思い入れの一品
申し訳ございません。
この話は本日0時に更新するつもりだったのですが、ミスで予約の時間が抜けていたので本日だけ6時更新とさせていただきます。
今日はこの後昼の12時、そして明日の0時に更新しますのでどうぞよろしくお願いいたします。
ご飯を食べると決めたメルの行動は早かった。
コンシェルジュも担っている客車担当の乗務員に欲しいものを依頼すると、すぐさま人がやって来て依頼したものが次々と運び込まれる。
運び込まれたものは料理するための道具や食材、そして、メルたちが食堂車で食べたワイルドブルのステーキを焼いた時に使っていた魔法の力で火を熾す魔導コンロだった。
室内で火を使う場合は換気を忘れずに、という乗務員の言葉に従って大きな窓を開けたメルは、荷物の中からピンク色の可愛らしいエプロンを身に付ける。
「さて、それじゃあサクッと作っちゃいますか」
「あ、あの、メルさん。私、夕食まで我慢できますから……」
「いいからいいから、ボクたちも動いてお腹空いたから、そのついでだと思って」
「……うん、もうお腹ペコペコ」
つい先ほど分厚いステーキを食べたはずなのに、ルーは腹を擦りながら肩を落とす。
だが、すぐに顔を上げたルーは、恐縮しているノインに向かって親指を立ててみせる。
「大丈夫。メルの料理はとてもおいしい」
「ハハハ、ありがとう。ルー姉」
笑みを零してカバンから愛用の包丁を取り出したメルは、コンロと一緒に用意してもらったテーブルにニンジン、タマネギ、ピーマンを取り出して細かく刻んでいく。
「そういやノインちゃん、食べられないものとか嫌いなものはある?」
「い、いえ、特にはないですけど……」
「そう、なら良かった」
野菜を全てみじん切りにしたメルは、続けて鶏肉をひと口大にカットしていく。
「さて、下ごしらえはこれでおしまい」
全ての材料を細かく切ったメルは、自分の荷物の中から丸い大きな鉄製の鍋を取り出して魔導コンロの上に置く。
「わぁ、大きな鍋ですね」
「凄いでしょ。これは中華鍋っていう、向こうの世界のとっても便利な鍋なの」
「向こうの世界って……さっきも同じようなことを言ってましたよね?」
「うん、そうだね。私……というより私のパパがね、この世界の人じゃないの」
切った材料を、油を敷いた鍋で炒めながらメルは自分の生い立ちを話す。
「ママが魔法で異世界に渡った時に力の使い過ぎで倒れちゃって、その時にパパと偶然出会ったんだって」
腹が減って倒れたメルの母親に対し、彼女の父親は自分が食べる予定だった料理を快く差し出し、空腹を満たしてくれたという。
「その時出された料理に一目惚れしたママは、パパにこっちの世界に来てもらって、それから色々あって結婚してボクが生まれたんだ」
「こっちの世界に来てもらったって……そんな簡単に異世界から来てもらえるのですか?」
異世界へと渡るということは、自分の生活を全て捨てて新天地へと渡ることである。
世界の何処かに異世界からの流れ者がいることをノインは聞いたことはあったが、その決断を下すことは容易ではないと思っていた。
……だが、
「実はパパ、全然悩まなかったそうだよ」
メルからの飛び出した言葉は、ノインの予想を超えていた。
「ほ、本当ですか?」
「うん、パパって料理は上手だけど経営は下手だったみたいで、お店が潰れちゃって何処かに旅したいと思ってた時にママと出会ったんだって。料理人になる前にも世界中を旅したことがあったから、知らない世界に行くことに抵抗はなかったみたい」
「話を聞くだけでも凄い行動力ですね」
「うん、ボクが旅に出たいと言った時も快く了承してくれたし、一等客車のチケットもいい経験になるからって買ってくれたんだ」
「はえぇ……」
一等客車のチケットが、それだけで一年は遊んで暮らせるほど高価だと知っているノインは驚きを隠せなかった。
「メルさんのパパって、もしかして何処かの王宮で宮廷料理人とかやってるんですか?」
「ううん、違うよ。パパは自分の世界で、ママと一緒に色んな国の料理を出すお店をやってる、あっちの世界ではごく普通の家庭だよ」
「ええっ!? 異世界からやって来て、また帰ったのですか?」
そんなことあり得るの? と驚くノインに、メルはあっさりと頷いてみせる。
「うん、ママはこっちの世界とパパの世界を自由に行き来できるからね。今回も私とルー姉を送ってくれた後、パパのいる世界に帰っていったんだ」
「そ、それってメルさんのママって、とっても凄い魔法使いなんじゃ……」
「うん、自慢のママだよ」
両親の話をできることが嬉しいのか、料理する手は止めなくとも、メルの顔は緩みっぱなしだった。
「というわけでボクも、それなりにパパの世界で暮らしていたんだ」
だから異世界の知識はそれなりにあると伝えながら、メルは鍋に厨房から貰ったライスを入れ、塩コショウで味付けしてさらに炒めていく。
ご飯がパラパラになるように炒め、全体に火が通ったところで、メルは味付けの肝となる赤いソースが入ったチューブ容器を取り出す。
蓋を開けて勢いよくソースの中身をあけると、パラパラのご飯が赤く彩られていく。
続けて四角形のプラスチックの容器を取り出したメルは、中に入った黄色い粘性のあるソースを匙で少しだけ掬って鍋へと入れる。
「メ、メルさん……その赤いのと、黄色いのは?」
初めて見るであろうソースに、ノインはおそるおそるといった様子でメルに尋ねる。
「これって、もしかして異世界のソースですか?」
「そうだよ。この赤いのはケチャップっていうトマトのソースで、こっちの黄色いのは味噌っていう豆を発酵させて作るパパの故郷の伝統的な調味料だよ」
「なるほど……でも、そんな少しでいいんですか?」
「うん、この隠し味がミソなんだよ」
笑いながらダジャレを言ったメルは、チキンライスを皿により分け、続けて丸いフライパンを取り出して卵に塩コショウ、バターを溶かして混ぜたもので薄い卵焼きを作る。
「ここから見せ場だから……よっと」
メルはフライパンを傾け、箸を使って巧みに薄く焼いた卵をまとめてラグビーボールのような形のオムレツを作ると、盛り付けたチキンライスの上にふんわりと乗せる。
包丁で卵の頭頂部を切ると、半熟に焼かれた卵がチキンライスに毛布をかけるかのように覆いかぶさる。
仕上げにトマトケチャップを、卵の上にたっぷりとかけると、料理の完成である。
「じゃーん! パパ直伝、特製オムライスの完成だよ」
額の汗を拭ったメルは、満面の笑みでノインに皿を差し出した。