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【モブ改変SS】もしもザミエラが攻めて来なかったら。【バレンタインIF編】

作者: 神田義一

 焚き火の炎が揺らめき、夜の静寂の中で小さく弾ける。

 乾いた薪が燃える音が心地よく、柔らかな暖かさが体を包み込んだ。


「あったけぇ……」


 炎をじっと見つめると、不思議と心が落ち着く。

 この世界に来てからそろそろ一年。

 相変わらず、俺は"焚き火"に熱中していた。


 ---


 あれから、俺の平和な日々は続いていた。

 自分に嘘をつき続け、クリスに喝を入れられたあの日から、俺は心を入れ替え、再び特訓の日々を送るようになった。


 クリスに魔術を教わりながら、教会の子供たちと過ごす時間も増えた。

 仕事も真面目にこなすようになり、道具屋の手伝いもすっかり板についていた。


 それから、自分が"フェイクラント"ではなく、本当は地球の日本というところから来た別人だということもちゃんと伝えた。

 パニックにさせてしまうかとも思ったが、意外とクリスは「だと思った」と言った感じで、何故だか見抜かれていた上に、そんなに気にならないようだった。


 それよりも──


『俺の故郷では、春夏秋冬色んなイベントがあってな、例えば──」

『ふーん、なんだかいろんなイベントがあって面白そうね。クリスマスとか、教会の子供たちとパーティとかしたら、とっても喜びそう』


 クリスは地球で行われている文化に対してかなり興味を示していた。


 そんなわけで、夏には クリスと一緒に火魔術を使って花火大会を開催 した。

 村の子供たちが目を輝かせ、大人たちもクリスやイザール神父が撃ち出す火の芸術に感動していた。

 火単体ではそんな綺麗な爆発にはならないとも思っていたが、器用に風魔術や水魔術も合わせて化学反応を起こし、日本の風物詩には敵わないかもしれないが、かなりの出来だった。


