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お呼び出しが来た

 お昼時、いつものようにマーサが作るランチ目当てに、宿屋には多くの客が詰め掛けていた。


「メル、入り口横のテーブルにビールとボッカだ。ちゃっちゃと持っていきな」

「はい、マーサお婆様」


 成体となったフェーを王城へと戻して三日、今日もメイド服を着てバイトに励んでいるメルは、マーサから渡された料理を手に軽やかな足取りで客の下へと注文品を届ける。


「お待たせしました。おいしいおいしいボッカとビールですよ……って、あれ?」


 メルは配膳先のテーブルにいる客を見て、目を大きく見開く。


「ファ、ファルケさん」

「邪魔してるよ。それがあたしの注文品かい?」

「はい、ど、どうぞ……」


 メルが料理を差し出すと、ファルケは舌なめずりをして手掴みでボッカを頬張る。


「ハフッ、ハフッ、このボッカめっちゃうまいな」

「ですよね? 何と言ってもマーサお婆様のボッカは……」

「ああ、そういうの間に合ってるから」


 メルがうんちくを語るより早く、ファルケは蠅を追い払うようにきっぱりと断る。


「それよりどうしてあたしがここに来たのか、知りたくないのか?」

「えっ、何かあったのですか?」

「ああ、あったよ」


 ビールを煽るように飲んだファルケは、口の周りに付いた泡を手で乱暴に拭いながらメルを指差す。


「メル、そしてその騎士ルー、二人を今回のフエゴ様を巡る件で教会から召喚命令が下った」

「それって……」

「逃げるなよ? といっても、この後無理矢理に連れていくつもりだがな」


 そう言ってニヤリと笑ったファルケは、二つめのボッカへと手を伸ばしていった。




 お腹いっぱいになるまでランチを楽しんだファルケに連れられて、メルとルーは山の上にある教会にまでやって来た。


 手入れされた花壇の奥にある教会は、傾斜のある濃い青色の屋根に壁に施された精緻な彫刻、屋根上にはこの世界の守り神である女神、リブラを象った彫像が天秤を掲げた姿勢で立っていた。


 城と比べると、こぢんまりとした印象はあるが、それでも並の村や街にある教会よりは遥かに立派な建物へ、メルたちはファルケに促されて中へと入って行く。


「あたしの案内はここまでだ」


 扉を開けたところで、扉を支えていたファルケがメルに向かって笑いかける。


「お望みの司祭様が中でお待ちだ。粗相だけはしてくれるなよ」

「大丈夫ですよ。ファルケさんじゃないんですから」

「ハハハ、言ってくれるじゃないか」


 メルの皮肉にも、ファルケは豪快に笑うだけで堪えた様子は見せない。


「心配するな。あれからルーにやられた以上の折檻を受けたから、間違っても余計なことはしないぜ」

「……そうですか。それじゃあ今後は監視もなしでお願いしますよ」

「わかってるって」


 背中をバンバン叩いて笑うファルケを恨めしそうに眺めながら、メルは教会の中へと入って行く。



 ファルケが持つ野蛮な雰囲気とは対照的に、教会の中は厳かな雰囲気に包まれていた。


 左右に重厚な木製の長椅子がズラリと並び、最奥には天井まで続く巨大なステンドグラスに照らされた祭壇があった。


「……ゴクッ」


 初めて訪れる巡礼地の教会に、メルは自分が思ったより緊張をしていることに気付き、思わず息を飲む。


 すると、


「メル、大丈夫だよ」


 隣に並んだルーが手を伸ばしてメルの手を取る。


「どんな立派な場所だって造ったのは人、中にいるのもメルと同じただの人だよ。だから、恐れることなんて何もないよ」

「フフッ、そうだね」


 身も蓋もないルーの物言いに、メルは笑みを零す。

 他でもない、竜人族(りゅうじんぞく)のルーの言葉だからこそ、その言葉はメルに響いた。


「…………うん」


 頷いたメルは一度大きく深呼吸をすると、繋がれた手に力を籠めてルーに笑いかける。


「もう大丈夫。ルー姉、行こう」

「うん、一緒にね」


 二人は顔を見合わせて頷き合うと、手を繋いだまま奥へと進む。


 バージンロードを歩くように、ゆっくりとした足取りで祭壇の前へと進み出た二人は、並んで司祭が来るのを待つ。


 程なくして、


「お待たせして悪いわね」


 奥の扉が開き、涼やかな声と共に人影が現れる。


 全身を覆う白と赤の最高司祭の法衣を見に纏った小柄な人影は、メルたちを見てニコリと笑う。


「最初に会った時より、いい顔になりましたね」

「ネージュ様」


 既知の人物の登場に、メルも思わず相好を崩す。


「ご無沙汰しております。ということはやはりネージュ様が?」

「ええ、私がこの教会の主です……といっても、既に知っていた様子ね?」

「はい、何となくでしたが」


 ネージュの問いかけに、メルは恐縮しながら頷く。


 確信があったわけではない。


 だが、初めて出会った時の雰囲気、メルの魔法を難なく看破した知識、そしてネージュを守る騎士ファルケの存在と城前の宿舎兼詰め所に入って行ったことが、彼女がただものではないことを示していた。


「でも、私のことがわかっていたのなら、どうして呼ばれたのか、今さら説明するまでもないわよね?」

「はい……先日の城に入った件ですね」

「ええ、話が早くて助かるわ」


 ネージュは佇まいを正すと、真剣な表情になる。


「それでは巡礼の魔法使いメル、そしてその騎士ルー、お二人に今回の件の裁定を下します」

「はい」

「…………」


 その言葉にメルは緊張した面持ちで、ルーは我関せずといった様子でネージュの次の言葉を待った。

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