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03.本当の娘

 幸せな時間はあっという間に過ぎた。

 オルトランド伯爵家に迎えられて六年。ルフェリアは間もなく、十六歳の誕生日を迎えようとしていた。


 相も変わらず伯爵一家はルフェリアを実の家族のように大切にし、愛してくれた。最近の彼らの話題と言えば、もっぱらルフェリアの誕生日パーティーの計画についてだ。


「今年もとびきり素敵なパーティーにするから、楽しみにしてちょうだいね」

「君の喜ぶ贈り物を用意するから」

「わたしは、家族みんなが元気で笑っていてくれるだけで十分幸せなのよ」


 ルフェリアにとって、家族は宝物だった。

 皆の笑顔を見ているだけで、満たされた気持ちになった。


 悪い報せと良い報せの両方が飛び込んできたのは、平穏な毎日を過ごしていた、そんなある日のことだった。


 悪い報せは、前オルトランド伯爵夫人――ルフェリアにとって養母方(ははかた)の祖母にあたる人が、病により亡くなったこと。

 そして良い報せは――。


「シュエリーナの居場所がわかった……!? それは本当かい、リリー」

「ええ、そうなの……! お母さまの遺書によると、シュエリーナを修道院の前に置き去りにしたと……」


 ルフェリアの両親は、前伯爵夫妻と折り合いが悪かった。

 それというのも、父と母の間には身分差があったからだ。


 伝統的な伯爵家の令嬢である母リリーと、『成金商人』と蔑まれる父ハイゼルの間には、埋められない壁があった。

 ふたりは半ば駆け落ちのような形で結ばれ、ふたりの子宝に恵まれたが、前伯爵夫妻はそれを許さなかった。


 人を使って娘たちの居場所を突き止め、娘夫婦の留守中を狙い、乳母に金を握らせてシュエリーナを密かに連れ出した。

 そして誘拐したシュエリーナを、適当な民家の前に捨てたというのだ。


 当初前伯爵夫妻は、愛娘を失ったふたりの間に亀裂が入れば――と考えていたそうだ。傷心のリリーを、そのままハイゼルと別れさせるつもりで、まだ幼いオルフェンと共に実家へ連れ戻した。


 しかし娘を失い、夫とも引き離されたリリーの嘆きようは凄まじかった。彼女は一時期食事も満足に取れず、死を危ぶまれるほどだったらしい。


 さすがに娘の命には替えられないと、前伯爵夫妻は仕方なくふたりの結婚を認め、ハイゼルを伯爵家の跡継ぎとして迎えた。

 しかし孫娘を誘拐したことについては、どうしても言い出せなかったようだ。


 そうして、十六年が過ぎた。

 前伯爵はとうに亡くなり、ひとり残された夫人は、急に自分の犯した罪の重さに耐えきれなくなったそうだ。

 不治の病と診断され、余命幾ばくもないとわかった彼女は、娘のリリーに向けて遺書を残した。


 乳母を買収してシュエリーナを誘拐したこと。

 彼女を、民家の前に置き去りにしたこと。

 最後の最後で良心が痛み、夫に内緒で、自身のブローチを赤子の入った籠に忍ばせていたこと――。


「お母さまお気に入りの、サファイアのブローチよ。周りをダイヤに囲まれていて、裏面にお母さまのイニシャルが刻まれているの……! ああ、どうしましょうあなた。シュエリーナを早くお迎えに行ってあげないと……」

「早速、その民家を訪ねよう! 場所はどこなんだい?」

「それが――」


 遺書に記されていた情報によると、その民家があるのはちょうど、ルフェリアがいた孤児院と同じ地域らしい。

 その日の内に両親はオルフェンを連れ、慌ただしく出かけていった。


 残されたルフェリアは、同じく留守番のために残ったユリクスと共に、両親たちの帰りを待つことにした。


「姉さま、この家に新しい姉さまが来るの?」


 今年の初めに九歳になったばかりのユリクスは、突然新しい家族が増えることに、期待と不安でいっぱいのようだった。


「ええ、そうよユリクス。あなたの……血の繋がった、本当のお姉さまが帰ってくるの」


 ルフェリアももちろん同じだ。

 シュエリーナが見つかったことは、本当に嬉しい。だけど、本当の娘が見つかるかもしれない今、自分はこの家に必要ないのではないかという思いも拭えなかった。


 だけどユリクスは少し怒ったような、悲しそうな表情でルフェリアの言葉を否定する。


「そんな言い方しないで。血が繋がっていなくても、ルフェリア姉さまは僕の世界一大事な姉さまだよ」


 ルフェリアは、少しでも不安を覚えた自分を恥ずかしく思った。

 これまでオルトランド伯爵家の家族は、ルフェリアをこれ以上ないほど大切にしてくれた。

 彼らとこれまで過ごした年月は、ルフェリアにとって何にも代えがたい宝物だ。それなのに家族の真心を疑うなんて、本当に失礼なことをしてしまった。


「ありがとう、ユリクス……。シュエリーナさんとわたしたち、皆で仲良くできると嬉しいわね」

「そうだね! シュエリーナ姉さまは、本が好きかなぁ。ルフェリア姉さまと同じように、僕に色々な物語を教えてくれると嬉しいんだけど」


 ユリクスはルフェリアと同じく読書が好きで、特に異国のおとぎ話に心惹かれるようだった。

 ルフェリアが独学でいくつかの外国語や古語を習得したのは、そんなユリクスに、新しい異国の物語を読み聞かせてあげたかったからだ。

 おかげで今では、簡単な日常会話程度なら不自由なくこなせる自負がある。


(お父さまとお母さまは、女の子がそんなに一生懸命語学なんて勉強しなくてもいいって苦笑いしていらっしゃったけど……。ユリクスが喜んでくれるものだから、ついつい熱中してしまったのよね)


 それに、婚約者のヒュエルは、代々外交官を輩出してきた侯爵家の跡継ぎだ。未来の外交官の妻として、外国語が喋れることはきっと何かの形で役に立つだろう。


(わたしったら、気が早いわよね。社交界デビューもまだなのに)


 この国では、男女ともに特別な理由がない限り、社交界デビューは十六歳になる年と定められている。

 王宮で開かれる春の舞踏会で、デビュタントとして国王に謁見。そこで社交界デビューを果たして初めて成人と見なされ、結婚できるようになるのだ。


 一歳年上のヒュエルは去年社交界デビューをしており、ふたりの結婚はルフェリアが成人を迎えた一年後――来年の夏頃を予定されていた。

 既にドレスや装身具のデザインを決めたり、招待客リストを作ったりと、結婚式に向けて動き出している。


 まだ年若いルフェリアが、間もなく訪れる一世一代の晴れ舞台に浮かれていても、無理もない話だ。


(わたしはシュエリーナさんとは一年弱しか一緒にいられないけど、姉妹として色々お話できると嬉しいわ)


 まだ見ぬ姉妹との交流に胸躍らせ、ルフェリアは両親が無事にシュエリーナを連れて帰ってくることを願った。

 ――彼らを乗せた馬車が屋敷に戻ってきたのは、それから三日後のことだった。

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