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待ってる間にもう一品

 ――三十分後、しっかりと寝かせた卵液はオレンジ色がより濃くなっていた。


「うん、そろそろいいかな」


 たんぱく質がゆるんで卵白と黄身がよりしっかり混ざったのを確認したメルは、カセットコンロを取り出して大きなフライパンを温めていく。


「メルさん……」


 フェーの羽毛の中からノインが顔を出すと、青い火を生み出している道具を不思議そうに指差す。


「それは何ですか? それに青い……火、なんですか?」

「そうだよ。これはカセットコンロと言って、パパの世界から持って来た簡単に火を熾せる道具なんだ。炎が青いのは、あらかじめ空気を取り込んでガスを燃やしているから、青い炎になるんだよ」

「えっと、よくわからないんです」

「……だよね。実はボクもよくわかってないんだ」


 メルは苦笑すると、お手上げといった風に両手を上げる。


「一応ボクは、ガスを燃やす時に空気が少ないと炎は赤く、多いと青くなるんだって勝手に思ってる」

「はぁ……」


 メルでもわからないならこれ以上は考えても無駄だと思ったノインは、とりあえず最初の質問へと戻る。


「どうしてそこに焚き火があるのに、わざわざ別の火を使うのですか?」

「いい質問だね」


 てっきり焚き火で調理すると思っていたノインの質問に、メルは感心したように何度も頷きながらカセットコンロを使う理由を話す。


「確かに焚き火を使えばいいじゃんと思うけど、焚き火は火が強過ぎるし、何より同じ火力を長時間維持するのが大変だから、カセットコンロを使うんだ」

「それを使えば、ずっと同じ火の強さを維持できるのですか?」

「ガスがある限りね。まあ、今回は弱火しか使わないから、なくなることはないよ」


 フライパンが温まったところで中にバターを中に入れ、バターの泡立ちが落ち着いたところで卵液を入れ、木べらでゆっくりとかき混ぜていく。


「…………」

「…………」

「…………」


 メルが無言で木べらで卵液をかき混ぜる中、この場にいる全員が彼女の作業を無言で見つめる。


 カセットコンロの火を最小にして、メルは休むことなくフライパンに入った卵液をかき混ぜ続ける。


「…………」

「…………」

「…………」


 数分が経過してもメルは卵液をかき混ぜ続けるが、火が小さ過ぎる所為で中々火が通らないのか、卵液には殆ど変化は見られない。


「…………ねえ、メル」


 あまりにも変化がないことに、しびれを切らしたルーがメルに声をかける。


「さっきからずっとそれをかき混ぜ続けてるけど、それ、いつまでやるの?」

「えっ? うんとね……後、三十分くらいかな?」

「ええっ!? ちょ、ちょっと待って。ここまでかなり待ってるのに、まだそんなに待つの?」

「ああ、うん……だから最初にかなり時間がかかるって言ったでしょ」

「いやいや、そこまでなんて聞いてない」


 もう体は十分に温まったのか、ルーは勢いよく立ち上がると腕にノインを抱いたままメルに提案をする。


「そこまで時間をかけて一品だけじゃご飯足りないでしょ。だったら、私たちも何か作ってもいいよね?」

「あっ、うん……勿論いいけど、何作るの?」

「それは体の温まる何かだよ。ねえ、ノイン?」

「えっ? あっ、はい、そうですね……」


 いきなり水を向けられたノインは、笑みを零して頷く。


「わかりました。でしたら私は焚き火で調理しますので、メルさん……お鍋とバター、そして調味料を分けていただいていいですか?」

「うん、いいよ。カバンの中に入っているやつなら好きに使ってもらっていいから」

「ありがとうございます」


 ノインはメルのカバンの中を漁って鍋といくつかの調味料、そして保存食として携帯していた小さなチーズを取り出すと、ルーに話しかける。


