07.崩壊の兆し
周囲の人間だけでなくヒュエルまでそんな風に自分を見ていることに、ルフェリアは愕然とした。
「そんな、わたしはただ――」
「少し頭を冷やしたほうがいい。君は、可哀想な境遇の妹を気遣ってあげられないような子じゃなかっただろう」
慌てて弁解しようとしたが、ヒュエルは聞く耳を持ってくれない。
シュエリーナを宥めるばかりで、もはやルフェリアのほうを見ようともしなかった。
自分を見る人々のひそひそと囁く声に耐えきれず、ルフェリアは早々にその場を立ち去ろうとした。
しかしちょうどその時、庭園の目立つ場所に設置された演壇から、父の声が響く。
「皆さま、本日は当家にお集まりくださいまして、誠にありがとうございます。我が家の大切な娘たちを紹介いたします。――さあ、娘たちよ。こちらへおいで」
できれば今すぐにでも自室に逃げ帰りたい気分だったが、この状況で出て行かないわけにもいかない。
仕方なく、演壇へ向かう。
そうして壇上に上がると、先に到着していたシュエリーナの隣に並ばされた。
父は片手にシャンパングラスを持ったまま、上機嫌でそれぞれの娘を紹介する。
「こちらはルフェリア。十一年前に我が家に来た娘です。聡明で努力家、細やかな心遣いを持った自慢の娘です。そしてこちらはシュエリーナ。長く行方不明になっていましたが、最近になってようやく戻ってきてくれました。明るく朗らかで、家族にとって太陽のような存在です」
わぁっ、と歓声と拍手が上がる。
それがどちらの娘に向けられたものなのかなど、人々の視線の先を見れば一目瞭然だ。
母と兄弟にそっくりな、金髪に青い目をしたシュエリーナ。
薔薇色のドレスに身を包み、髪を綺麗に編み込んだ彼女の隣で、茶色い髪にくすんだ緑の目をしたルフェリアはなんと見劣りすることか。
俯いていると、隣にいたシュエリーナが気遣わしげな視線をよこす。
「お姉さま、どうしたの? 具合でも悪い?」
「いいえ、大丈夫よ」
「だけど顔色も悪いし、心配だわ……」
シュエリーナの両手が、包み込むようにルフェリアの手に触れる。
その瞬間、 手のひらに突き刺すような痛みが走り、ルフェリアは反射的にシュエリーナの手を振り払った。
「きゃぁっ!」
甲高い悲鳴を上げたシュエリーナが、その場に倒れ込む。
「シュエリーナ! ――ルフェリア、一体何をしたんだ」
確かに手は振り払ったものの、倒れるほどの力ではなかったはず。何が起こったのかわからず唖然とするルフェリアの目の前で、演壇の傍にいた兄が慌ててシュエリーナを助け起こす。
鋭い眼差しで睨みつけられ、ルフェリアはようやく今、自分がどのような状況に置かれているのか思い至った。
周囲からは、ルフェリアがシュエリーナを転ばせたように見えていたに違いない。
「それは……シュエリーナが、わたしの手に何かを刺して……」
「ごめんなさい、お姉さま。きっと爪が当たって痛かったのよね……! お姉さまが具合が悪そうだったから、心配になって手を取ったんだけど……。軽率な真似をしてしまって悪かったわ」
シュエリーナが痛々しく眉を寄せながら、それでも気丈に笑顔を浮かべる。
その姿は、正義感の強い兄の心を強く打ったことだろう。
「シュエリーナ、お前はこんな目に遭わされてもルフェリアを庇おうと……。なんて優しい子なんだ。それに比べて……ルフェリア! お前はどうして、シュエリーナに意地悪をするんだ!?」
「やめなさい、オルフェン」
血の気が引いたまま立ち尽くしていたルフェリアは、父が自分を庇ってくれるつもりなのだと思って、安堵した。
しかし父はルフェリアを冷めた眼差しで一瞥する。
「招待客の皆さまの前だ。これ以上の醜態をさらしてはいけない。……ルフェリア、お前は部屋に戻って謹慎していなさい」
「お父さま……」
「早くしなさい。まさかこんな騒ぎを起こしておいて、誕生日を祝ってもらえるなどという厚かましい考えを持ってはいないだろう」
あまりな父の言葉に、ルフェリアはそれ以上言葉も出なかった。
小さく頷き、うなだれたまま演壇を降りる。そして逃げるように、自室へ走り去った。
部屋に戻ってようやく、未だ痛み続ける手を確認すると、そこには血がにじんでいた。
あの痛みは、爪が当たったなどというものではない。間違いなく、針を刺した時と同じ痛みだった。
だけどそれを言ったところで、皆はルフェリアの妄言だと切って捨てるだろう。
「ふぅ……うっ……」
腹の奥から哀しみがこみ上げ、涙となってこぼれ出す。
庭の方からは人々の楽しげな笑い声や歌声が聞こえてきて、パーティの盛況を物語っていた。
今日は、素敵な誕生日パーティになるはずだと思っていた。
それなのにルフェリアはいわれもない罪を責め立てられた挙げ句、ひとりで部屋に謹慎させられている。
どうしてこんなことになったのだろう。
ルフェリアは寝台につっぷし、それから長い間、静かに泣き続けた。