黒マントの救世主
男は怒りで頬を紅潮させている。少し声を震わせながら、すごんだ。
「われ、えらいなめたまねをしてくれたのお、ああ?」
「はいすいません、あの、けして悪気はなくて……」
「オイッ! この主任がぁー、代わりにデュエルしてやるぞぉー!」
「いやちょっと青海さん、横から変なことを言わないでください、何をいっているか私にはさっぱり……」
「われが、デュエルするゆうんかい、おお!?」
南里は、早口で説明を試みたが、既に激高している巨漢の耳には、まったく届かない。青海ひかるの挑発に、完全にのせられているようだ。
突然の展開に、ぽかんとしていたショートボブの女性は、つかまれていた腕が自由になっていることに気がつくと、急いで逃げ出した。青海ひかるのそばにいくと、距離をとって状況を見守っている。
「ほんなら、今から俺がデュエルを申し込むよって、われは絶対うけろよ! 分かってんのか、オラア!」
「はい分かりました、ありがたく受けさせて頂きます」
ピコン、という音とともに、南里の目の前の空間に、ウィンドウが開いた。
「ヤマダ1995 から、デュエルを申し込まれています。受けますか? はい/いいえ」と表示されている。
南里がおそるおそる、「はい」のところをタップすると、たちまち無機質な機械のボイスで「DUEL START」と声がした。
「へへへ……受けよったな。お前は見たところ、初心者やろ。これで俺の連勝記録が伸びるな。もうちょっとで30連勝、ボーナスアイテム・ゲットやで。」
巨漢が、ゆっくりと南里をにらみつけた。南里は、まるで蛇ににらまれた蛙のようだ。「気をつけ」の姿勢から、どう動いていいか分からない。
「いくで、マッハチョップ!」
初心者狩りの山田が、必殺技を繰り出した。もっとも、ゲーム内アクションとしては、グーパンチだ。「チョップ」と言いつつパンチというのは、どうなっているんだ、と南里は内心ツッコでいた。
バチーン。
南里は、VRゴーグルの視界がグラグラ揺れるのを感じた。これは、やばい。酔う。殴られた痛みは感じないが、脳がクラッとするので、殴られたような錯覚もある。
「ほらほら、マッハチョップ! マッハチョップ!」
いいように殴られる南里主任の姿に、青海ひかるは正直、ショックを受けていた。自ら進んで飛び出して行ったとはいえ、こんなに殴られるのは、あまりにもひどすぎる。誰か、主任を助けてくれないだろうか。
そのときだった。ザッザッ、という足音がして、誰かが一直線に近づいてくるのを感じた。