「あの、ルーさん。いくつかアポルを取っていただいていいですか?」

「うん、任せて」


 快く頷いたルーは軽やかな身のこなしで木の上へと登ると、三つのアポルを手に木から飛び降りて戻って来る。


「はい、これでいい?」

「は、はい、やっぱりルーさんって……」


 アポルを受け取ったノインは、たっぷり溜めを作ったかと思うと、


「すっごいカッコイイですね」


 目をキラキラさせて、尊敬の眼差しでルーを見やる。


 一時はルーのことを怖がっていたノインであったが、彼女の強さと優しさを理解することができたからか、その目には怯えは一切見えない。


「私もいつかルーさんみたいな素敵な女性になりたいです」

「えへへ……そう?」

「はい、ルーさんは私の憧れです」


 デレデレになって照れるルーに笑顔で頷いたノインは、アポルの皮を剥いて黄色く輝く果実を溶かしたバターの入った鍋へと入れていく。


 木べらで時々かき混ぜながらアポルが柔らかくなるまで炒めると、そこへ砂糖、塩、シナモン、クローブ、カルダモンを加えてさらに炒めていく。


 全体にしっかり火が通ったところで、水で溶いた小麦粉を加え、とろみがつくまでしっかりとかき混ぜたところで、鍋を火からおろして最後にチーズを削って上にふりかけていく。


「できました。ウィンディア地方名物のアポルジャムのチーズがけです。そのまま食べてもいいですが、パンに塗って食べると、とってもおいしいですよ」

「なるほど、それはいいことを聞いた」


 ルーはメルの鞄からいそいそと大きな黒パンを取り出すと、鍋からスプーンでジャムを掬ってパンに塗って頬張る。


「はふっ……はふっ、はふぅ……」


 とろみのついたジャムがかなり熱かったのか、ルーは必死に口内に空気を送るが、その顔は早くも笑顔が零れていた。


 とろみによって甘さが抑えられるかと思われたが、加えられた香辛料によってアポルの甘さが際立ち、さらにそこへチーズの塩気が加わることによって、ジャムを上質な料理へと昇華していた。


「うん、甘味と塩気のバランスが絶妙で、味気ない黒パンがとてもおいしくなってる」


 おいしいだけでなく、体もしっかり温まる優しい料理に、ルーは満足したように何度も頷く。


「寒い地方の人の英知が詰まった料理、最高……」

「え、英知だなんて……でも、嬉しいです」


 大袈裟な褒め言葉に照れたように笑ったノインは、ジャムとチーズを乗っけて小さな口を開けて頬張る。


「うん、懐かしい……ほら、フェーちゃんも久しぶりでしょ?」

「ピュイピュ~イ!」


 ノインの手からアポルジャムのチーズがけのパンを食べたフェーは、嬉しそうに羽をパタパタさせると「もっと、もっと」と言うように彼女に体を擦り付ける。


「うん、でもその前にメルさんにもあげるから、ちょっと待ってね」


 迫って来るフェーを冷静に押し退けたノインは、手を綺麗に拭いてメルのために黒パンを用意する。



「……できた!」


 だが、その前にメルが大きな声を上げたかと思うと、フライパンを手に嬉しそうにクルクルと周る。


「凄い凄~い、これがフエゴ様のしずくなんだ」

「メ、メルさん?」

「こんな嬉しそうなメル、珍しい……」


 料理が成功したのがうれしかったのか、いつもよりテンション高めのメルを見て、ルーたちが呆気にとられる。


「あっ、ノインちゃん、ルー姉、見てよこれ、凄いんだよ!」


 二人の視線に気付いたメルは、嬉しそうに駆け寄って来て二人にフライパンの中身を見せる。


「じゃ~ん、これがフエゴ様のしずくだよ」


 そう言って誇らしげに掲げられたフライパンの中には、濃いオレンジ色をした表面がツルンとした丸い塊が、プルプルと柔らかそうに震えていた。

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