萌えたつ心の行きつく先
「もしかして僕が見に来なければもうあなたは紙芝居師ではなくなるんですか?」
目の前に座っている紙芝居師は俺の目を見ることなく返した。
「そうだね。君が僕を紙芝居師として認識しなくなれば、僕は紙芝居師じゃなくなる。」
「それは……俺のせいなんですか?」
「いいや、ちがうよ。君のせいにした、僕のせいだ……」
そう言うと、紙芝居師の姿が歪んでいく。
「……はっ!」
目を覚ますと車内アナウンスが花白駅に着いたことを伝えていた。
「さすがに2日連続早起きは堪えるな……」
ホームに降り立った俺は、体を伸ばしながら改札を通り学校へと向かった。
昨日いつものように下校時刻ギリギリまでらに先輩と話した後、俺は次の日も早起きすることを決め、9時前に眠りについた。
なぜ2日連続で早起きをすることを決めたのか、それはこの時間帯の学校に用があるからであった。
俺が昨日と同じく木製のテンキーロックの扉を通り、昨日複数色の光が見えた場所に行くと、その人物がいた。
「おはようございます。」
「……えっ!?」
俺が挨拶をすると目の前の生徒会長は目を大きく見開きこちらを見つめしばし固まった後、急いで手に持っていたサイリウムを隠した。
「ど、どうしてここにいるんですか!?」
サイリウムを隠し、焦っているのが丸わかりの状態のまま生徒会長は俺に尋ねた。
「生徒会長と話がしたかったんです。」
「……話? 私とですか?」
ようやく落ち着き始めた生徒会長は、諦めた様子で隠したサイリウムを俺の目の前で可燃ごみの袋に入れた。
「やっぱり……それオタ活ってやつですよね。」
「……幻滅しましたか? 生徒会長ともあろうものが、こんな時間に校内でふさわしくない行動をとっているんです、幻滅はしますよね。」
悲しそうな声で話す生徒会長は「いつかばれるとは思っていました。」と言いながら、体育館から出ようとしていた。
「別に幻滅はしてませんよ。逆に安心しました。」
「……え?……安心?」
「生徒会長も人間らしいことするんだなって。俺気になってたんです。どうして生徒会長が生徒会長として振舞っているのかなって。」
「どうして?」
「生徒会長は根っからの生徒会長で、生徒会長以外の一面を持ち合わせていない存在だと思ってました。」
「どういうことですか? 何の話をしていらっしゃるのか私にはわからないです。」
「とりあえず話しやすい場所に行きましょう。」
俺の話についてこれていない生徒会長を連れて生徒会室へと向かった。
「俺、小さいころ家の近くの公園に来てた紙芝居師の読む紙芝居が好きだったんです。」
生徒会室に入り昨日と同様、俺はパイプ椅子に座り、話を再開した。
「でもある日、紙芝居を読んでいることを友達にバカにされたんです。小学5年生だったので多感な時期だったこともあり、その日を境に俺は紙芝居師のところには行かなくなりました。」
「紙芝居師ですか……」
「行かなくなる前の日に、俺は紙芝居師にこれからも通うって伝えたばかりだったんです。でも次の日から俺は行かなくなって、それはとても悪いことをしたんじゃないかって、強い罪悪感が俺の中に芽生えたんです。」
「そんなものですよ。子供は成長していくものです。いずれ見てくれる層も移り変わっていくものですよ。」
「それはなんとなくわかってたんです。でもあの紙芝居師は、俺が来なくなってもうこの世から消えてしまったんじゃないかと思ってしまったんです。」
「それは随分と大袈裟な考え方ですね。」
「確かに今思えば大袈裟ですよね。でもつい昨日までは俺はこの考え方に苛まれていたんです。」
「昨日まで?」
「生徒会長には生徒会長の一面と、オタ活をしている一面がある。でもオタ活をしている一面は、俺がそれを認識しなければ俺の心の中の生徒会長像に加えられることはなかった。」
「まあ……そうですね。」
「紙芝居師も同じです。俺の中ではあの人は紙芝居師でしかなかった。でもその他の側面を持っているかもしれない。親の顔を持っているかもしれないし、スポーツ選手かもしれない。何だって考えられる。そのことに昨日気付いたんです。」
「確かにそれはそうだと思いますが、なぜ私にこの話を?」
目の前の生徒会長は、不思議そうな顔で俺を見ていた。
「たとえ自分が新しい一面を持ったとしても、それを他の誰かが認識しなければそれは自分の持つ一面だという認知が周りに広がることはないんです。つまり、俺が紙芝居師の事を『紙芝居師』として強く覚えていることは、罪悪感を感じるためではなく、俺が認識していることで彼が俺の中で生き続けるためなんだって考えられるようになったんです。」
「……なるほど?」
「これが話したかったんです。生徒会長には感謝しています。」
「そうですか……」
「では俺はこれで。」
「あ、はい。……はっ! オタ活の事は他言無用ですよ!」
俺が話を終え、生徒会室を出ようとすると生徒会長が思い出したかのように俺に伝えた。
「言いませんよ。感謝してますから。」
今日は土曜日だ。授業はないし、地理研究会の活動もないから学校に来る必要はない。他の部活動生も、校内にわざわざ入る必要がある人は少ない。
閑散とした廊下を歩きながら俺は呟いた。
「誰かに認識されることで、それは存在できる。でもわざわざ働きかけて認識させる必要はない。きっとこの世界の誰かが認識し続けてくれるんだ。その認識が終わったときに存在が消える。ただそれだけ。」
俺はまだ、誰かの心に存在している。だからここにいる。そう思うと、自分自身を誰かに見せつける必要はないのだと、心が軽くなった。
―――――― 完 ――――――
このお話で最終話(仮)となります!
またいつかこの続きを書くかもしれませんが、ひとまず区切りはついたので……
ではまた次回作で!