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歴史のあるお味

 先払いで料金を支払って机の上で待機しているメルたち前に、店主が大皿を差し出す。


「ほいよ、お待たせ。こいつがフクフクの壺漬けだ」

「おおっ!」


 目を輝かせるメルの前に、こんがりと焼き上げられたフクフクが置かれる。


 最低でも一年以上は魚醬のたれに漬け込まれたフクフクの身は褐色に染まり、付け合わせの香草や香辛料と相まって食欲のそそる匂いに、メルの鼻孔がヒクヒクと反応する。


「いい匂い……それじゃあ早速、いただきます」


 メルは両手を合わせて食材に感謝をすると、フォークとナイフを使って香辛料の刺激的な匂いのフクフクを一口大に切って頬張る。


 これだけ味付けが濃いと、たれの味しかしないと思われるが……、


「あっ、もの凄い魚の……フクフクの味がする」


 たれに負けない確かな魚の旨味がすることに、メルは驚きに目を見開く。

 ただ、フクフクの壺漬けは、単においしいだけの料理ではなかった。


「魚の旨味が…………って辛っ!?」


 後からやって来た強烈な辛さに、メルは目を白黒させる。


「ハハハ、まあそいつは酒の肴として食べるものだからな。ちょいと味付けは刺激が強めだぜ」

「な、なるほど、これは……魚醬をベースに唐辛子や山椒、にんにくやしょうが、他にも色んな魚介の味が複雑に絡み合って作られてるんですね」

「お、おう……」


 あっさりとたれの味付けを看破するメルに、店主は舌を巻く。


「凄いな、お嬢ちゃん……たったこれだけでわかるのか?」

「はい、しかもソースでこれだけ強い味付けをしているのに、フクフクの味もちゃんとわかるんです。もしかしなくてもフクフクって、とんでもなくおいしいお魚なんですね」

「ああ、そうだぜ。だからこのおいしさを知ってもらうために、先人たちが犠牲を重ねながらも並々ならぬ努力をしたんだ」

「なるほど……正に努力の結晶なんですね」

「お嬢ちゃん、わかってくれるかい」

「もちろん、料理を愛する気持ちはボクも一緒ですから」


 意気投合したメルと店主は、がっちりと握手を交わした。



 このまま二人は料理談議に花を咲かせるかと思ったが、


「ちょっと待った」


 二人の会話を聞いていたルーが、目を怪しく光らせながら店主に問いかける。


「店主、これは酒の肴になると言っていたな」

「あ、ああ、そうだが」

「では、これに合う酒はあるのか?」

「えっ? そりゃあ勿論……飲むかい?」

「飲む」


 ルーが鼻息荒く頷くと、店主は苦笑して一度裏に下がって瓶を持って来る。


「こいつは味の強い魚に合うとびきりの白ワインだ。フクフクにも合うから試してくれ」

「わかった」


 店主から瓶とグラスを受け取ったルーは、なみなみと淡い黄色の液体を注ぐと、フォークに突き刺したフクフクの身に齧り付き、続いて煽るように白ワインを飲む。


「――っ、くううぅぅ……うまい!」

「もう、ルー姉、飲み過ぎないでよ」

「大丈夫、この店にある酒ぐらいなら飲み干しても泥酔はしない」


 ルーの返答に店主が「えっ?」と青い顔していたが、メルは無視して神妙な顔で皿の上を凝視しているノインに話しかける。


「ノインちゃんも遠慮しないで、フクフク、おいしいよ」

「あっ、はい……」


 だが、メルに勧められても、ノインは皿を凝視したまま茶褐色の身に中々手を付けようとしない。


 それを見て、ノインのこれまでの様子を思い出したメルは、彼女の耳元で口を寄せて小さな声で囁く。


「大丈夫、この中に毒は残っていないよ」

「……えっ?」

「心配しなくても、ちゃんと魔法で毒の有無を確認してから食べてるから」


 メルは「おじさまには内緒だよ」と言ってウインクをしてみせる。


「味が気に入らなかったらボクが貰ってあげるから、騙されたと思って食べてみてよ」

「そ、それじゃあ、せっかくですから……」


 メルにそこまで言われたのと、料理の値段を思い出したノインは、そっとナイフとフォークを手にしてフクフクの身を切っていく。



 実はノインがフクフクの身に手を出さなかったのは、毒が怖かったからではなかった。


 勇気を出してフクフクの身を食べたノインは、


「うぅ……辛いです」


 絞り出すように言って口元を押さえると、目からポロポロと涙を零し始めた。



 ノインは辛い食べ物が苦手だった。


 その事実を聞いたメルは、両手を合わせてノインに平謝りするしかなかった。


「ノインちゃん、本当にごめんね」

「い、いえ、気にしないで下さい」


 大量の水を飲んで一息ついたノインは、まだ舌が痺れているのか赤い舌をペロリと出して「ヒーッ、ヒーッ」と呼吸を繰り返す。


「……はふぅ、それに私は辛いのダメですが、フェーちゃんは好きなんです」


 ノインが机の上に目を向けると、フクフクの身をくちばしで突いていたフェーが「ピッ!」と嬉しそうに鳴いて応える。

 余程気に入ったのか、一心不乱にフクフクの身を食べ続けるフェーを見て、メルが心配そうに尋ねる。


「……辛いの平気って言うけど、本当なの?」

「はい、どうやら鳥って辛みを感じないそうなんです。後、こう見えてフェーちゃんは雑食で割と何でも食べられます」

「まあ、確かに唐辛子とかは、鳥に運んでもらうために辛くなったって聞いたような気がするけど……」


 それでもフクフクの壺漬けには複雑な味付けがされているので、こんな子供の鳥に与えていいものかとメルは思う。


「……まあ、大丈夫か」


 食べているフェーが幸せそうなのと、親代わりのノインが問題ないと判断しているのであれば、自分がとやかく言うことではないだろうと判断する。



 その後、追加の白ワインが飲みたいというルーをどうにか諫め、代わりにお詫びの意味も込めて頼んだ湖の魚のオイル漬けをノインと一緒に堪能していると、


「いい加減にしろ! 何度来ても駄目なものは駄目だ!」


 外から店主の怒鳴り声が聞こえ、メルとルーは顔を見合わせる。


「……何だろう?」

「荒事になりそうな気配はないけど……メルは気になるみたいだね」

「うん、ちょっと行ってみるよ」


 メルは小魚のオイル漬けを一気に頬張ると、行儀が悪いと思いつつも口をもごもごと咀嚼しながら店の外へと駆けていった。

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