表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ボンド

ギルド《ボンド》〜リオの光〜

ギルド《ボンド》の番外編になります。

本編が未読でも、単話として読める内容になっていますので、読んでいただけたら幸いです。


 なんだかおかしいなって思っていた。

 いつも暗い表情の両親が、鼻歌を歌ったりして機嫌がいい。僕に笑いかけてくれて、頭も撫でてくれた。


 いつも身体の汚れは、川で水浴びをして落とす。それなのに温かいお湯を沸かしてくれた。身体の芯までポカポカと温かくなったのは初めてだ。


 食事の量も多かった。普段そんなに食べていないから、完食できずに残してしまった。お腹が減らないから、おやつにしている野菜の皮や木の枝をかじることもなかった。


 家は少し揺れただけで崩れてしまいそうなものだし、狭いのに変わりはないけれど、家族三人でピッタリひっついて寝られて、僕は幸せだった。





 名前を呼ばれて目覚め、扉の外から家を覗き込んで両親が手招きしていた。眠い目を擦りながら外に出ると、慌てたお母さんに手を掴まれた。少し痛い。


「目を擦ったら、赤くなっちゃうでしょ。綺麗な色をしているんだから我慢しなさい」


 手を引かれて外に出ると、怖そうな男の人がたくさんいた。お母さんの後ろに隠れようとしたら、僕は背中を押れた。一歩前へ出ることになる。


 落ち着かなくて後ろを振り返ると、お父さんに「前を向きなさい」と叱られた。両親はニコニコと愛想のいい顔をしている。僕のことはいっさい見ない。


 正面に向き直ると、目の前にしゃがみ込んだ男の人がいて、驚きすぎて仰け反った。

 大きな手が僕の頬を挟む。色々な角度から顔を見られ、怖くて動けない。


「いい色をしているな。名前と歳は?」

「リオ、七歳です」


 震える声を絞り出した。

 いい色って、僕の目のこと? さっきお母さんに「綺麗な色」と言われたから、多分そうだ。


「七歳にしては小さいな。身体も細すぎる。だが、この目は高く売れる。ツラも悪くねぇから、将来性で買われるだろう」


 男の人はお父さんに麻袋を渡す。大きく膨らんでいて、金属が擦れる音が聞こえた。重量もありそうだ。


「見た目で買ってもらわなきゃいけねぇから、あまり目立たないところにするか」


 木に身体を押しつけられ、身体を数人の男の人に押さえられて身動きが取れない。


「え? なに? 怖い! お母さん、お父さん、助けて!」


 僕が声を上げても、両親には届かなかった。麻袋の中身に夢中で、二人とも見たことのない満面の笑みをしていた。僕のことなんて、視界に入っていないみたいだ。

 襟足を掻き上げられる。


「少し熱いけど我慢しろよ」


 忠告と共にうなじに何かを押し付けられた。ジュッと聞こえ、熱いと痛いが混ざって僕を襲う。耐えられなくて泣き叫び、もがこうにも押さえつけられていて身体は動かない。


 肉の焼ける臭いに胃液がせり上がる。僕から臭っている。焼けているのは僕だ。胃の中のものを吐き出して、意識を手放した。





 目覚めは最悪だった。ガタガタと揺れる硬い床に手足を拘束されて、転がされていたから。辺りは薄暗くて、ここがどこなのか全くわからない。


「かゆい」


 うなじが我慢できないほど痒い。縛られていて、手はうなじに届かない。仰向けになって、硬い床にうなじを擦り付ける。


「起きたのか」


 聞き覚えのある声に、身体を硬直させる。僕の顔を掴んで、目を見ていた人だ。


「治癒術で治してやったんだ。烙印が消えないように、中途半端にしか治してないから、掻くと傷だらけになるぞ」

「……ここはどこですか? 烙印ってなんですか? 僕はなんで縛られているんですか?」


 寝返りを打って腹這いになり、床に手をついて起き上がった。


「そんなにいっぺんに聞くな。ここは荷馬車の中。俺はお前の親からお前を買った。相場より高く買ってやったんだから感謝しろよ」


 僕を買った? 両親が夢中になっていた麻袋の中身はお金? 最後に見た両親の顔は、初めて見る心からの笑顔だった。僕じゃなくて、お金を見ていた。


「今は首都に向かう途中だ。奴隷のオークション会場で、お前を高値で売る。烙印は奴隷の証だな。オークションに登録する番号を焼き付けた」

「奴隷? 僕なんて売れません。重たいものなんて持てないし、字だってわかりません」


 働き手が欲しいなら、体力のある頭のいい大人を選ぶはずだ。小さくて細くて頭の悪い子供なんて、買っても邪魔になるだけだ。


「その目がいい。透き通るような薄緑色の瞳は、観賞用にピッタリだ」

「……僕は目を取られちゃうってことですか?」

「ツラも悪くないから、目だけを取られることはないんじゃないか? 成長すれば愛玩奴隷としても使えるしな。酷い目に遭いたくなければ、愛想良くしてろ。その方が高く売れるし、俺も儲かる」


