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赤い恵みをめしあがれ

 それからメルたちは、魔導機関車で別れてから今日まで、お互いがどのように過ごして来たのかを話した。


 フェーのことで手一杯だったノインは、メルが話す聖王都での食べ歩きの話に相槌を打つのが主であったが、久しぶりに心から笑える楽しい時間はあっという間に過ぎていった。



 そうこうしている間に、前方に雲を貫くほど高い山々が見えてくる。


『そろそろ着くよ』


 そう言ったルーが高度を落とすと、メルたちの目に自然溢れる強大な森と、いくつもの山が連なる連峰が見えてくる。


「ここが、ウィンディア地方……」

「そうです。私とフェーちゃんの故郷です」


 月明かりに照らされた頂上が白くなっている山を見て、ノインが懐かしそうに双眸を細める。


「山と森ばかりの険しい土地ですが、私たちにとっては、かけがえのない大切な場所です」

「ピッ、ピッ」


 フェーも見知った場所に帰って来たことがわかるのか、ノインに手入れしてもらってすっかり綺麗なった羽を動かしてアピールする。


 そんなテンション高めのノインたちに思わず笑みを零しながら、メルは身を乗り出して質問する。


「ねえ、ノインちゃん。アポルが取れそうな場所って何処だか知ってる?」

「あっ、その、実は私もあまり知らなくて……」

「そうなの?」

「はい、アポルは私たちでも特別な時しか食べられないんです」


 ノインの村では、アポルは誕生日や年始のお祭りなど、特別な席でのみ用意される果物で、フエゴを育てるという少し特別な立場の彼女でも、一年に一度食べられる機会があればいい方だという。


「へぇ……じゃあアポルって、金貨三十枚の価値は十分にあるんだ」

「いえ、そこまで高くはないです。近くの村まで行けば、子供のお小遣いでも買えるくらいです」

「えっ、どういうこと?」

「お忘れですか? アポルがおいしく食べられる期限のことを」

「ああ、そういうこと」


 ノインの言葉で、メルはアポルを売っていた行商人の言葉を思い出す。


 アポルは賞味期限が非常に短く、遠方へと運ぶ場合にはジュースにして冷凍する必要があるため、その手間と専用の道具代で価格が高騰するのだという。


「アポルを売っている村は何処も高地にありますから、山の上の方を目指せばいいと思います」

「なるほど、ちなみにノインちゃんはアポルを見たことある?」

「はい、あります。こう細長くて小さい丸と大きな丸を足したような形をした赤い果物です」

「なるほど、洋梨みたいな形をしているのね」


 ざっとノインからアポルの特徴を聞いたメルは、這うようにルーの背中を移動して彼女へと問いかける。


「というわけどルー姉、それらしい果物は見える?」

『う~ん、暗いのもあってちょっとよくわからない。メル、手伝ってくれる?』

「もちろん」


 快く頷いたメルは、手をかざしてルーへ視覚強化の魔法をかける。


「どう? ついでに色覚補強もして、赤い色をよく見えるようにしてみたけど」

『うん、ナイス。お蔭でそれらしいものを見つけた』


 ルーは羽を大きく羽ばたかせると、頂上に雪が残っている山の中腹へと降りていった。




 高い木々の間を縫って斜面へと着陸したルーは、全員を下したところで人間の姿へと戻る。


「ううっ、めちゃくちゃ寒い……メル、助けて」

「はいはい、早く服を着ましょうね」


 素っ裸で震えるルーに駆け寄ったメルは、抱き付いてくる姉の体を魔法で温めながら下着を付けてやり、いつもの黒いスーツを着させてやる。


「ああ、生き返る……ありがとう、メル」

「うん、それはわかったけど……ルー姉、いつまで抱き付いてるの?」

「まだ寒いからもう少し……後少しだけお願い」

「はぁ、わかった」


 メルは呆れたように嘆息すると、抱き付いたままのルーを小脇に抱えるように手を添えて木登りをしているノインに話しかける。


「どう、ノインちゃん。あった?」

「はい、ありました」


 山育ちらしく、軽やかな足取りで木の上から飛び降りたノインの手には、洋梨を赤くしたようなみずみずしい果実があった。


「でも、どうしましょう。このままフェーちゃんにあげるのには流石に大きいですね」

「そうだね、じゃあ食べやすくしよう。ほらルー姉、荷物取れないからどいて」

「ああん、メルのいじわる」


 ルーの抗議を無視して身軽になったメルは、背負った荷物から包丁とおろし金を取り出す。


「小さくするだけなら包丁でいいけど、よかったらこれでジュースにする?」

「あっ、はい、じゃあせっかくですから少しジュースにします」


 メルから道具を受け取ったノインは、アポルを切っていく。

 赤い皮を剥くと、中から熟れた黄色い身が姿を現し、周囲に甘酸っぱい芳醇な香りが広がる。


「う~ん、いい匂い。これだけでおいしいってわかるね」

「はい、木の上にはまだまだいっぱいありましたから、後で皆でいただきましょう」


 ニッコリと笑ったノインは、アポルを半分に切ると、半分を一口大へと切り、残りをおろし金ですりおろしていく。


 深底の皿にアポルを盛り付けたノインは、体力温存のために小さく丸まっているフェーへと近付く。


「フェーちゃん、お待たせ」

「……ピィ」


 ノインの顔に反応して顔を上げたフェーは、小さく口を開けて彼女が差し出した黄色い身を食べる。


「どう、おいしい?」

「ピィ、ピィ!」

「フフッ、よかった」


 嬉しそうに鳴くフェーに、ノインは追加のアポルを与え、ジュースを飲ませてやる。



 そうしてあっという間にアポルを食べ切ったフェーは、パタパタと羽根を動かしてくちばしでノインが持つ深皿をつつく。


「ピィ! ピィ!」

「えっ、まだ食べるの?」

「ピイイイイィィ!」


 これまで長いこと食事を摂っていなかったからか、まだまだ腹ペコのフェーは早く次を寄こすようにノインへと身体を擦りつけて懇願する。


「わかった。次を取って来るからちょっと待ってて」


 そう言って立ち上がろうとするノインの前に、追加のアポルが差し出される。


「ノイン、よかったらこれをあげて」

「あっ、ルーさん……」


 既に追加のアポルを木の上から取って来たルーが差し出した果実を、ノインは笑顔で受け取る。


「ありがとうございます……それと、さっきは怖がってしまってすみませんでした」

「ううん、気にしてないよ」


 ノインの謝罪に、ルーはホッとしたような笑みを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でた。

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