ちょっとしたお節介
フラフラと歩く二人組の男は、老婆と一定の距離を詰めたところで一気に駆け出す。
最初の男が老婆の杖を払って体勢を崩して地面の荷物を奪い、次の男が彼女の持っているポーチを奪って一気に逃走を図るつもりであった。
男たちは同じような手口で何度も、主に旅行客の荷物をかっさらって来た。
だから今回も上手くいく……そう思っていた。
老婆へと一気に距離を詰めた男は、すれ違いざまに彼女が持つ杖を払うために手を伸ばす。
「おらっ!」
老婆の脇をすり抜けながら、男は右手で思いっきり老婆の杖を払う。
だが、杖を吹き飛ばすつもりだった男の手に、まるでしっかりと打ち付けた杭を殴ったかのような硬質な手応えが返って来る。
「――っ!? いってえええぇぇぇぇ……あがぼっ」
予想もしていなかった事態に、大袈裟に痛がる男の叫び声が、緑色の強風が吹き抜けると同時に止まる。
「……全く、お年寄りに優しくできないとは無粋な奴だ」
そう言って呆れたように嘆息するのは、気絶した男を肩に担いだルーだった。
「なっ、ななっ!?」
最初の男に続いて老婆のポーチを奪い取るはずだった男は、突然現れたルーを見て思わず足を止める。
「何だ、お前は!?」
「ん? 私なんかに注意を向けていいのか?」
「ど、どういう意味だ?」
ルーの言葉に、男が警戒するように周囲を見渡しながら身構える。
最初の男が上げた悲鳴で、何か異変が起きたことに気付いた人たちが奇異の目を送っていたが、見える範囲に男たちが恐れる武装した警備の姿はない。
「……へっ、何だよ。驚かせやがって」
拿捕される心配がないとわかった男は、安堵の溜息を吐く。
だが、
「いや、見るのは周囲じゃなくて足元だよ」
「足元だぁ?」
ルーの指摘を受けて、男は視線を足元へと送る。
すると、男の片足に縄が落ちているのが見えた。
「何だよ。ただの縄じゃ……って、おぅわ!?」
何てことないと男が思った瞬間、足元にあった縄が高速で動いて男の体を一瞬のうちに束縛して地面へと縫い付ける。
「な、何だこれ! 一体何がどうやってやがるんだ!?」
「わかる必要はないよ」
縄から逃れようとジタバタともがく男の前に、怒り顔のメルがやって来る。
「平気で人の物を盗ろうとする悪い人は、そのまま警備の人が来るまで反省してなさい」
「なっ、クソガキ! まさか、てめぇがやったのか?」
「それに答える義理はないよ。それに、ほら……」
メルが顎で道の先を示すと、異変に気付いた警備の兵士たちが、ガチャガチャと腰に下げた剣の音を響かせながら走って来るのが見えた。
「んなっ!? ど、どうしてもう警備の連中が……」
「知らないけど、運が尽きたんじゃない?」
警備の兵士を見て顔を青くさせる男の隣へ、ルーがもう一人の気絶している男を転がす。
「メル、後は警備の者に任せよう」
「うん……というわけで、二人仲良く縛につくといいよ」
「お、おい……まさか、このまま置いていくつもりか?」
「罪を償ったら、今度は真面目に生きるんだよ」
「コラッ! ちょっと待て! 待てって……み、見捨てないでくれ!」
最後に命乞いのような悲痛な叫び声を上げる男を無視して、メルたちは状況を理解できていない様子の老婆に向かっていった。
二人の男たちが警備の兵士たちに連行されていくのを横目に、メルは呆然と佇む老婆へと話しかける。
「おばあ様、大丈夫ですか?」
「あらまあ……もしかして、お嬢さんたちが助けてくれたのかしら?」
「そんな立派なものじゃないですよ。ただ、ちょっとお節介をしただけです」
「お節介……フフフ、そう」
老婆は口元を隠すように手を当てて上品に笑うと、手にした杖へと目を向ける。
「さっき不思議な力を感じたけど、あれは魔法かしら?」
「……わかったのですか?」
「ちょっとだけね。こう見えても昔は魔法使いだったの」
手にした杖をくるりと回し、ついでに自分もその場で回ってみせた老婆は、ニコリと笑って手を叩く。
「そうだ。助けてくれたお礼に、私にもお節介を焼かせてくれないかしら?」
「そ、そんな、いいですよ」
「いいのよ、それに私も調度上に用事があるのですから」
「えっ?」
「坂の上、行くんでしょ? 巡礼の魔法使いさん」
メルの格好から目的を察したのか、老婆が坂の上を指差して可憐にウインクしてみせる。
さらに、
「ネージュ様!」
老婆のすぐ近くに馬車が停車したかと思うと、御者台から鎧を身に付けた女性が飛び降りて来る。
男たちを拘束した警備の兵士とは違い、銀色の鎧を身に付けたいかにも貴族の騎士といった風体の女性は、老婆の前に膝を付くと深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。道が混んでいて馬車の手配が遅くなりました。何やら問題が起きていたようでしたが……ご無事でしたか?」
「問題ありませんよ。こちらのお嬢さんたちが助けてくれましたからね」
ネージュと呼ばれた老婆がメルたちを紹介しながら、女性に向かって笑いかける。
「それでファルケ、こちらのお嬢さんたち、見ての通り巡礼の魔法使いさんなの。上に用があるみたいだから、一緒に連れて行ってあげられないかしら?」
「それはいい考えです。ささ、お二人共こちらへ」
もうネージュたちの間では決定事項なのか、二人はメルたちを黒の屋根の付いた立派な馬車へと誘う。
「ルー姉……」
「まあ、いいじゃない。ここはお言葉に甘えよう」
ネージュたちの強引な誘いを断ることができるはずもなく、メルたちは柔和な笑みを浮かべている褐色の肌をした金髪の女性騎士の手を取り、豪奢な馬車へと乗り込んでいった。




