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豪華な客車へようこそ

 油の染み込んだツナギを着た機関士の男性が、忙しなく走りながら大声を上げる。


「魔導機関車は間もなく出発します。お乗り忘れのないように気を付けて下さい!」


 機関士の言葉に、現場検証のために外に出され、思い思いに休んでいた乗客たちが重い腰を上げて魔導機関車の中へと戻っていく。


「さて、ノインちゃん。ボクたちも行こうか?」

「は、はい」


 ノインは荷物と鳥かごを手に立ち上がると、見送りのために待ってもらっている父親へと声をかける。


「それじゃあ、パパ……私行ってくるね」

「ああ、頼んだぞ。メルさんにルーさんも……どうか娘のことをお願いします」

「お任せください。ノインちゃんをしっかりエーリアスまでお届けしますから」

「問題ない」


 メルとルーが揃って頷くと、ノインの父親は再び深く頭を下げて彼女たちに娘を託し、警備隊に病院へと連れられていった。




 ノインの父親が見えなくなるまで見送った後、メルは名残惜しそうに固まっている小さな少女の肩に手を置いて笑いかける。


「それじゃあノインちゃん、ボクたちも行こうか」

「はい、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げたノインは、自分の手荷物を手に魔導機関車に乗るため、鉄製のタラップへと手をかけようとする。


 すると、


「ノインちゃん、そっちじゃないよ」


 先程まで自分が乗っていた客車に戻ろうとするノインに、メルが前方を指差しながら話す。


「ボクたち、あっちの客車だからノインちゃんも一緒においで」

「で、ですが、私のチケットじゃ……」

「だいじょーぶ、ボクたちのところ、ゲストを招くことも許可されてるから」

「えっ、ええっ!?」


 困惑するノインの手から荷物を取り、さらに彼女の手を取ったメルは「いいから、いいから」と言って弾むような足取りで歩き出す。


 黄色く塗られた四つある三等客車を越え、次に見えてくるのは赤い色をした二等客車だ。


 三等より豪華だという二等客車に乗るのかと、何度も中の様子を伺うように見やるノインであったが、メルの足は止まらずさらに前へと進む。


 乗客たちが食事する食堂車を通り過ぎ、同じく四つある二等客車を超えると、見えてくるのは真っ白で他の客車に比べて一際大きな一等客車だった。


「ま、まさか……」


 そんなはずはないと及び腰になるノインの期待を裏切るように、メルは一等客車の乗降口へと向かって入口に立つ青い上等な制服を着た女性の乗務員にチケットを見せる。


「ご苦労様、それでこっちの子も一緒に乗るけどいいよね?」

「はい、そちらはお客様の……」

「うん、大事なお客さんだよ」


 メルの一言で全て納得したのか、乗務員はメルたちに恭しく頭を下げて道を譲ると、客車に登るための踏み台を用意してくれる。


 駅でない場所に留まった場合、他の等級ではタラップを使って客車へと上がるのだが、一等客車だけは扱いが違うようだった。


 トントン、とリズムよく客車へと上がったメルは、驚きで固まっているノインへ手を伸ばす。


「さあ、ノインちゃん。遠慮せず中に入って入って」

「は、はひっ!? お邪魔します」


 まさか最高等級の客車に招かれるとは想定していなかったノインは、緊張でカチコチに固まった足取りで中へ乗り込んでいった。



 一等客車は、右端に狭い通路と扉が一つあるだけのとても簡素な造りをしていた。


 その理由は簡単で、客室を最大限に大きくするために余計なものは全て端へと追いやられているのだ。


 端に追いやられても客車の廊下は十分に立派で、床には赤い絨毯が敷かれ、設えられた窓には金色の細かな装飾が施された一目で高価なものとわかった。


「あ~、疲れた疲れた」


 美しい装飾ガラスが取り付けられた木製のドアを勢いよく開けたメルは、きょろきょろと忙しなく視線を彷徨わせているノインを中へと誘う。


「さあ、どうぞ。エーリアスまでここでゆっくりしていってね」

「はわわっ……」


 一等客車へと足を踏み入れたノインは、目の前に広がる光景に目を白黒させる。


 白を基調とした室内には、中央に大きな革張りのソファが二つと背の低い重厚なデスクがあり、普段はここでくつろぐようになっている。


 景色が一望できる巨大な窓際にも景色を見るためのソファが並べられ、最奥にはダブルベッドとシングルベッドが一つずつ並べてあった。


 通路側にはガラス戸の棚が置かれ、中にはグラスといかにも高級そうな様々な形のボトルが並んでおり、棚に入った酒やジュースはどれも好きに飲んでいいとのことだった。


「す、凄い……ホテルみたい」

「みたい、じゃなくてホテルなんだって」


 四季折々の花の模様が描かれた絨毯を大股で歩いて部屋の奥まで進んだメルは、別室へと続くドアを開けてノインを手招きする。


 まだ何かあるのかと、ノインはドキドキしながらメルの下へとパタパタと駆け寄ってドアの先を見る。

 手を広げれば簡単に端が届いてしまうほどの狭い室内には、白いバスタブが一つと外を望める大きな窓があった。


「これって……もしかしてお風呂ですか?」

「そう、外を見ながらお風呂に入れるなんて凄いよね。後で一緒に入ろう」

「えっ? でも、こんな外から丸見えのお風呂なんて……」


 確かに大きな窓から見える景色は素晴らしいかもしれないが、こちらから外が見えるということは向こう側からこちらが見えるということで、人に肌を見られることに抵抗があるノインとしては遠慮したいと思った。


 思わず恥ずかしさで自分を抱く仕草をするノインを見て、メルはコロコロと笑いながらバスタブの中に入って窓を叩く。


「アハハ、大丈夫だよ。この窓……というより一等客車の窓は特別なんだ」

「特別?」

「そう、中から外は見えるのに、外からは中が見えないように魔法でコーティングされているの」

「ほ、本当ですか?」

「本当だよ。よかったら次の停車駅で外から見てみるといいよ。外から見ると、ただの壁に見えるから」

「わ、わかりました」


 メルのことを信用していないわけではないが、乙女としてはそう簡単に肌を晒すわけにはいかないと思っているノインは、後で絶対に外から窓を確認しようと固く心に誓った。



「さて、一通り部屋の案内は終わったわけだけど……」


 羽織っていた白いローブを脱いで、チュニックにショートパンツという軽装になったメルは、荷物を整理しているノインを見やる。


 最初こそ驚いて借りてきた猫のようにおとなしかったノインであったが、少しは慣れたのか、今は大きな鳥かごを取り出して黄色くて丸い鳥、フェーの面倒を見ていた。


「メル……」


 ノインの様子を見守るメルに、ルーが音もなく近付いて耳元で囁く。


「今さら言うまでもないかもだけど……」

「うん、わかってる」


 メルは小さく頷くと、荷物を整理しているノインを注意深く見る。

 すると、突如として「く~ぅ」という可愛らしい音が響く。


「あっ、す、すみません……」


 音の発生源であるノインが顔を赤くさせて自分のお腹を押さえる。


「フフッ」


 恥ずかしさで縮こまるノインに、メルは彼女に近付いて笑いかける。


「メルちゃん、ご飯食べよっか?」

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