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ママを盗らないで!

 キャンプ地へと戻ったメルは、調理道具をテキパキと取り出しながら『フエゴ様のしずく』を作る準備をしていく。


「それじゃあ、早速中身を見させてもらおうかな」


 メルは殻を割ろうと表面をコンコンとノックしてみるが、自分の頭より大きな卵はそう簡単に割れそうにない。


「う~ん、やっぱり素手で割るのは無理だね」


 殻を割るより先に手の方が砕けそうだと思ったメルは、包丁のあごで卵の上部を強めに叩いてヒビを入れ、中に殻が入らないように注意して穴を開ける。


「おおっ、これは凄いかも……」


 中を見たメルは、喜色を浮かべて卵の中身をボウルへと開ける。


 ねっとりと粘性の高い薄い黄色に色付いた白身に続き、濃いオレンジ色をした巨大な黄身がゴロンとボウルの中へと落ち、中で踊るように跳ねる。


「やっぱり、白身も凄いけど黄身の方も凄いしっかりしている」


 チョンチョン、と指で触ったくらいでは全く崩れる様子のない黄身を見て、メルはこの中にどれだけの味と栄養が詰まっているのだろうと考え、ゴクリと喉を鳴らす。


「しかもこの卵、何もしてないのに大分温かい……」


 熱を全く加えていないのに、ぬるめのお風呂ぐらいの熱さになっているのにも驚くが、この熱さでも全く固まる様子の無いことに驚きながら、メルは以前にマーサから聞き取ったメモ帳を取り出す。



「ええっと……」


 メルは荷物から泡立て器を取り出すと、ボウルの底を擦るように、泡立てるというよりは切るイメージで卵白と黄身がしっかり混ざるようにかき混ぜていく。


 砂糖と塩で軽く下味をつけ、近くで汲んで来た湧き水を少し加えた後、きめの細かいザルを取り出して卵液を()していく。


 三度ほどザルで漉してしっかりとカラザなどの不純物を取り出したメルは、ゴミが入らないように卵液の入ったボウルにラップ代わりの布をかけて「ふぅ……」と大きく息を吐く。


「ここで約三十分置くと……」


 暫く待つしかない状況に、メルは正面に座っているルーへと話しかける。


「ルー姉、ごめんね。フエゴ様のしずくは時間がかかるから、ご飯は遅くなるよ」

「問題ない」


 体温を自分で上げることができず、朝はもっぱら弱いルーであったが、今日の彼女はいつもより元気だった。


「ごはんができるまで、ノインにしっかりと温めてもらうから」


 そう言ってルーは、自分の腕の中で恥ずかしそうに固まっているノインの首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。


「う~ん、甘くていい匂い。メルがまだお漏らししていた頃と同じ匂いがする」

「ちょっ!? やめてよ。恥ずかしい……」


 メルは自分が抱かれているわけでもないのに、顔を赤面させながらルーの腕の中のノインに話しかける。


「ノインちゃん、ルー姉からされて嫌なことがあったら、ちゃんと言わなきゃダメだよ」

「い、いえ、大丈夫です。私がルーさんにできるお礼は、これくらいしかありませんから」


 ルーの腕の中で小さくなっているノインは、観念したように赤い顔をして俯く。



 成体となったフェーを連れてキャンプ地へと戻った当初、一人だけ仲間はずれにされたと思ったルーは、子供のように不貞腐れていた。


 だが、ノインが自分の身体で温めると申し出ると、彼女と仲直りがしたいと思っていたルーは一転して機嫌を直し、幼い少女を抱き枕にして暖を取っていった。


「はふぅ……身体が温かくなっていくううぅぅ……」


 ルーはご満悦といった様子でノインを抱き締めていると、


「ピュイ、ピュイイイイイイイイイイイイイィィ!」


 大好きなママを盗られたと思ったフェーが抗議の声を上げる。


「ピュイッ! ピュイッ!」


 フェーはノインを取り戻そうと、果敢にも首を伸ばしてママを拘束しているルーの緑色の髪の毛を黄色いくちばしでついばむ。


「いたっ……いたたた……フェー、いい加減にしないと怒るよ!」

「ピュイッ!?」


 ルーから三白眼で睨まれたフェーは、ドタドタと走ってメルの背後へと隠れる。


「ピュウウウゥゥ……」

「うんうん、怖かったね」


 成体になったといってもまだまだ心は未熟なようで、メルは泣き付いてきたフェーの頭をよしよしと優しく撫でる。


「ルー姉、フェーちゃんのことを威嚇するのは大人としてよくないよ」

「メ、メル、でもこれは……」

「言い訳しない……でも、ルー姉のことをのけ者にしたのも悪かったね」


 剣呑な雰囲気になるのはよくないと思ったメルは、フェーにある提案をする。


「ねえ、フェーちゃん、よかったらノインちゃんと一緒にルー姉のことを温めない?」

「メル?」


 いきなりとんでもない提案をするメルに、ルーが驚いて目を見開く。


「フェーちゃんの身体ってボクやノインちゃんよりずっと温かいから、きっとルー姉も喜ぶよ」

「えぇ……フェーはいいよ」


 あくまで人肌で温めてもらいたいルーとしては遠慮したいところだったが、


「ピュイピュ~イ」


 身振り手振りを交えて伝えられたメルの言葉を理解したのか、フェーは嬉しそうに鳴いてルーの背後から大きな体でのしかかっていく。


「おおぅ……重い……けど温かい…………けど、やっぱり鳥臭いよおおぉ……」


 フェーの羽毛にすっぽり包まれる形になったルーの文句が聞こえてくるが、それでも温かさはかなりのものなのか、赤い鳥を押しのけるような真似はしない。



 体が十分に温まればルーは自然に動き出すと察したメルは、姿が完全に見えなくなっているノインへと声をかける。


「ノインちゃん、大丈夫?」

「あっ、はい、私は大丈夫ですからメルさんは料理に専念して下さい」

「わかった。辛かったらいつでも声をかけてね」


 ひとまずの問題は解決したと判断したメルは、卵液がしっかり馴染むまでの間、メモにまとめたフエゴ様のしずくの作り方を確認していった。

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