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魔法による絶妙なアシストがあれば……

「……なるほどな」


 メルから話を聞いたジャッドは、扉の淵に寄りかかったまま不機嫌そうに彼女に尋ねる。


「それで、そこまで言うからには何か妙案でもあるのか?」

「いえ、ないですよ」


 鋭い視線に晒されても全く臆することなく、メルはジャッドの目を見ながら堂々と話す。


「料理の腕にはそれなりに覚えはありますが、魚を(さば)く技術は人並み程度です」

「ああん、じゃあ何ができるんだよ?」

「ボクにできるのは魔法でのアシストです。こう見えてボク、巡礼の魔法使いなので魔法の腕はそれなりです」

「魔法って……それで一体何の役に……」


 メルからのまさかの提案に、ジャッドは頭痛を堪えるように頭を押さえる。


 すると、


「いいじゃない。手伝ってもらえば」


 家の中から女性の声が聞こえくる。


 パタパタと足音を立ててやって来たのは、青い神官服に身を包んだ妙齢の女性だった。


「フクフクの無毒化に興味を持ってくれるなんて、若いのに頼もしいじゃない」

「ラーナ……だけど」

「あら、私だって同じように押しかけて来た身なんだから、仲間はずれはよくないわ」


 ラーナと呼ばれた女性は、ジャッドを押し退けて外へと出ると、金髪のロングヘアを掻き上げて可愛らしくウインクをする。


「ごめんなさいね、この人ったらお父様に認めてもらえなくて拗ねてるだけなの」

「お、おい!」


 ジャッドが抗議の声を上げるが、ラーナは不満そうな彼を無視してメルに笑いかける。


「メルちゃんだっけ、私はラーナ。この街に王都から派遣されてきたシスターよ」

「よろしくお願いします。ところでラーナさんってシスター……ということは?」

「そう、フクフクの毒に当たった人を治療するために派遣されてきたの。といっても、今ではフクフクの無毒化の方にすっかり夢中だけどね」


 仕事はちゃんとするから安心して、と気さくな冗談を言ったラーナは、メルの背後に周って両肩に手を置く。


「ちょうど今から最後のフクフクを捌くみたいだから、メルちゃんも手伝ってくれる?」

「ええ、喜んで」


 一瞬で意気投合した二人の女性は、そのまま弾む様な足取りでジャッドの家の中へと入って行く。


「……俺の意見は無視かよ」


 色々と言いたいことがあるジャッドであったが、結託した女性たちに何を言っても勝てるわけがないと経験上わかっているので、盛大に溜息を吐いて部屋の中へと入って行った。



 ジャッドの家は、一人暮らしにしてはやや広めのシンプルな造りの部屋だった。


 暮らしのスペースとなる家具は必要最低限、だが、代わりに漁師らしく漁に使う釣り竿や網、そして料理に使うであろう多数の調理道具があった。


「とりあえず、家の中の物を勝手に触るんじゃないぞ」


 メルたちに釘を指しながらキッチンに立ったジャッドは、まな板の上に活きがよくビチビチ跳ねている丸い魚を置く。


「生憎と残っているのはこの一匹だけだ。それで、メルの案とやらは何なんだ?」

「ちなみに、魔法で解毒するっていうのは無理だからね」


 メルが口を開くより先に、ラーナが口を挟む。


「実はフクフクを解毒するために解毒魔法を使ってみたんだけど……」

「味がなくなっちゃったんですよね?」


 ラーナが結論を口にするより早く、今度はメルが口を挟む。


「解毒魔法って確かに解毒をしてくれるけど、食材に使うと旨味や栄養まで浄化してしまうから、料理には不向きなんですよね」

「そうそう、私はそれで一度失敗しちゃったけど……よく知ってたね」

「ふふん、魔法に関してはボク、中々ですから」


 メルは発展途上の胸を張って得意気に笑うと、まな板の上のフクフクへと手をかざす。


「ですからボクが欠ける魔法は……これです!」


 メルが声高々に宣言すると、フクフクの全身が淡い紫色に光り出す。


「お、おいっ!」


 フクフクに何の承諾もなしに何かを施すメルに、ジャッドが声を荒げる。


「この一匹しかないと言っただろう! それを……こんな毒々しい色にして、どういうつもりだ!」

「安心して下さい。これはまだ、何もしていないです」

「ああん?」


 眉を顰めるジャッドに、メルはフクフクを指差しながら説明する。


「ボクがしたのは、フクフクの毒を可視化しただけです」

「かしかだぁ!?」

「そうです。この紫色に光っている部分が、フクフクの毒のある部分です。見ての通り、フクフクの皮には毒があります。それと……」


 説明しながらメルがくるりと指を回すと、フクフクの表面を覆っていた淡い紫色の光が消え、今度は内部が……脈打つ内臓や全身を駆け巡る血液が淡い紫色に光り出す。


「見ての通り、内臓の一部と血液に毒があることがわかりますよね?」

「あ、ああ……ってこれ、フクフクの中身が見えているということか?」


 脈打つ内臓を指差すジャッドに、メルはニッコリと笑って頷く。


「そういうことです。つまり、これ等を上手く避けて捌くことができれば……」

「フクフクを無毒化できるかもしれないってことか!?」


 メルが言いたいことを理解したジャッドは、嬉々として包丁を構える。


「ここまでハッキリと毒の位置がわかれば、勝ったも同然だ」


 手袋を嵌め、フクフクの体を触って内臓の位置を確認したジャッドは、


「……いくぜ」


 メルたちに頷いてみせると、勢いよく包丁を振り下ろす。



 ジャッドは父親がしていたようにフクフクの頭を素早く落とし、内臓の位置を確認しながら腹を割いて中身を取り出す。


「よし、これで後は皮を剥げば……」


 これまでとは違う確かな手ごたえに、ジャッドの顔に笑みが浮かぶ。


 このままいけば、無毒化したままフクフクを捌くことができる。

 ……そう思われたが、


「ねえ、ちょっと待って」


 ジャッドの手元を見ていたラーナが、内臓を出して露わとなったフクフクの身を指差す。


「気のせいか、中の方がちょっと光り始めてない?」

「えっ?」

「そんなバカな!?」


 ラーナからの指摘に、メルたちは慌てて彼女が指差す箇所へと目を向ける。


 すると、綺麗に内臓を取り除いた身の一部が淡い紫色に光り始めているのがわかった。


「……本当だ」

「何故だ!? そこは完璧に有毒部分を処理したはずだぞ」


 自分の仕事は完璧だったはずだと、ジャッドはフクフクの身の半分を持ち上げて、上体を確認する。


「血抜きもしっかりしたし、毒なんて残って……なっ!?」


 ジャッドが身を持ち上げると、ラーナが指摘した箇所から毒を示す紫色の光がみるみる広がっていくのが見て取れた。


「ど、どうしてだよ?」

「わかりません、すごく見事な手際だったのに……」


 メルたちが唖然としている間にも紫色の光はどんどん広がり、遂には全身が淡い紫色に染まってしまう。


「ありゃりゃ、ここまで毒が回ると、もう水で洗っても駄目だね」


 もう何度も同じ失敗を繰り返したのか、ラーナは大きく嘆息すると、フクフクの解体は失敗した旨をメルに伝えた。

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