いざ湖の村へ、名物を食べに行こう
山間の大きな湖のほとりにある駅に魔導機関車が停車すると、十二ある車輪から大量の蒸気が噴き出す。
同時に、駅で待機していた作業員たちが魔導機関車へと取り付いて作業を開始する。
「はぁ……なるほどね」
プラットフォームへと降りたメルは、忙しなく動き回る作業員たちの様子を見ながら、乗務員から聞いた話を思い出す。
「魔導機関車って思った以上にデリケートな乗り物なんだね」
乗務員によると、強盗たちが乗り込む時に使った網状の罠が原因で、十二ある車輪のいくつかに不具合が起きた様で、この山間の駅『ラクス村』で数日かけてしっかり点検するとのことだった。
予定では二、三日ほどで点検は済むとのことだったが、特に急ぐ旅路ではないメルたちは問題なかった。
むしろ問題なのは……、
「ノインちゃんは、聖王都に行くのが遅れても大丈夫?」
「はい、大丈夫……だと思います」
胸に抱いたフェーの頭を撫でながら、ノインは微笑を浮かべる。
「時間にはある程度余裕を持ってきましたので、少しの遅れなら問題ないです」
「そう、でも本当に時間がないと思ったら言ってね」
「あっ、は、はい……」
魔導機関車が動かない以上はどうにもならないと思いつつも、ノインは静かに頷く。
「ところでメルさん、予定が変わってしまいましたが今日はどうするのですか?」
「そう……だね」
魔導機関車から出てきた乗客たちが、村の方へ消えて行くのを見たメルは、そちらの方を指差しながら話す。
「とりあえずボクたちも村に行って、観光でもしようか?」
その意見に反対意見が出るはずもなく、三人と一羽は身支度をしてラクス村へと向かうことにした。
簡素な駅舎が一つあるだけの駅から外へ出ると、土を固めただけの地面と、木造平屋の建物が並ぶ長閑な光景が広がっている。
駅舎前の広場には観光客を迎えるための施設もいくつかあり、既に何人かの魔導機関車の乗客がカフェのテラス席でくつろいでいる姿が見て取れた。
数日はこの村で滞在することになるので、メルたちは一先ず村の中を満遍なく歩いてみることにした。
村の中は大きな馬車でもすれ違えるほどに広い目抜き通りに、湖で取れたであろう色とりどりの魚や水産物を売っている店が並んでいる。
店には旅行客や地元の人が押し寄せており、店からは店主の者と思われる威勢のいい声が聞こえていた。
「わぁ、活気があっていい村ですね」
「うん、ラクス村は、村の名前となっているラクス湖を中心に栄えた村なんだよ」
左右に並ぶ店を興味深そうに眺めるノインに、少し遅れてやって来たメルが賑やかな様子を見ながら村の説明をする。
「見ての通り、ラクス村は周囲を山に囲まれており決して恵まれた環境ではないけど、それでもここには何世代も前から人が住み続け、今もこうして旅人が後を絶たないんだって」
「それって……それだけの理由がここにあるからですか?」
「そこに気付くとは流石だね」
よくできた生徒のノインに、メルはウインクをして彼方に見えるラクス湖を指差す。
「あの湖には他にはいない固有種の魚が何種かいて、鮮度の関係からここでしか味わえないんだって。だから、世界中から珍しい魚を求めて人が集まるんだってさ」
「へぇ……メルさん。詳しいんですね?」
「まあね、ボクにとっても最初の巡礼地で立ち寄る場所だからね。下調べは念入りにしたものさ」
そう言ってメルは、手にしていた地図を取り出して広げる。
「メルさん、それは?」
「これは近くのおいしいお店を描いたものだよ。さっき駅舎によって駅員さんに聞いてきたんだ」
「えっ、い、いつの間に……」
ほんの僅かな時間で、駅員にオススメの店を聞いてメモを取って来るメルの行動力に驚きながら、ノインはおそるおそる尋ねる。
「あ、あの、メルさんもしかして今から?」
「うん、せっかくだからここでしか食べられない魚、食べに行かない?」
つい先程、朝食を食べたばかりなのに?
そう思うノインであったが、輝くようなメルの笑顔と、既にお腹空いたような表情のルーを見たら断ることもできず、二人の後についていくつかあるオススメの店の一つへと向かった。
そうしてやって来たのは、目抜き通りから少し入ったところにある一軒の店だった。
可愛らしいまん丸の魚の看板を掲げた店は、どうやら魚料理をメインに出す店のようだった。
「……可愛い、まるでフェーちゃんみたい」
「ピピッ!」
球体の魚を見て感想を漏らすノインに、彼女の手の中のフェーが遺憾そうに羽根をバタバタさせる。
「ピピッ、ピーッ!」
「フフッ、冗談よ。フェーちゃんの方が可愛いから」
抗議するフェーを、ノインは慣れた様子で宥めながらメルに尋ねる。
「メルさん、このお店ではどんな魚が食べられるのですか?」
「ここはね『フクフク』っていう、ラクス湖でしか取れない魚が食べられる店だよ」
「フクフク……何だか可愛らしい名前のお魚ですね」
「うん、名前もさることながら、見た目も面白いんだよ。そして一番の特徴はね……」
メルは少しもったいぶるように溜めを作ると、ニヤリと笑ってフクフクの特徴を話す。
「食べると死んじゃうくらいの強い毒を持っているんだよ」
「…………えっ?」
毒という単語に、ノインの笑顔が凍り付いた。