 男の人は下品な笑い声をあげる。

 僕はお腹いっぱい食べられなくても、お金なんてなくても、お父さんとお母さんがいれば幸せだったのに。二人は違ったんだ。僕よりもお金を選んだ。


 目を擦るのを止めたのだって、僕のためじゃなくて、目の色を見せるためだったんだ。

 嗚咽を漏らしながら涙を流した。


「今のうちに枯れるほど泣いておけ。まだしばらくかかるから。首都に着く前日からは、絶対に涙は流すな。腫れぼったいツラじゃ、値が下がる」

 




 休憩を挟みながら進み、三日ほど経った。

 荷馬車を引く馬が暴れたようで、大きく揺れた。僕は転がって身体を打ちつける。


「どうした? なにがあった?」


 男の人が外に向かって声をかける。


「盗賊です。絶対に出てこないでください」


 周りが騒がしくなった。

 荷馬車の外では怒号が飛び交い、金属がぶつかる音が響く。うめき声や悲鳴も響いていた。

 怖い。


 耳を塞いでしまいたいのに、手を縛られていてできない。震える身体を丸めて、キツく瞼を閉じた。

 音がやみ、ほろが捲られる。身体をビクッと跳ねさせ、勢いよく顔を上げた。


 男の人が小さな悲鳴をあげて「命だけは」と頭を床に擦り付ける。盗賊なんだ。護衛の人はやられたんだ。

 盗賊の持つ剣は、ドス黒い液体が滴っていた。それを振り上げると、月明かりに照らされて鈍く光る。


「ガキとおっさんかよ。護衛なんて雇っているから、金目のものがあると思ったのに」


 盗賊の手首が動き、剣が振り下ろされると思って瞼を閉じた。

 僕は生きるのを諦めた。死ぬのは怖いけど、生きていても怖いことばかりだ。


 うめき声とドサリと身体が地に沈む音を聞いた。僕じゃなくて先に男の人がやられたのか。それなら次は僕の番だ。


「大丈夫か?」


 心配をはらんだ声に瞼をそっと開く。

 目の前にいたのは盗賊ではなく、月に照らされて銀色の髪が煌めき、見たこともないほど綺麗な中世的なお兄さんが立っていた。低い位置でまとめられた長い髪がたゆたう。

 外見では分かりにくいけど、声でお兄さんだとわかった。


「大丈夫か?」


 もう一度聞かれて頷いた。


「近くの街まで行って、憲兵を呼んできてくれ」


 お兄さんが大きな鳥に紙を向ける。クチバシで挟んで、羽音を響かせ飛んでいった。


「一応聞く。一緒にいるのは親か?」


 お兄さんは僕を拘束しているロープを切ってくれた。


「違います」

「そうか。家まで送ろう」


 家? 僕に帰る家なんてない。

 黙っていると男の人が口を開いた。


「そいつは俺が買った。勝手に商品を持って行くな。そいつが欲しいなら金を置いていけ」


 僕は商品……。俯いてうなじを隠すように、震える手で覆った。


「この子は商品ではない。人間だ。人身売買は禁じられている。すぐに憲兵がくるから、金よりも自分の身を心配したらどうだ」


 お兄さんが僕の裸足の両足を布で覆う。


「こんなものしかなくてすまない」


 手を引いて僕を荷馬車から下ろしてくれた。布で包まれているから痛くない。

 すぐに温かな手に耳を塞がれる。男の人が声を荒げているようだけど、何を言っているかは分からなかった。


 しばらくして大きな鳥が帰ってきた。少し待つと、馬に乗った人が駆けてくる。

 僕以外の人は全員連れて行かれた。誰もいなくなると、耳から手が離れていった。


「あの、どうして耳を塞いだんですか?」

「子供に聞かせるような内容ではない」


 お兄さんは眉間に皺を刻んで、不機嫌そうに吐き捨てた。


「君は自由だ。家に帰らなくていいのか?」

「……帰っても、また売られると思います」


 お金を手に入れたら、お母さんもお父さんも、僕のことなんて見えなくなったみたいだった。


「私とくるか?」


 お兄さんは僕のことを助けてくれた。怖い人じゃない? 

 夜に街の外で一人でいても、魔物の餌になるだけだ。


「お兄さんと一緒にいきます」


 お兄さんは僕を鳥の背中に乗せる。お兄さんも飛び乗った。

 目も開けていられないほどの速さで飛んでいく。鳥は大鷲で名前はフリューゲルと教えてくれた。人が乗れるほど大きな大鷲がいるなんて初めて知って驚いた。





 近くの街に降りる。大きな建物がいっぱいで、口を半開きにして見上げた。


「宿の前に服と靴を買いに行く」


 お買い物がしたくてこの街に来たんだ。僕ははぐれないように小走りでついて行く。お兄さんは振り返ると、歩くのが遅くなった。

 僕に合わせてくれたのかな?

