エコの力で魔法使いを殺す
「のう、参謀よ」
「いかがなさいました? 魔王さま」
「お前が参謀になってからずいぶんと経つが、未だに成果があがっておらぬではないか? あの時に言った人間どもを根絶やしにするという言葉、まさか忘れたわけではあるまいな?」
「もちろん覚えておりますとも、魔王さま。最近、ようやく下準備が整いました」
にたり……と笑うことしばし、参謀は不満そうな魔王に向かって逆に質問を返しました。
「聡明である魔王さまにお尋ねしますが、人間の中で一番厄介な相手は誰だと思われますかな?」
「馬鹿にしておるのか? それはもちろん魔法使いだ。連中さえいなければ、人間どもなどとうの昔に滅ぼしておる」
「その通り、恐ろしいのは魔法使いだけでございます。ですから、わたくしが連中の力を削ぐよう動いております。もうしばらくご辛抱くださりませ」
「ふむ。いったいどうするつもりだ?」
魔王の問いかけに、参謀はふたたび陰湿な笑みを見せました。
「人間は、一見正しく見えることに弱いのです」
「正しく見えることに弱い?」
「ええ。それを利用して、必ずや魔法使いどもを始末してご覧にいれましょう」
◇◆◇◆◇
ここに一人、魔王たちが恐れる魔法使いの男がおりました。
魔法使いは昔に利用したことがある、杖の専門店を目指して歩いています。
先日、長年愛用していた魔法の杖が寿命を迎え壊れてしまったからです。
過去の記憶を頼りに杖の専門店に到着した魔法使いの男は、入口の前で首を傾げました。
なんだか、雰囲気が以前来た時と変わっているような気がしたからです。ただ、看板を見る限り、杖を取り扱っているという点に変わりはありません。
男は違和感を覚えつつも、入口のドアを引いて中に入りました。
店内を見回した男は驚きに口をあんぐりと開けたまま、しばらく放心することになりました。
魔法の杖は陳列されてはいたものの、その姿が以前のものとずいぶん違っていたからです。
「いらっしゃいませ、杖をお求めですか?」
魔法使いの男のそばに、店員がやってきました。男の記憶では、以前の店員とは違う人のようです。
「あ、あの……魔法の杖を買いに来たのですが……」
「ありがとうございます。うちは品揃えには自信がありますよ。気が済むまでご覧になっていってください」
そう言われた魔法使いは、店の中を隅々まで歩きまわりました。しかし、自分がかつて使っていたような杖はどこにも見当たりません。
たまらず、店員に話しかけます。
「あの、すみません」
「はい、なんでしょう?」
「木で作られた杖はどこにあるのですか?」
その言葉に、店員はありえないくらい驚いた表情を見せました。むしろ、質問した魔法使いのほうが逆に面食らったほどです。
店員は顔に警戒を滲ませたうえ、やや声を潜めて魔法使いの男に尋ねます。
「失礼ですが、あまり世間の情報は追いかけていらっしゃらない?」
「え、ええ……その、自分を研鑽することに忙しいと言いますか……」
魔法使いの反応にようやく察したのか、店員は軽く咳払いをすると接客の姿勢を取り戻しました。顔にも穏やかな笑みが張り付いています。
「申し訳ないんですが、木製の杖はもう取り扱ってないんですよ」
「な、なぜです?」
「木を切り倒して杖を作るのは、エコではないからです」
「エ、エコ?」
「環境に優しいという意味ですね。このお店に置いてある杖はエコであるものばかりです」
店員は棚に並ぶ杖を紹介するように、右腕を水平に伸ばしました。
「ステンレス素材の杖、シリコーン製の杖、海洋プラスチックごみをリサイクルして作った杖と、色々取り揃えております」
魔法使いの男は、店員の自信に満ちた表情と、示された杖の数々とを、信じられないというような顔つきで見つめていました。
その中に、男が欲しいと思えるような杖はひとつもありません。
「す、すみません。先ほどお答えした通り世情に疎いもので……いつからこうなったのですか?」
「少し前からですね。環境に悪いことをするのは良くないという声が国民の間に広まりました。今は何をするにもまずエコであることが優先されますよ。まあ当然ですよね。エコは大事ですし!」
エコというものがいまいち分からない魔法使いは、陳列棚を指さして尋ねます。
「そもそも、なぜ木製の杖はエコじゃなくて、これらの杖はエコだと言い切れるのですか?」
「ああ、それは簡単なことです。こちらをごらんください」
店員が一本の杖を手にとりました。そして指さした箇所には、なにやら愛くるしいマスコットキャラクターのようなものが描かれています。
「ほら。ここにマークがついてますよね? これがエコであることの証明なのです。国のお墨付きということですよ」
「く、国が認めているということですか?」
「エコであることは国も推奨していますよ。エコが大事だと目覚めた国民による訴えのおかげですね。素晴らしい取り組みだと思います!」
店員はうんうんと頷いていますが、やはり男には理解できません。重ねて問いかけます。
「それなら木製の杖にそのマークをつけたらエコということになるのでは?」
「それはありえませんね。木を素材とした杖には決してエコである証をつけてはならないとお達しがありました。もし木製の杖にマークがついていたら、それは間違いなくまがい物……いえ、違法な物だと言えるでしょう」
「い、違法!?」
おどろく魔法使いを特に気にすることなく、店員は言葉を続けました。
「もちろんマークの偽造は罰せられますから、ご留意を。そんなことをする愚かな魔法使いはいないとは思いますが」
魔法使いは、あなたはそんな馬鹿なことをしないでくださいねと忠告された気分になりました。
あまりにも予想外のことが続いたこともあり、男はその言葉に返す元気もありません。
