桐谷静久
けっこう、築年数がたっていそうなアパートだな、と青海ひかるは建物を見上げた。駅から徒歩十五分の物件。そんなにアクセスがいいわけじゃない。ただよく見ると、中は手入れが行き届いていて、こぎれいな印象のするアパートだった。掘り出し物、と言われるような物件かもしれない。
おそるおそる、インターホンを押す。
「はい」
「あの、ネットキューピッドの青海と申しますが、しずくさんのお部屋で間違いなかったでしょうか。」
ああ、というリアクションの後、入り口のドアは開錠された。事前に教えてもらった通り、三階に上がる。
あの後、青海ひかるはトーギャンにログインして、しずく――桐谷静久に会い、誠意を持って結婚相談所の説明をした。静久が押しに弱かったのも幸いして、なんとか、話だけでも聞いてもらえることになった。彼女の住むアパートを訪問することになったのは、特に苦にならなかった。むしろ、生活環境なども含め、静久のことが色々と分かるのではないか、と青海ひかるは考えた。
◇◇◇
「すいません、今、お茶をお出ししますね。」
「いや、本当にお構いなく! すいません、押しかけてきちゃって。」
部屋に上がらせてもらった青海ひかるは、ちらちらと、あたりを観察していた。男っけのない、女性の一人暮らしという感じだ。必要最小限の狭い間取りに、生活用品が整頓されて並んでいる。いくつかの観葉植物があるだけで、特に目立つインテリアもない。彼女の内面を反映したような部屋だな、とひかるは感じた。
――それでいて、飾ってないのにキレイなんだから、ホント美人は得だよなあ。
青海ひかるは、いそいそとお茶を出してくれる静久を観察しながら、内心ボヤいていた。 実際に会ってみると、桐谷静久はゲーム内と同じ、いやそれ以上に、きれいな女性だった。夏場なので、白いシャツにジーンズという姿だが、この「服装でごまかさない」シンプルな格好が逆に、彼女の清楚な女性らしさを引き立てていた。
「それで、特別会員、という仕組みなんですけど……。」
青海ひかるは、きちんと正面に座った静久を前に、少し緊張しながら説明を始めた。
「料金なしで、お試しで一人か、場合によっては二人、お引き合わせするシステムなんです。本来は、これから会員になるかどうか、迷われている方に適用される制度なんですが……。」
青海ひかるは、じっと静久を観察しながら、言葉を選びつつ続けた。
「今回は、静久さんに特に、ご紹介したい方がいて、それでご案内したんです。ヴァーチャルゲーム内で、しずくさんに好意を持たれたようなのですが。こう言うと、もうお分かりでしょうか。」
「いえ、ちょっと心当たりがなくて……。どなたでしょう……。」
「しずくさんは、覇王さんをどう思っておられますか?」
青海ひかるは、ズバリと核心に入った。
「えっ……。覇王さんは、尊敬できる方ですけど。」
「実は、覇王さんは当結婚相談所に入会されています。真面目に、婚活をされているのです。」
「そうですか……。覇王さんが婚活を……。」
静久は、少し驚いた、という表情でつぶやいた。それから、黒目がちの目を細め、人懐こい笑顔で笑った。
「覇王さんなら、おつきあいの候補が、いっぱい見つかるでしょうね。」
「いやー、それが、そうでもなくてですね」
「え?」