 お兄さんがお店に入り、僕もその後に続く。入ったのは子供服のお店だった。


「好きな服を選べ」

「え? 服って、お兄さんの買い物じゃないんですか?」

「私はいい。君の服と靴を買う」


 好きなものを選べって言われても、いっぱいありすぎるし、こんな綺麗な布に袖なんて通せない。オロオロしていると、お兄さんがしゃがんで僕と目線を合わせる。


「コレなんか似合いそうだが、どうだ?」

「えっと、それにします」

「次に買う時は、自分で選べるようになれよ」


 お兄さんは困ったように笑って、服と靴を買ってくれた。そのまま着てお店を出る。

 こんな格好したことがないから不安でしょうがない。


「宿に行って食事にしよう」


 宿屋のレストランに入って、お兄さんと向かい合って座る。メニュー表を見せられるけど、僕は字が読めない。


「遠慮せずに、食べたいものを選べ」

「ごめんなさい。字が読めません」

「どれだ? 難しい字があったか?」

「……全部読めません」


 学校もなく、教えてくれる人もいなかった。字を読むことも書くこともなくて、話せれば困ることがなかった。


「そうか。好きな食べ物はなんだ?」

「好きな食べ物?」


 真剣に考えてみたけど、分からなかった。


「普段は何を食べていたんだ?」

「野菜とか葉っぱとか煮込んだものですね」


 お兄さんは片手を上げて店員さんを呼んだ。


「パン粥を作ってもらえますか?」


 店員さんは返事をすると、キッチンに伝えに行く。


「君の名前と歳を聞いてもいいか?」

「リオ、七歳です」

「リオは食事が足りていないのではないか? 歳の割に身体が小さくて細い」

「お腹いっぱいになったのは、一度しかありません」


 僕が売られる前日の食事は、残すほど多かった。


「これからはたくさん食べて、大きくなろう」


 目の前にお皿を置かれる。コレがパン粥? 湯気が立ち上って熱そうだ。ふーふーと息を吹きかけ、恐る恐る口に運ぶ。


「美味しい!」


 目を見開いて飲み込む。


「パンをミルクで煮込んでくれたみたいだな。ゆっくり食べろ」


 時間をかけて全部を食べ切った。

 お部屋に着くと温かいお湯で身体を綺麗にした。

 お兄さんは長い髪を乾かすのが大変そうだ。


「リオ」


 名前を呼ばれて紙を渡される。

 なんて書いてあるかわからない。


「読めません」

「リオ、君の名前だ。これから少しずつ覚えればいい」

「お兄さんの名前はどうやって書くんですか?」


 お兄さんは僕の手から紙を取ると、僕の名前の下に文字を書く。


「私の名前はルーカス」


 ペンを借りて、ルーカスさんが書いた隣に真似をして書いた。


「僕の名前とルーカスさんの名前」

「ああ、きちんと書けている。だが、ペンの持ち方が違う」


 ルーカスさんが持ち方を教えてくれるけど、手がプルプルしてしまう。握った方が書きやすい。


「これもそのうち慣れる。今日はゆっくり休め。少し街まで遠いから、明日も別の街に泊まって、その次の日に私の暮らす街に着く」

「ルーカスさんが住む街はどんなところですか?」

「すごく賑やかだな。たくさんの家族もいる」


 たくさんの家族か。僕はひとりぼっちになったけど、ルーカスさんの家族は温かい人たちなんだろうな。ルーカスさんが家族の話をした時、表情が優しくなったから。


「素敵な人たちなんですね」

「ああ。私は捨て子だから、血は繋がらないがな。私はギルドに所属している。ギルドのみんなが家族だ」


 ルーカスさんの住む街、楽しみだな。

 瞼が重くなってきた。


「リオ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 きちんと寝る前の挨拶ができたかわからない。言いながら夢の中に落ちたような気がした。





 フリューゲルに乗って、二日間空の旅を楽しんだ。

 ルーカスさんの住む街は、人が多くて活気に満ちている。


 街の東にある、古くて大きな建物が、ルーカスさんの所属する『ボンド』のギルドハウス。中に入ると、大勢の人がルーカスさんの帰りを待っていた。「おかえり」と声をかけられ、ルーカスさんは僕を紹介してくれる。


 僕のことも歓迎してくれて、食堂で美味しいスープとパン粥を食べさせてくれた。

 ボンドのみんなは、楽しくて温かい人たちだった。


 お腹いっぱいになって、ルーカスさんとギルドハウスを出る。

 雲ひとつない青空が広がっていて、眩しいほどの日差しに目を細める。


「リオを育ててくれる家を探そうか」


 ……そうか。ルーカスさんといられるわけじゃないんだ。


「それとも、私の家にくるか?」


 視線を落としていたら、そんな声が聞こえて、すぐに顔を上げた。

 ルーカスさんの銀の髪は、キラキラと輝いている。お日様より、眩しくて暖かい光だ。


「迷惑じゃなければ、ルーカスさんの家がいいです」

「迷惑なら誘っていない。これからよろしく、リオ」

「はい! よろしくお願いします、ルーカスさん」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