 秋には『ハロウィン』という文化を紹介し、子供たちと一緒に村中を回ってお菓子を集めた。

「子供達が火葬する催し!?」などと言いながら村人達は勘違いして、最初はドン引いていたが、説明するとすぐに面白がってくれた。

 クリスが畑で取れたカボチャに細工し、俺が怪しいマントを羽織ると、子供たちは大はしゃぎだった。


 そして、冬。

 俺は「クリスマスパーティ」を教会で開いた。

 クリスが繕った赤い服を着て、子供たちにプレゼントを送った。

 彼らは目を輝かせながら大喜びし、イザール神父も優しく微笑んでいた。


 が──。


『クリスマスって、クリスおねえちゃんをお祝いするの?』

『クリスねーちゃん! お誕生日おめでと〜!!』

『えっ……ち、違うわよ。これはね──』


 子供たちは クリスマスをクリスの誕生日だと勘違いし、盛大に彼女を祝っていた。

 まぁ、元々とある神の子の誕生日だし、実際クリスの誕生日は孤児なのでよくわからないが、もしもクリスが誕生日だったら面白いな。と思った。


 パーティが終わった後、家に着いた俺は、そっと彼女にプレゼントを手渡した。

「もう、誕生日じゃないってば」と怒られたが、クリスマスプレゼントだと言うと顔を赤くしながら受け取ってくれた。


 ---


 そして、今。


 焚き火の前で、俺はクリスと肩を並べて座る。

 火の温もりが心地よく、彼女の隣にいるだけで満たされた気持ちになる。

 彼女は今も、俺からのプレゼントを身につけてくれている。


 粗悪かもしれないが、心を込めた手作りの首飾り。

 この村にたまに訪れる魔族のレイアさんと、一緒に住んでいるらしい元気な老人と仲良くなり、クリスに隠れて山奥の家で手伝ってもらいながら作った一品だ。

 飼っているらしい珍しい魔物・ミストフレアから抜けた羽を数本頂戴し、装飾品として加工した。


 なんでも、この羽は魔力に対する耐性なんかがあるらしく、お守りとしての効果もあるらしい。

 クリスはそんなことは知らないだろうが、それでも俺が作ったものを大切にしてくれている。

 それだけで十分だった。


「……なに見てるのよ。恥ずかしいじゃない」


 ふと、クリスが小さく呟いた。


「いや、別に……」


 俺はごまかすように焚き火に視線を戻したが、横目でチラリとクリスを見る。

 彼女は少しだけ耳を赤くしながら、首飾りの飾りを指先でなぞっていた。


 焚き火の炎が揺らめく中、静かな時間が流れる。


「……次は、花見なんかもいいかもしれないな」


 ぼんやりと呟くと、クリスがこちらを向いた。


「花見?」

「ああ。俺の故郷では、春になると桜っていうピンク色の花が咲いてな。その下でみんなで集まって、ご飯食べたり、酒を飲んだりするんだ」

「へぇ……いいわね、それ」


 クリスの目が少しだけ輝く。


「ただの花を見ながら食べたり飲んだりするの?」

「うーん、まぁそう言われればそう……だけど、それがなんか特別なんだよな」

「ふーん……」


 クリスは顎に手を当て、少し考え込むような表情を浮かべる。


「……この村にも、そんな綺麗な花が咲く場所があるといいのにね」

「どこか探してみるか?」

「うん、春になったらね」


 俺が頷くと、クリスはふっと微笑んだ。

 火の揺らめきに照らされたその笑顔が、妙に心に残る。


 流石にこの世界に桜……というかソメイヨシノさんは無いだろうなぁ。

 品種改良で自生できない種類だし、人類が滅べば真っ先に自然界から消え失せる種類の桜だとも言われてるしな。


 他の種類の、花見と言えるような花があればいいのだが。


 ──そして、しばらく沈黙が続いた後。


 クリスが妙にそわそわし始めた。

 落ち着かない様子で足元の小石をつついたり、焚き火をじっと見つめたり。


「……どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、彼女はピクッと肩を震わせ、急にそっぽを向いた。


