新入社員、青海ひかる
「主任、どうしたんですか?」
青海ひかるが、ひょこひょこと南里のデスクに近づいてきた。まだ二十二歳の新入社員で、青いシャツにグレーのパンツスーツが初々しい。髪はシンプルに後ろで束ねており、きびきびとした印象を与える。
「ああ、青海さん、時間をいただいてすいません。実はさっき、メールで頭出しした話なんですが――」
南里はうすっぺらい笑顔を浮かべ、青海の表情に抜け目なく視線を走らせる。なんとかしてこの件を、彼女にいい話だ、と思わせなければならない。
「実は、青海さんも入社から数カ月たって、そろそろ仕事に慣れてきたと思いますから。私の受け持ちのプレミアム会員様を、一人担当してもらおうかと思いまして。」
「本当ですか! えー、やったあ! 私、入社してからずっとプレミアム会員様を担当したくて、うずうずしてたんです!」
そうだろう、そうだろう、と南里は思った。なにしろ弊社は、業界中堅ということもあって、新卒社員が数人しかいない。そんな少数の新人に、各部署がここぞとばかり雑用を押し付けるから、彼らは必然的に、瑣末なタスクに忙殺される運命にあった。
青海ひかるの嬉しそうな表情を見て、南里はさらに彼女を発奮させるべく、言葉をつなげていく。
「プレミアム会員様は、大きな期待をもって当相談所に申し込んできています。責任・重大ですよ、青海さん。」
「分かってます! 任せてください。必ずマッチングさせて見せます。デート不成立で、返金ですもんね!」
ネットキューピッドが最近力を入れているのが、この「全額返金制度」だ。具体的には、入会後一年以内に、相談所外で会員が会う――これを「デート」と呼ぶ――が成立しなかった場合、入会金の十万円を返金する。
結婚相談所のシステムは、独特だ。まずは男女とも毎月、数人を「指名」して会いたいとアピールする。
しかし、ここで相手から断られれば、いきなりマッチング不成立となる。このハードルをクリアし、双方が会いたいとなれば、今度は相談所の立会いの下、ホテルのロビー等で行われる「顔合わせ」に進む。
顔合わせまで行い、双方が好印象を持てば、晴れて連絡先を交換し、相談所外でデートとなる。ここまで辿り着けば、会員もハッピーだし、会社側も返金せずにすむ。
問題は、ここにどうしても到達できない会員が、一定数存在することだ。
「じゃあ、そこに座って下さい。一緒に、この男性会員さんのエントリーシートを見ていきましょう。この方は、趣味がヴァーチャル・リアリティ(VR)ゲームなんだそうです。青海さん、やったことありますか?」
「えー、大学のときにちょっとやったことありますけど……。なんてゲームですか?」
「メタブックが運営している、『トーキョー・ギャング』というゲームらしいんですが。」
「あー、『トーギャン』ですか! 男友達とか、めっちゃハマってましたよー。へえ、プレミアム会員さん、トーギャンやってるんだ。」
南里は、ここは青海ひかるを、大げさにおだてるべきだと判断した。
「やっぱり、青海さんにお願いして正解でしたね! 僕は、ゲームのことはあまり詳しくないから。社内でも、青海さんはネットに強いって有名だから、もしかしてと思ったんですよ。」
「えー、そんなに詳しくないけど……でも、頑張ります!」
南里は、うまくいったとほくそ笑んだ。どうやら、この新人には、こちらの思惑はバレていないようだ。
最初から、いきなりすべてを任せるわけにもいかないから、会員とのミーティングは、セッティングしてやる必要がある。その後、タイミングを見計らって、フェードアウトすればいい。
南里は、真剣にエントリーシートを読み込む青海をよそに、よこしまな考えをめぐらせ続けていた。