廃課金ユーザー
喫茶店の奥側のソファに、男が浅く腰掛けている。
背中を丸めて縮こまっているため、ただでさえ痩せて小柄なのに、より小さく見える。髪型は、ヘルメットをかぶったような、中途半端に長い髪。眉毛は、長くたれ下がった前髪のカーテンに隠れて見えず、その隙間から、細い目が、ちらちら覗いている。この状態は、異性からすると「うっとうしい前髪」と判断されるであろう、と南里は思った。
南里の隣に座っている青海ひかるは、ニコニコと猫のような笑顔を作って、会員の緊張をほぐそうとしている。相談員としては、良い心がけだ。
「それで、VRゲームはよくプレイされるのですか?」
「はい、あの……毎日です。毎日ログインしているのです……。」
返事をする声はか細く、やっと聞こえる程だ。南里は査定モードを「オン」に切り替え、喫茶店のテーブルに置いた資料と、目の前の会員とを次々チェックをしていく。
名前は――雁野栄作。
年齢は――三十歳。これはまあ、悪くない。顔のつくりも、年相応だ。四十歳を超えると、婚活ではハンデになる場合があるが、三十歳なら大丈夫だ。
身長――一六八センチ。やや低いが、大きな問題ではない。「顔合わせ」の時だけ、七センチ上げ底のシークレットブーツをはけば、問題なく、ごまかせるだろう。
服装は――かなり問題がある。もう少し、清潔感のある服装に身を固める必要がある。ただこれは、相談所がアドバイスをして、しかるべき服を買ってもらえればいい。余談だが、女性から見て「清潔感があるか否か」は、実は非常に重要なポイントだ。にも関わらず、それをわかっている会員は、少ない。
職業は――サポートセンターに勤務しているという。これはどうだろう。
「雁野さんは、昼にも、ゲームを楽しまれているそうですね。ご職業ですが、これは夜型の仕事なのでしょうか?」
「あ、あの、『ヤバイ投稿コレクション』のカスタマーサポート部門で、投稿内容を二四時間、休みなくチェックする仕事をしています。昼の部と、夜の部とで、交代で勤務するのです……。私は一応、夜勤担当のグループリーダーなのです……。」
「えー、女子高生に人気のサービスですよね!」
ひかるが、愛想よく合いの手をいれる。
「へえ、青海さん、詳しいですね。」
「南里主任は聞いたことないですか? 笑える写真とか、きれいな写真とか、本当にいろんな写真が投稿されるんですよね!」
雁野が、へへ、と卑屈な笑いをした。
「ええ、でも、まわりへの嫌がらせのため、わざとグロい画像を投稿するユーザーもいるのです。こないだも、車に轢かれてグチャグチャになった動物の死骸の写真が投稿されたのです。私が目視チェックして削除しましたが……その日は、食欲がわきませんでした……。」
「そ……そうですか……。それはまた、大変なお仕事で……。」
ひかるが、顔をひきつらせながら、必死に作り笑いをした。
トークスキルは――あまりなさそうだ。南里が、冷静にチェックを入れる。
それでも、どうやら若者に人気の投稿サイトに絡んだ職業らしい。「IT業界に勤務する正社員」と、ぼかして書いておけば、顔合わせにはこぎつけられるだろう。
「雁野さんは、VRゲームをやっていると、気分が盛り上がるのですか?」
「はい……。プレイしていると、ついつい白熱してしまうのです……。よくないとは思うのですが、アイテム課金も一回、何万円単位でしてしまうのです……。」
――出た、と南里は思った。
これは、「廃課金」ユーザーだ。