「な、なんでもないわよ!」

「……いや、どう見ても何かあるだろ」

「あ、あるってわけじゃないけど……その……」


 珍しく口ごもるクリス。


「今日は……その、女の人が男の人にチョコレートをプレゼントする日って……聞いてたから……」

「えっ」


 思わず驚いて、彼女の顔を覗き込む。

 焚き火の光に照らされたクリスの頬は、信じられないくらい真っ赤だった。


「ち、違うのよ! これはその……別に深い意味はないっていうか、ば、"ばれんたいん"っていうんでしょ?その、文化を体験してみようと思っただけで……!」


 クリスはこれまでに無いくらい早口で捲し立てている。

 そう言えば、確かに今日、クリスはやけにツンデレのツンの部分が酷かった。


『絶ッ対に台所に来ないで!!』

『マルタロー!! フェイが来たら噛み付いていいからね!! 思いっきりね!!』

『わぅ!!』


 と、朝から騒いでいたのを思い出す。

 その時は「なんか機嫌が悪いのか?」くらいにしか思っていなかったが、今こうして彼女の赤く染まった顔と、震える指先を見てしまうと、理解せざるを得なかった。


 そうか、これを準備していたのか。


 途端に、俺の胸がギュッと締め付けられるような感覚が走る。


 クリスは、バレンタインの文化を聞き、こうやって俺のために尽くそうとしてくれようとしている。

 それを考えたら、もう嬉しくて仕方がなくて、けれど、それ以上にどうしようもなく恥ずかしくなって。


 気づけば、俺の顔まで熱くなっていた。


「……あの、その……」


 クリスは俺の視線から逃げるように、手元をモゾモゾと弄っている。

 そして、覚悟を決めたように小さな包みを差し出してきた。


「……はい、これ……っ」


 彼女の手の中には、リボンが結ばれた小さな箱。

 ほんのり甘い香りが漂っていて、何が入っているのかなんて、わざわざ開けなくても分かってしまう。


「……チョコ?」


 俺が呟くと、クリスは恥ずかしそうに頷いた。


「そ、そうよ! た、ただの文化の体験よ! ……別に、深い意味とか、そういうのはないんだから……」


 言葉とは裏腹に、彼女の指先は小さく震えている。

 顔は炎のように赤く、視線はあちこちへと彷徨っていた。


 そんな姿を見たら、俺の心臓はさらに跳ね上がる。

 どうみても意識しているとしか思えないから。


「……ありがとな」


 自然と、そう口にしていた。


 たとえ『文化の体験』だなんて言っても、きっとクリスにとっては、これを渡すのにすごく勇気がいったはずだ。

 俺のために、一生懸命準備してくれた。

 それを考えたら、こんなに嬉しいことはない。


「別に、お礼とかいいのよ……。そ、それより、ちゃんと食べなさいよ! すごく頑張ったんだから……!」


 クリスはそっぽを向きながらも、俺が受け取った箱をチラチラと気にしている。

 その健気な仕草が可愛くて、俺は胸の奥からこみ上げてくる感情を抑えられずにいた。


 正直、クリスは料理が上手い。

 飯を作るにしても、スイーツを作るにしても、一級品だとまでは言わないが、ツンデレにしては珍しい部類だと思う。

 だから、味よりも気持ち。というのも大事だが、これは味にも期待できそうだ。


「……じゃあ、いただきます」


 ゆっくりと包みを開く。

 中には、丁寧にラッピングされた小さな箱。

 期待と少しの緊張を抱えながら蓋を開けると──。


「こ、これは……っ!?」


 思わず、俺は息をのんだ。


 そこに収められていたのは、まるで本物の薪のようなチョコレート。

 故郷にも「枝チョコ」という洒落たお菓子があったが、これはもはやその次元を超えている。

 まるで焚き火にくべる薪そのもの。


『薪チョコ』と呼んでもいい。

 表面の凹凸までリアルに再現されていて、ほんの少し焦げたような色合いがまた絶妙な雰囲気を醸し出していた。


 俺の心の奥底に眠る"何か"が叫ぶ。


「……(ふつく)しい……!!」


 そう呟いた瞬間、俺の脳内で薪が燃え盛る音が鳴り響いた。

 思わず震える手でチョコの表面を撫でる。

 リアルな木目の質感、指にかすかに伝わるチョコの冷たさ……。

 これを作るのにどれほどの手間がかかったのか、想像するだけで胸が熱くなる。


「……ふふっ」


 隣から、くすくすと笑う声が聞こえる。


「フェイが焚き火ばっかり好きだから、これなら喜ぶかなーって思ったんだけど……思ったよりツボに入ったみたいね」


 クリスは得意げな顔をしながら、俺の反応を楽しんでいるようだった。


「いや、これ……ど、どうやって作ったんだ?」

「それは秘密」


 俺の問いに、クリスはにやりと笑う。


 いや、確かに彼女は料理上手だが、ここまでの完成度を持つチョコレート菓子を作れるとは思っていなかった。

 どれだけの時間と努力をかけたのか、それを考えたら……。


「素晴らしすぎるぞクリスっ!! この造形、このツヤ……何から何まで完璧だ。……売れる。これは売れるぞ!! すぐにでも会社を立ち上げ、この薪チョコの素晴らしさを全世界に知らしめよう……ッ!!」


 これは間違いなく、俺……いや、フェイクラントのために作られた最高のチョコレートだ。

 しばらく見た目を堪能しながら、クリスの方を見る。


「……ほんとばか」


 クリスは目をそらしながら、小さな声で呟いた。


 顔は真っ赤だ。

 だが、その表情はどこか誇らしげで──


 俺の胸の奥に、焚き火よりも温かいものが広がっていくのを感じた。

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― 新着の感想 ―
美しいのルビかまふつくしいになってるのわざとですか?
2025/03/25 20:09 誤字かもさん
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