暴走する力
ひかるが振り向くと――そこには、黒い布が風に翻っていた。少し小柄だが、大きなマントを羽織ったプレイヤーが立っている。
「おい、そこの下品な鎖男。」
「お? なんやあ、また新しい男が出てきよったかあ?」
黒マントの男は、さっと腕をあげると、巨漢を指差して言った。
「初心者としか決闘できないのか。臆病者が。」
「なんやとお~?」
初心者狩りの山田が、南里を殴る手を止めた。それから、ボディビルダーが筋肉を誇示するようなポーズで、両こぶしを握り締め、腰のところで合わせて見せた。たくましい上腕筋が隆起し、血管が浮き上がる。
「貴様が俺にかなうと思たんかあー! この俺は、デュエル連勝記録、28の山田様やぞお!」
黒マントの男は、威嚇をものともせず、少し顔を上げた。その刹那、歌舞伎町の広場に吹いた一陣の風が、長くのびた前髪をなびかせる。男はその髪を、人差し指で少しかきわけると、静かに言った。
「――俺は、デュエル356連勝中だ。なんなら勝負してみるか?」
初心者狩りの山田が、あんぐりと口を開けた。3桁の連勝記録など、聞いたこともない。この男は、何者だろうかと、頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと眺める。それから、はっと気づいたように言った。
「まさか、お前……いや、あなたは……覇王?」
「えっ! 覇王?」
隣で聞いていた青海ひかるが、慌てて黒マントの男の方を振り返って、顔を観察する。そういえば、このプレイヤーには、雁野さんの面影が残っている。というか、よく見ると、見覚えのあるヘルメット・ヘアーと、その奥に光る目は、まぎれもなく雁野さんだ。
「は……覇王? ということは……。」
巨漢にボコボコに殴られて、地面にだらしなくのびていた南里が、わずかに頭を持ち上げる。黒マントの覇王がゆっくりと近づき、南里の肩を抱き起こした。
「シュニン……大丈夫だったか。」
「うわあ、確かにゲーム内だと、しゃべり方がだいぶ変わる……。」
南里は小さくツッコんだが、先ほどから目が回っているため、大きな声が出せない。
「あっあの、覇王はん、もう今日はデュエルはやめますよって。ほなさいなら!」
初心者狩りの山田が、なんとか場をおさめようと声色を変えたが、覇王はうつむきながら震えだした。
「よくも……よくも仲間をやってくれたなぁ!」
包帯でぐるぐる巻きになった右腕を押さえ、ワナワナと小刻みに震え続ける。それを見た南里が、心配して小声で尋ねた。
「あの、雁野さん、大丈夫ですか? どこか体調が悪いのですか?」
「心配ない……。こういう設定なのだ……。」
覇王、いや、雁野は周囲に聞こえないぐらいの声でつぶやくと、キッと山田の方を見据えた。
「『力』が暴走するぞ……。エターナル・フォース・ブリザード!」




