南里主任の憂鬱
やはり問題は、ここだ――。
趣味:「平日の昼や、週末は、覇王として活動しております。」
南里は軽くため息をつくと、コーヒーを一口飲んでから丁寧にデスクのわきに置いた。A4用紙で印刷した、婚活・エントリーシートを、もう一度めくる。
東京の神保町にある結婚相談所、「ネットキューピッド」のオフィスには現在、百人ほどが勤務している。南里は、その中の「オンライン事業部」で、日々、会員同士をマッチングさせるために、新規の登録シートをチェックしていた。
それにしても、と南里は思った。
なんだこの、どこからツッコんでいいか分からない記述は。「覇王として活動」とあるが、「覇王」を当たり前のように一般名詞として扱っているところが、そもそも世間とズレている。おそらく、趣味のゲームの世界でそう名乗っているのだろうが、異性が見ると困惑することは必至だ。
平日の「昼」に、というのもひっかかる。この人、昼は働いていないのだろうか。
さらに、南里の危険センサーに一番触れるのはここだ――。「活動しております。」
これが、「覇王として活動中!」とかだったら、まだいい。読み手側も、「この人はもしかして、ふざけているのかな?」となる。しかしこの書き手は、あくまで真面目なのだ。うっすらと、不審人物の香りがする。
南里は神保町オフィスの窓の外を眺めると、できるだけキリッとした表情を作ってから、呟いてみた。
「平日の昼や、週末は、覇王として活動しております。」
――ああ、だめだ。やっぱり理解できない。
この新規会員は、おそらく地雷だろう。処理を間違えると怪我をする。婚活が上手く行かず、結果的にクレーマーになれば、南里の評価を落とすことにもなりかねない。
南里は、常にリスクを避けて生きてきた。三十五歳で、平社員から念願の「主任」になれたのも、ひとえに危険を回避し、大きな失敗をしなかったからだと自負している。こういうヤバそうな案件は、誰かに渡してしまうに限るのだ。
とはいえ、誰に押し付けたらよいものか……。
南里は憂鬱な思いを抱えながらA4の紙束を机の上に置くと、PC画面に表示された社員名簿をうらめしそうに眺め始めた。