから会いたい」
その言葉に二人は視線を向ける。
誠司は資料ではなく、その向こうにいる人物を見ていた。
「才能だけ見たいわけじゃない」
静かな声だった。
「どうしてプロにならないのか」
「何を考えてるのか」
「何を望んでるのか」
そこで言葉を切る。
「それを知りたい」
会議室が静かになる。
Shinは少しだけ納得した。
誠司は数字だけで人を判断しない。
能力だけを見て採用する人間でもない。
その人間自身を見ようとする。
だからこそ今のSEIZE NEXTを作れたのだろう。
「それで?」
Shinが尋ねる。
「どうするんです?」
誠司は椅子から立ち上がった。
そして当然のように答える。
「探す」
「だからどうやってですか」
「足を使う」
Shinは天井を見上げた。
予想通りだった。
ネット上でしか存在しない正体不明のプレイヤーを、自分で探しに行こうとしている。
普通の社長なら絶対にやらない。
だが誠司ならやる。
むしろやらない方がおかしい。
ここ数日でそんなことが分かってきた。
「分かりました」
Shinも立ち上がる。
「付き合いますよ」
誠司が笑う。
「おう」
「ただし期待しないでください」
「期待はしてる」
「話聞いてました?」
今度は美月が吹き出した。
会議室の空気が少し和らぐ。
こうしてBLUE HAWK最初のスカウト作戦が動き始めた。
まだ誰も知らない。
彼らが探している天才が、思っているよりずっと近くにいることを。
そして、その出会いがBLUE HAWKの運命を大きく変えることになることを。




