08.盗人令嬢
ルフェリアを取り巻く環境は、その日を境に急速に悪化していった。
ガーデンパーティに参加していた招待客たちが、その場で起こった出来事をよそで面白おかしく吹聴し始めたのだ。
曰く、オルトランド伯爵家の養女は、立場をわきまえず実の娘を虐めているらしい――。孤児院から迎えられた際も、シュエリーナを押しのけて自分を売り込み、見事に養女としての立場を得たらしい――と。
おかげでルフェリアはどこに行っても、実の娘であるシュエリーナからその立場と家族を奪った『盗人令嬢』と揶揄されるようになってしまった。
それでも家族さえ味方でいてくれれば、ルフェリアもそこまで気に病むことはなかっただろう。
しかし、ルフェリアが何かするたび、シュエリーナの言動によって不利な状況に追い込まれてしまう。
両親はそんなルフェリアを「後から来たシュエリーナに家族を奪われ、嫉妬している」状態だと思い込んでいるようだった。
オルフェンに至っては、もはやルフェリアは『家族を簡単に陥れる卑怯者』扱いで、目が合うたび嫌悪の眼差しを向けられるほどだ。
屋敷の中ですら、ルフェリアの言うことを信じてくれるのはユリクスだけになっていた。
次第にルフェリアは一日中部屋に閉じこもり、読書をしたり、パールに話しかけるばかりの毎日を送るようになってしまった。
更なる悲劇がルフェリアを襲ったのは、そんな虚しい毎日を送っていたある日のことだった。
カロウェン侯爵家から、ヒュエルとの婚約解消を申し入れられたのだ。
「実子の立場を妬んで嫌がらせをするような娘が、我が息子の花嫁として相応しいはずございませんわ。婚約破棄でないだけ、ありがたいと思いなさい」
突然のことで言葉も出ないルフェリアに、カロウェン侯爵夫人は冷ややかにそう言い放った。
愕然としていると、その場にはなぜかシュエリーナが呼ばれた。
嫌な予感に、こめかみを冷たい汗が伝う。
――どうか、思い違いであってほしい。
そんなルフェリアの願いも虚しく、直後、侯爵夫妻はヒュエルとシュエリーナが新たに婚約を結ぶことを告げた。
はにかむように笑い合い、手を繋ぐシュエリーナとヒュエルの姿を見て、ルフェリアは確信する。
彼らはずっと前から、こうなることを知っていたのだ。
両親と侯爵夫妻が話している間、ヒュエルは目も合わせてくれなかった。
ルフェリアがずっと、縋るような目で彼を見つめていたのに。
「だって、仕方ないだろう」
話し合いが終わった後、彼は面倒そうにそう言った。
「どこの馬の骨ともわからない生まれの君と、生粋の伯爵令嬢のシュエリーナ。どちらが侯爵夫人に相応しいかなんて、子どもにだって分かる話だ」
ヒュエルは砕け散ったルフェリアの初恋を、丁寧に踏みつけて粉々にする。踏みつけられるたび、砕けた心は血を流すような痛みを訴える。
それでもルフェリアは泣かなかった。
自分を傷つけた元婚約者の前で涙を流すことは、自身の矜持をますます傷つける行為だと分かっていたからだ。
けれど、この後に起こることを考えると、そんな出来事なんて悲劇でもなんでもなかったのかもしれない。
その日の深夜――部屋の外から何か言い争うような声を耳にしたルフェリアは、そっと部屋を抜け出し、燭台片手に声のするほうへ向かった。
「それじゃ、あなたは――!」
「だから何? ――が悪いのよ」
「そんな――」
距離がやや遠く、会話の内容は判然としないが、声を聞けばそこにいるのが誰なのかはすぐに分かった。
(ユリクスと……シュエリーナ?)
ふたりは階段のすぐそばで、口論を交わしているようだった。
物々しい雰囲気に、とっさに声をかけるのがためらわれ、ルフェリアは物陰からそっと様子を覗き込む。
――後になって思えば、なぜその時、ためらいなどしたのだろう。
もっと早く声をかけていれば、ユリクスはあんな目に遭わなかったかもしれないのに。
「――あなたは僕の姉さまじゃない!」
「うるさいわね!! 黙りなさいよ!」
あっと叫んだ時には、もう遅かった。
激高したシュエリーナがユリクスを階段に向かって突き飛ばし、ユリクスは瞬く間に階段を転げ落ちてしまった。
鈍い打撲音が幾度も響き、ルフェリアは青ざめながらユリクスの元に駆けつける。
息はあるが、後頭部から大量に出血しており、ぐったりしていた。
「ユリクス……っ! ユリクス、しっかりして――」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
何を思ったか、シュエリーナが甲高い声で叫ぶ。
すぐさま屋敷中の者たちが駆けつけ、何があったのかと口々に問いかけた。
両親やオルフェンが、ルフェリアの腕の中で意識を失っているユリクスを見て、顔色を失っている。
そんな彼らを前に、シュエリーナが一瞬、唇の端をつり上げて笑った――。
「ルフェリアお姉さまが……っ、ユリクスを階段から突き落としたの!」