表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/45

夏祭りの夜

 覇王は今年で、三十歳になった。いつかは結婚するのだろうと漠然と考えていたが、このままヴァーチャルゲームに没頭していると、繰り返す日々の中で、すぐに四十歳になってしまいそうな気がした。だから婚活をはじめたが……現実は、そう、甘くなかった。


 考え事をしながら、神社の境内を歩いていると、ふと呼び止められた。


 「あ、あの、覇王さんじゃないですか?」


 振り返ると、鮮やかなオレンジの浴衣を着た女性プレイヤーが、目に飛び込んできた。頬は提灯に明るく照らされ、黒目がちの瞳が輝いている。


 ――誰だろう?


 覇王は、プレイヤー名のShizukuという名前を見ながら、思い出そうとした。


 「あ、忘れちゃいましたか……? 先日、『初心者狩りの山田』さんに絡まれていたところを、助けて頂いたものです。シズクっていいます。」


 「ああ……着ている衣装が違うので、分からなかった。」


 その浴衣はとても似合っている、と思ったが、そんな浮ついた言葉を口に出す勇気は、覇王にはなかった。代わりに、ぶっきらぼうに言葉をつないだ。


 「それで、シズク。俺に何か用か。」


 「い、いえ……あの、やっぱり用がないと、話しかけちゃいけませんか?」


 「……!」


 用がないのに、話しかけてくれるというのか。覇王は内心、驚いていた。


 シズクのはにかんだ声や、控えめな仕草。それにショートボブの髪型と艶やかな着物姿が、ひどく覇王の心をざわつかせた。――夏の夜のせいだろうか?


 「……用がなくても、話しかけてもらって大丈夫だ。」


 「じゃあ……少しお話させて下さい!」


 覇王はゲーム内キャラクターに、両手を広げて肩をすくめるポーズをとらせた。覇王がこうしたアクションをとることは、珍しい。精一杯の、照れ隠しだった。


 「覇王さんの装備って、浴衣じゃないのですね。」


 「ああ。夏祭り用の装備は、買うのを忘れてしまった。」


 「あ、ごめんなさい、浴衣がどうというより、その、すごそうな鎧に興味があったものですから。……なんていう装備ですか?」


 「『ブラック・ドラゴンの鎧』だ。」


 話しながら、覇王は少し、シズクから目をそらした。先日の失敗に終わった顔合わせを、思い出さずにはいられなかった。こんなつまらない会話をしても、印象を悪くするだけだと知りながら、半ば自暴自棄になって、次の言葉が出てくるのを止められなかった。


 「確かに高いが、俺は500万ゴールドぐらいの装備なら、悩まずに買ってしまう。」


 「……!」


 シズクが声を失っている。くだらない自己ピーアールに、引いてしまったのだろうか。覇王がおそるおそる、シズクの顔をうかがうと、彼女がこちらをじっと見ているのが分かった。


 「……すごいですね……。いいなあ、そんなセリフ、言ってみたい……。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