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大人の階段を登る時

 アポルの饅頭を食べてお腹いっぱいになったフェーが寝てしまったので、メルたちも朝までここで休むことにした。


 野生動物たちに襲われないようにしっかりと結界を張り、焚き火が消えないように薪を補充してからメルたちは寝袋で寝ていた。


 この世界において野宿で寝るための環境としてはかなり快適ではあったが、それでも現代社会で長らく生きてきたメルにとっては、熟睡するのは簡単ではなかった。



「…………ん」


 風が髪を揺らす僅かな感覚に意識が覚醒したメルは、身じろぎをしてゆっくりと目を開ける。


「……さむっ」


 しっかり確認したつもりだったのに、焚き火の炎が小さくなっているのに気付いたメルは、緩慢な動きで身を起こして薪へと手を伸ばす。


「ううっ、今後のためにも、もっとちゃんと寝れるようにならないと……」


 自分の弱点を自覚したメルは、ぐっすり眠っているルーの顔を見て嘆息すると、そのままノインたちの方へを目を向ける。


「……あれ?」


 ノインと一緒に寝ているはずのフェーの姿が見えないことに気付いたメルは、意識を一気に覚醒させて飛び起きる。


「フェーちゃん……何処にいるの?」


 元気よくアポルを食べていたが、それでも自力で立ち上がって移動できるほどの元気が戻らなかったはずのフェーがいないことに、メルは焦りを覚える。


「と、とにかくノインちゃんを起こさないと……」


 全く土地勘のないこの地で下手に動くよりも、フェーのママを頼るべきだと判断したメルは、悪いと思いつつもぐっすりと眠っているノインへと声をかけた。



「ゴメンね、気持ちよく寝ているところ起こしちゃって」

「いいえ、むしろよく起こして下さいました」


 声をかけるとあっさり起きたノインは、心配そうに後ろを振り返る。


「それよりルーさんを起こさなくてよかったのですか?」

「いいのいいの、ルー姉は起きてもすぐに動けないし……ほら」


 メルが焚き火の前で丸くなっているルーを指差すと、


「むにゃむにゃ……メル、もっと食べたいにゃあ……」


 寝言を言いながら、虚空に向かって口をパクパクと開閉させているの姉の姿が見える。


「あの状態のルー姉に近付こうものなら、起きる前に指の一本や二本、食べられちゃうよ」

「ハハハ……」


 あながち嘘に聞こえない冗談に、ノインは乾いた笑い声を上げるしかなかった。


「まあ、ルー姉を襲うような動物もいないし、万が一にも焼け死ぬこともないから、放っておいても大丈夫だよ」

「そう……ですね」


 ルーの強さと本当の姿を目の当たりにしたノインは、これ以上の異論はないと頷く。


「行きましょう。フェーちゃんはきっとこの先の森を抜けたところにいるはずですから」

「確信あるんだ」

「はい、フエゴ様は陽が登ると同時に成体になるらしいですから、きっと本能で陽が当たる場所を求めるはずです」

「なるほど……」


 ノインの冷静な分析に頷いたメルは、森の向こう側の僅かに明るくなり始めている稜線を見やる。


「だったら急ごう。もう日の出まで時間がないよ」

「ええ、急ぎましょう」


 二人の少女は手を取り合うと、フェーがいるであろう場所に向かって駆けていった。



 朝の凍えそうな冷たい空気に体を震わせ、メルたちは白い息を吐きながら必死に駆ける。


「メルさん、もう少しです」

「はぁ……はぁ……うん、頑張ろう」


 既に息も絶え絶えといったようすのメルであったが、ノインが力強く引いてくれるので、どうにかきつい傾斜を登ることができていた。


 ノインの助力のお蔭で陽が登る前にどうにか森を抜けると、一気に視界が開ける。


「はぁ……フェ、フェーちゃんは?」

「あ、あそこです。あの崖の突き出たところです」


 ノインが指差す先を見やると、剥き出しになった岩が突き出た切り立った崖の先端付近で静かに佇むオレンジ色の巨大な鳥がいた。


「「フェーちゃん!」」

「…………」


 だが、二人の少女の呼びかけにフェーは応えず、まっすぐ前だけを見据えている。


 二本の足で立つフェーの佇まいは凛としていて、可愛らしくと鳴きながらノインに甘えていた鳥と同じには見えなかった。


「そう……フェーちゃんはもう子供じゃないんだね」


 ジッと山の向こう側を見ているフェーを見て、ノインは彼の鳥が自分の手から巣立つ時が来たのだと悟る。


「ノインちゃん……」


 小さく肩を落としているノインに、メルはそっと手を伸ばして肩を抱く。


「辛かったら、我慢しなくていいんだよ」

「大丈夫です。それに、フェーちゃんの巣立ちの時をちゃんと見届けないと」


 肩に置かれたメルの手を握り返しながら、ノインは気丈に笑ってみせる。


「見て下さい。もう、日の出の時間です」


 ノインが彼方に見える稜線を指差すと、一日の始まりを告げる陽が姿を現す。


「ピピイイィィィィ!」


 陽の姿を見たフェーが一際大きな声で鳴き、立派になったオレンジ色の翼を大きく広げる。


 すると、フェーのオレンジ色の体が光り出し、まるでもう一つの陽が現れたように眩く光る。


「うっ!? 眩しい……」

「な、何も見えないです」


 あまりの光の強さにメルたちは互いを見失わないように、しっかりと抱き合って容赦なく襲い掛かる光の奔流が去るのを待つ。



 光は時間にして十数秒程度であったが、治まっても暫くメルたちの視界は戻らなかった。


「ううっ……ノインちゃん、大丈夫?」

「な、何とか……ようやく目が慣れてきました」


 何度も瞬きを繰り返してようやく視界を取り戻した二人は、先程までフェーがいた岩場へと目を向ける。


「あ、あれ?」

「フェーちゃん?」


 だが、つい先程までフェーがいた場所には既にもぬけの殻になっていた。


「ど、何処に行ったの?」

「ま、まさか、崖から落ちたの?」

「行ってみよう」


 フェーが崖から落ちてしまったと思ったメルたちは、慌てて崖の先端まで走る。

 その瞬間、メルたちの頭上を黒い影が通り過ぎる。


「ピュュュイイィィ!」

「えっ?」

「フェーちゃん?」


 涼やかな笛の音のような甲高い鳴き声が聞こえ、メルたちはハッ、と上空へと目を向ける。


「ピュイ、ピュュュュュイィィ!」


 そこには炎のように真っ赤に輝く翼を、大きく羽ばたかせて飛ぶ美しい鳥がいた。

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