厨二病の男
「ヒャッハー! 俺たちが新宿・カブキチョーサーバの支配者様だー!」
モヒカン姿の「これ見よがしの悪漢」といった男達が十人ほど、爆音を轟かせながら、重厚な輝きを放つハーレー・ダビッドソンを走らせている。
ここはヴァーチャル・リアリティ(VR)ゲームの人気作「トーキョー・ギャング」(略してトーギャン)のゲーム空間だ。新宿・歌舞伎町の街並みを模した仮想世界「カブキチョーサーバ」において、モヒカン姿のプレイヤー達は、我が物顔でのさばっていた。一般プレイヤーが2、3人、慌てて路地裏に逃げ込んでいく。
「オラオラー! 汚物は消毒だー!」
モヒカンの一人が、レアリティAの強力武器・火炎放射器を振り回して、低レベルプレイヤー達を威嚇した。大型バイクに跨り、ゲーム内衣装である黒い皮ジャンを着込んだ彼らは、仮想現実とはいえ、異様な迫力と「世紀末感」に満ちていた。
彼らは一様に高レベルのヘビーユーザーであり、気分次第で残虐なPKを行う、無法者集団だった。トーギャンは、ギャング達の抗争をテーマにしたゲームである。ここでは、強いものこそが正義なのだ。
「オイ、そこの黒マント! どけやああ!」
モヒカン集団が、道路脇に佇む一人の男に目をつけた。その男は、騒音の中でも一人静かに佇み、まるで悪漢達が目に入らない……とでもいうように、仮想現実の街並みをしきりに観察していた。
「オイ! そこのお前! 聞こえねえのか!」
モヒカン達が、ハーレーを道端に止めて、一人、また一人と黒マントの男に接近した。全員で逃げ道をふさぐように、四方を取り囲む。圧倒的な暴力を誇示するため、血祭りにあげるターゲットが確定したのだ。
黒マントの男は、ゲーム内の作法に無知なのだろうか。モヒカン達など気にもとめない、といったよう一瞥をくれると、また街並みに視線を移そうとした。
「てめえ、なめてんのか! 俺たちは、泣く子も黙る悪の組織、『カノッサ機関』のメンバーだぞ?」
モヒカンの一人がすごんだ。……厳密にいえば、ゲーム内で自分の分身となるキャラクターに、威嚇のポーズをとらせた。声は、ボイスチャット機能により、仮想空間で自分周辺にいるプレイヤーに届くようになっている。
「……貴様らの下等な組織名など、なんの興味もない。」
黒マントの男は、長く伸びた前髪を少し、人差し指でかきわけた。髪の奥に隠れた瞳から、一瞬、殺気が走る。
「ケガをしたくなければ、早々に立ち去るがいい。」
「はあーーん?」
別のモヒカンが、相手を小馬鹿にしたように大きく口をあけて、ゆらゆら体を揺すりながら男に近づいた。
「はい、今のふざけたセリフにより、お前はPK決定! オイコラ、どんな風に殺してほしいか、言ってみな?」
モヒカンが、男を軽く小突いた。
次の瞬間。
マントの男が、大げさなアクションで右手を押さえ、うずくまった。よく見ると、右手には包帯が何重にも巻いてある。どうやら男は、ワナワナとふるえる右手を、必死に左手で制している――ように見えた。
「ぐっ……! 貴様ら、すぐに消えろ! 『力』が暴走する……! 俺でも抑えられん……! どうなっても知らんぞ!」
「はあ? バカじゃないの、何その設定。ひょっとしてお前、厨二病なの?」
厨二病とは、「中学二年生(=厨二)がするような妄想」にとらわれている状態を指す。見る限り、黒マントの男の眼差しは真剣そのものだが、これはおそらく、彼が自分で考えた「設定」を演じているのに違いなかった。
ただその時、金属製の首輪をしたモヒカンが一人、ハッと何かに気づいて後ずさりをした。
「お…おい、ちょっと待て。俺は聞いたことがあるぞ。」
「ああん? なんだお前、どうしたあ?」
「黒いマントを着て、右手に包帯。長い髪。そして、圧倒的な高レベルのプレイヤーの名前を……。」
後ずさりをした首輪モヒカンの、ただならぬ怯えように、周囲のモヒカン達にも若干の動揺が広がった。
「なんだそりゃ……。圧倒的な高レベル? そんなプレイヤーがいるのか?」
「確か、その男の名は……!」
「うがあああああああ!」
突如、黒マントの男が天を見上げて咆哮した。モヒカン達が全員、ビクッと体を縮こまらせ、様子を伺う。男は雷にうたれたようにしばらく硬直していたが、数秒後、ゆらりと目線をこちらに向けなおすと、鋭い眼光を飛ばした。
視線の先にいた首輪モヒカンの、瞳孔が開く。おびえながら、絶叫した。
「思い出した……! 奴の名は、『厨二病の覇王』!」
ドヒュン、と音がした。男が地面を強く蹴り、マントを翻して首輪モヒカンに飛びかかった音だ。




