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人生の味

「これが……」

「フエゴ様のしずく……」


 差し出された料理を前に、ノインとルーは揃って何とも言えない表情になる。


「な、何だか個性的な見た目をしてますね」

「っていうかこれって……スライム?」

「ル、ルーさん! 敢えて言わなかったのにどうして……」


 メルが苦心して作ったフエゴ様のしずくであったが、ルーたちの第一印象はよくないようだった。


 ルーはフライパンの上でプルプルと揺れ続ける濃いオレンジ色の塊を指差しながら、おそるおそるメルに尋ねる。


「メル、これ本当に食べられるの?」

「食べられるよ。ルー姉たちは過程を見ていないから不安に思うかもしれないけど、最後は本当に凄かったんだからね」

「そうなの?」

「うん、ずっとかき混ぜていたら卵液の中に小さな塊ができて、そこから先は綿菓子みたいに、塊がみるみるまとまって綺麗な丸になったんだ」


 メルは手振りでフエゴ様のしずくが出来上がる様子を興奮したように話しながら、同時にその理屈を考察するのも忘れない。


「多分、卵に入っているたんぱく質の効果だと思うんだけど……どうしよう、全くわからない」


 お手上げ状態のメルであったが、言葉とは裏腹に笑顔が零れていた。


 これまで培ってきた知識が全く通じない、未知の料理との出会いこそがメルの異世界への求めていたものであり、それが叶ったことが何よりも嬉しかったのだ。


「理屈はおいおい調べるとして、やっぱ気になるのは味だよね」


 そう言ってルーたちへと目を向けるが、彼女たちの表情は渋い。


 調理の過程からオムレツの様なものが出来上がると思っていたのに、それがまさかの巨大スライムに似た何かだったので、食欲が湧かないのだった。



「……もう、いいよ。ボクは気にせず食べちゃうから」


 煮え切らない態度を取る二人を差し置いて、メルは火を消したカセットコンロの上にフライパンを置くと、スプーンを取り出して切り分けていく。


「おおっ、見た目通りゼリーみたいな手応え、それじゃあフェーちゃん、いただきます」


 卵を産んでくれたフェーに感謝の言葉を述べながら、メルは大口を開けてフエゴ様のしずくを頬張る。


「――っ!?」


 フエゴ様のしずくを食べたメルは、大きく目を見開いてピタリと動きを止める。


「メル?」

「…………」


 ルーが何事かと声をかけた次の瞬間、メルの目からは涙がポロポロと零れだす。


「メ、メル!?」

「ど、どうしたのですか? まさか、泣くほどおいしくないとか?」


 予想もしなかったリアクションをみせるメルに、ルーたちが心配そうに詰め寄る。


 だが、


「……ううん、違うの。心配かけてごめんね」


 メルは流れてきた涙を拭うと、ニッコリと笑う。


「最初に言っておくと、フェーちゃんが産んでくれた卵、もの凄くおいしいよ」

「本当ですか?」


 不思議そうに尋ねるノインに、メルはこっくりと大きく頷く。


「本当だよ。味付けは砂糖と塩だけなのに、黄身自体がとっても濃くて、びっくりするくらい味わい深くて……これがフェーちゃんの歩んで来た人生の味だと思ったら、感動して泣いちゃったんだ」

「なる……ほど?」


 メルが言いたいことを深く理解できなかったノインは、彼女の言葉を信じてフライパンへと手を伸ばして濃いオレンジ色の塊をスプーンで掬って食べてみる。


「あっ……」


 その瞬間、ノインの脳裏に卵から(かえ)ったばかりのフェーが自分と目が合った時の映像がフラッシュバックする。



 人間がフエゴの親となったことで多くの人から早く諦めろ、見捨てろと言われ続けたが、ノインは頑なに拒み続け、フェーと名付けた我が子にできることはないかと模索し続けて来た。


 決して順風満帆な毎日ではなかった。


 同世代の友達が楽しく遊ぶ中、自分だけフェーの面倒をみなければいけないことに苛立ち、意思疎通が取れないフェーに当たることもあった。


 それでもフェーの母親を辞めなかったのは、必死に自分の後に付いてこようとする幼い鳥を見る度に胸がキュン、と締め付けられるような気持ちになるし、この子には自分しかいないと思ったからだ。


 考えを改めたノインは、フェーの母親となるべく、父親の手も借りて全力を尽くした。


 先人たちのノウハウを踏襲しつつも、フェーが何を望んでいるかを必死に考え、この子にできることは何でもしてあげようと思った。


 そして今日、数え切れないほどの困難を乗り越え、フェーは立派な成体となって王へと献上する金の卵を無事に産んでくれた。


「フェーちゃん……」


 我が子の名を呼びながら、ノインは再びフエゴ様のしずくを口にする。


 メルが作ってくれたフエゴ様のしずくは、塩気よりも砂糖の甘味の方が勝っているが、それよりも黄身そのものの味が強かった。

 低温で調理したため卵特有の香ばしさはないが、黄身の味わいは一言でいえばコク深く、甘味、酸味、塩味、苦味といった様々な味覚の後に、とんでもないうま味が舌を刺激する。


 それは今まで食べたどんな卵よりも間違いなくおいしく、メルの言葉通りフェーの人生の味がした。


 聖王都に着いてから、色々な人から罵詈雑言を浴びたフェーが、こんな味わい豊かな卵を産んだかと思うと……、


「ノインちゃん、泣いてるよ」

「あっ……」


 メルから指摘されて。ノインもいつの間にか泣いていたことに気付く。


「これはそうですね。思わず泣いちゃうほどおいしいですね」


 ノインは涙を拭いながら、白い歯を見せて笑う。


「一言でいうと、最高です」

「でしょ?」


 メルとノインは笑い合うと、まだたっぷり残っているフエゴ様のしずくへと手を伸ばしていった。




 それからルーとフェーも加えて豪勢な朝食を食べ終えたメルたちは、聖王都エーリアスへと戻った。


 当初、グリーンドラゴンの姿をしたルーが王城へと着陸するのを見て、エーリアス国内は大混乱に陥りそうになった。


 だが、少し遅れてやって来たフェーの姿を見て、普段は出て行く姿を見送るだけのフエゴが舞い戻ったと、人々は直前の恐怖など忘れて上空で旋回する赤い鳥に見惚れた。


 気付けばグリーンドラゴンの姿もなくなっており、王城から何も問題はないと発表されると、人々は城に舞い降りたフエゴの話題で持ちきりになった。



 ついでにもう一つ、王城に全部で六つあるはずの尖塔の一つがなくなっていることに気付いた者も少なからずいたが、悲しいかなそのことが話題になることはなかった。

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