魔法使いが相手とあって丁寧な接客をしていた店員も、さすがに表情が険しくなってきました。
「この店の品揃えがご不満でしたら、余所に行っていただくしかありません。でも、他のお店も似たようなものだと思いますよ。ほとんどの国民はエコであることを重視していますし」
店員はやや冷たく言い放ちました。店員からすると、エコに理解を示さないうえに、いつまでもごねる迷惑な客としか思えなかったのでしょう。
「それに、木製の杖でなくても魔法を使うことは出来るでしょう? だったらそれで十分じゃないですか?」
物分かりの悪い子供を諭すような表情でそう付け加える店員。
たしかに店員の言う通り、木製の杖でなくとも魔法は使えます。
魔法使いはしばらく迷ったものの……仕方なく、売られていた杖から一番マシに思えるものを買って店を出ました。
帰り道、いつもなら新しい杖を手に入れた時は気分が高揚するものなのに、底なし沼にはまり込んだように気持ちが沈んだままでした。
家に帰ってきた魔法使いは、念のため杖の使い勝手を試します。
いつものように杖を構え、いつものように身振り手振りをし……しかし、杖の手触りだけがいつものものではありません。
店員が言っていたようにその杖でも魔法は発動しましたが、今までのように自分の力が完全に発揮できているとはどうしても思えないのでした。
◇◆◇◆◇
数日後。
杖を購入した魔法使いは、今度は新しい魔導書とノートを買うために本屋へと向かいました。魔物との戦いに勝つためにも、勉強はおろそかにできません。
しかし、男は本屋でも驚くことになりました。ここも、以前訪れた時とずいぶん様変わりしていたからです。
男は店員をつかまえると、展示されているものを指さして尋ねました。滅多にないほど声を荒げて。
「これはなんですか!?」
「ああ、それはタブレットです」
「タ、タブレット?」
「ええ、これからの本やノートの代わりとなるものです。本のように書かれた文字や絵を読むことができますし、ノートのように書きたい文字を記すことも可能ですよ」
未だに理解が追いつかない魔法使いでしたが、店員は親切にもタブレットについて詳しい説明をしてくれます。白紙のような画面を表示して指を添えました。
「単語の頭文字を一文字書くだけで、いくつかの単語をピックアップしてくれる機能もついてます」
「そ、それはどういうことですか?」
「例えばfireballと書きたい時、fの文字に触れるだけでfireballと瞬時に記載することも可能なんです。ほら、このように」
実演が終わった店員は、便利ですよねと笑顔を向けてきます。
たしかに便利そうです。便利そうですが……。
魔法使いの男は、なんだかしっくりこないなと感じました。
そこで男は店員に肝心なことを質問します。
「紙で出来た魔導書やノートはないのですか?」
「ありませんね」
「なぜです!?」
「エコではないからです」
悲鳴のような問いかけに店員は平然と答えました。ここでもエコです!
魔法使いの男は、震えはじめた指でタブレットを示しつつ改めて口を開きました。
「このタブレットはエコなのですか?」
そうは見えないと思ったからこそ尋ねたのですが、店員は胸を張り、自信満々に答えを返します。
「もちろんエコです。タブレットを裏返してみてください」
男は言われた通りにタブレットを裏返しました。すると……。
杖と同じ、可愛らしいマスコットキャラクターがここにも描かれていたのです!
「ね? そこにエコであることを示すマークがついてますから」
魔法使いにとっては、もはやそのマークは恐ろしい悪魔の絵としか思えなくなっていましたが。
しかたなく、魔法使いはタブレットを購入して帰ります。新しい魔法について勉強しないわけにはいかないのですから。
操作には、間もなく慣れることができました。
こうしてタブレットを使い始めた魔法使いでしたが、違和感はいつまで経っても拭えませんでした。
紙で出来た魔導書のページをめくったり、ペンを使ってノートに文字を書き込んだり、そういったことが大事だったのではないかという気持ちが湧きおこります。ですが、それらが売ってない以上どうにもなりません。
やむを得ずタブレットで勉強を続ける魔法使いでしたが、以前に比べて魔法の呪文を覚えにくくなったように感じるのでした。
◇◆◇◆◇
それからしばらくして。
つまり、国中の魔法使いが木製ではない杖を使うようになり、タブレットで読み書きするようになってしばらく経ってから、ということですが。
魔物の軍勢が攻めてきました。大軍です。
魔法使いたちはもちろん、全力で立ち向かいました。
しかし、木製でない杖は彼ら彼女らの力を完全には引き出してくれません。
さらに、タブレットで勉強したのが仇になったのか、魔法の呪文を詠唱する際に発音を間違えたり、呪文そのものを思い出せなくなることがたびたびありました。
そんな魔法使いたちが勝てるほど、魔物たちは甘い敵ではありません。
魔法使いは一人、また一人と魔物の手にかかり、倒れていきました。
最期の時、魔法使いたちの胸に去来したものは、意外にも諦めという感情でした。
ある時期から突如行われるようになった、魔法使いの力を削ぐような施策……。
その裏に隠れている悪意ある存在に、いつしか気づいていたからです。
しかし自分たちの行いが正しいと信じ込む大勢の民衆の前では、数の少ない魔法使いたちはどうすることも出来なかったのです。
魔法使いたちが全滅すると、もうあとは烏合の衆。
やがて人間は一人残らず滅ぼされ、この世界は魔王率いる魔物たちが支配するようになったのです。
人の世は焦土と化し、エコな物もそうでない物もすべて灰燼に帰しました。
エコエコ叫んでいた人々がこのような結末を望んでいたのかどうかは、今となってはもう確かめる術はありません。




