奴の名は、覇王
「喰らえ! エターナル・フォース・ブリザード!」
男は必殺技の名前を叫びながら、グーでパンチを入れる。トーギャンにおいて、戦闘は基本、グーパンチで行われる。その際に、個人で考えた必殺技を叫ぶのは自由だが、ゲーム内で特に変わったエフェクトは、ない。
要するに、単に殴っただけだ。
バガン、という凄まじい音が周辺に轟いた。殴られたモヒカンは、三メートル向こうのビルの壁にめり込んでいた。壁にヒビが入る。
「なんだありゃあ! レベル差が二十以上あるときに起きる現象だぞ!」
「一撃で、体力がゼロになっている! 攻撃力が、異常に高い!」
覇王と呼ばれた男は、両腕を腰のあたりに引きつけて、うつ向きぎみに仁王立ちの姿勢をとっている。それからふう、と呼吸を整えるとゆっくり左腕を前に突き出し、手のひらを開いた。まわりを取り囲むモヒカン達の一人に、狙いを定める。
「……悪いな。こうなるともう、俺は手加減できん。」
「やべえ! 何か知らねえけど、攻撃力も、人格も、全部やべえ!」
「エターナル・フォース・ブリザード!」
男が叫ぶと同時に、無慈悲にも、もう一人のモヒカンにグーパンチが叩き込まれる。反対側の壁に、体がめり込む。
「エターナル・フォース・ブリザード!」
また一人。
「エタノ……ちがう、エタノールじゃない……ザード!」
覇王は必殺技名を噛んでしまったようだが、慌てて訂正した。略称ではあるが、グーパンチは見事にヒットし、もう一人のモヒカンが壁にめり込んだ。
「に……逃げろ! とてもかなわねえ! 逃げろー!」
「悪の組織」を自称していた集団は総崩れとなり、散り散りに逃げていった。覇王の黒マントが、勝ち誇ったように風にたなびく。前髪を垂らしたまま、覇王はつぶやくように、壁にめり込んだモヒカンの一人に話しかけた。
「貴様らは一つ、間違いを犯した。俺は今、もしも女性をデートに誘うことに成功した場合に備えて、新宿の街並みを観察していたのだ……。『理想のデートコース』を探すために、な。」
覇王は、くるりと振り返った。背中越しに、決めセリフを放つ。
「――貴様らは、俺の『婚活』のジャマをした。」
ゆっくりと立ち去る覇王。その後ろで、壁に一定時間、めり込んでいたモヒカン達が相次いでドサ、ドサ、ドサと地面に崩れ落ちた。一人があえぐように、声にならない声を絞り出した。
「し、知らなかった……。奴が覇王……。
そして……。その覇王が婚活を始めていたとは……。」