覇王の記憶
白く霞んだ世界。……ぼんやりと、何かが見えてくる。
――どうやら、学校の教室のようだ。床に文房具が散乱している。無残なありさまだ。
気がつくと、その横で男の子が、しゃくりあげて泣いている。
僕は――それを黙って見ている。そう、黙って。
泣いている男の子が、ふとこちらを見る。その目は涙に濡れ、充血している。
男の子が、おもむろに口を開く。
「――なぜ、助けてくれなかったの?」
そこでいつも、夢から醒める。
◇◇◇
嫌な夢を見た、と覇王は思った。いつもの夢だ。こういう日は、ゲーム世界で縦横無尽に暴れまわりたくなる。
だが、今日はトーギャンの特別イベントの日だった。「夏祭りイベント」。ヴァーチャル世界は昼から闇夜に変わっており、提灯や祭囃子の音楽が、にぎやかな雰囲気を演出している。8月のこのイベント期間内は、皆が仲良く祭りを楽しむため、殺伐としたバトルができない仕様になっていた。
新宿・歌舞伎町のはずれ、道を一本隔てた向こうには、花園神社がある。
この神社を忠実に再現した場所に、多くのプレイヤーが集まっていた。多くの屋台に群がるプレイヤーたち。行きかう人は皆、楽しそうにざわめいている。
――おや、あれは、カノッサ機関の連中じゃないかな。
覇王は、人ごみをかき分けながら、遠くに見えるモヒカンの集団を眺めた。
「……いや、本当だって、だからさあ、大量の麻薬を仕入れて――」
何を話しているのか分からないが、とても楽しそうだ。こういう場所に、一緒に来ることができる仲間のプレイヤーがいて、いいなあ、と覇王は思った。覇王は、喧騒の中で一人、孤独を感じていた。
ゲーム内で、これだけの攻撃力を手に入れても、倒せないものはたくさんある。たとえば「寂しさ」も、その一つだ。




