表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/45

新入社員、青海ひかる

 「主任、どうしたんですか?」


 青海ひかるが、ひょこひょこと南里のデスクに近づいてきた。まだ二十二歳の新入社員で、青いシャツにグレーのパンツスーツが初々しい。髪はシンプルに後ろで束ねており、きびきびとした印象を与える。


 「ああ、青海さん、時間をいただいてすいません。実はさっき、メールで頭出しした話なんですが――」


 南里はうすっぺらい笑顔を浮かべ、青海の表情に抜け目なく視線を走らせる。なんとかしてこの件を、彼女にいい話だ、と思わせなければならない。


 「実は、青海さんも入社から数カ月たって、そろそろ仕事に慣れてきたと思いますから。私の受け持ちのプレミアム会員様を、一人担当してもらおうかと思いまして。」


 「本当ですか! えー、やったあ! 私、入社してからずっとプレミアム会員様を担当したくて、うずうずしてたんです!」


 そうだろう、そうだろう、と南里は思った。なにしろ弊社は、業界中堅ということもあって、新卒社員が数人しかいない。そんな少数の新人に、各部署がここぞとばかり雑用を押し付けるから、彼らは必然的に、瑣末なタスクに忙殺される運命にあった。


 青海ひかるの嬉しそうな表情を見て、南里はさらに彼女を発奮させるべく、言葉をつなげていく。


 「プレミアム会員様は、大きな期待をもって当相談所に申し込んできています。責任・重大ですよ、青海さん。」


 「分かってます! 任せてください。必ずマッチングさせて見せます。デート不成立で、返金ですもんね!」


 ネットキューピッドが最近力を入れているのが、この「全額返金制度」だ。具体的には、入会後一年以内に、相談所外で会員が会う――これを「デート」と呼ぶ――が成立しなかった場合、入会金の十万円を返金する。


 結婚相談所のシステムは、独特だ。まずは男女とも毎月、数人を「指名」して会いたいとアピールする。


 しかし、ここで相手から断られれば、いきなりマッチング不成立となる。このハードルをクリアし、双方が会いたいとなれば、今度は相談所の立会いの下、ホテルのロビー等で行われる「顔合わせ」に進む。


 顔合わせまで行い、双方が好印象を持てば、晴れて連絡先を交換し、相談所外でデートとなる。ここまで辿り着けば、会員もハッピーだし、会社側も返金せずにすむ。


 問題は、ここにどうしても到達できない会員が、一定数存在することだ。


 「じゃあ、そこに座って下さい。一緒に、この男性会員さんのエントリーシートを見ていきましょう。この方は、趣味がヴァーチャル・リアリティ(VR)ゲームなんだそうです。青海さん、やったことありますか?」


 「えー、大学のときにちょっとやったことありますけど……。なんてゲームですか?」


 「メタブックが運営している、『トーキョー・ギャング』というゲームらしいんですが。」


 「あー、『トーギャン』ですか! 男友達とか、めっちゃハマってましたよー。へえ、プレミアム会員さん、トーギャンやってるんだ。」


 南里は、ここは青海ひかるを、大げさにおだてるべきだと判断した。


 「やっぱり、青海さんにお願いして正解でしたね! 僕は、ゲームのことはあまり詳しくないから。社内でも、青海さんはネットに強いって有名だから、もしかしてと思ったんですよ。」


 「えー、そんなに詳しくないけど……でも、頑張ります!」


 南里は、うまくいったとほくそ笑んだ。どうやら、この新人には、こちらの思惑はバレていないようだ。


 最初から、いきなりすべてを任せるわけにもいかないから、会員とのミーティングは、セッティングしてやる必要がある。その後、タイミングを見計らって、フェードアウトすればいい。


 南里は、真剣にエントリーシートを読み込む青海をよそに、よこしまな考えをめぐらせ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