act1 勇者召喚 03
「転生者」という言葉に立合人として参内した各国の大使たちが色めき立った。
「転生者がいるとか召喚前に明かすなんて珍しいな。」
大使の一人が呟いた。
「いつもは違うのですか?」
アグレアス第三王子が問うとその大使は頷いた。
「私が記憶する限りですが初めてですね。うっかりなのかワザとなのか殿下はどう思われます?」
「枢機卿の序列一位であるグロッケンバウム猊下がうっかりとかは無いでしょうね。」
「ではワザと?」
「そう明かした事で各国がどう行動するのかを観察するためか、牽制の可能性もあるかと。」
「なるほど。」
大使は魔法陣の方へと視線を戻した。
*****
儀式が始まり、枢機卿達が魔法陣に魔力を流し始めた頃、アグレアスの耳元で妖精達が騒ぎ出した。
ミツケタ!
ウタ、キコエル!
コッチニ、モドッテキテ!
立合人の中で妖精達の騒ぎに気付いているのはアグレアスと先程話をした大使だけのようだった。
全ての属性の魔力を得て輝きを増した魔法陣の中には、神託通り三人の人影が現れた。
その人影に向かって妖精達がフワフワと嬉しそうに飛んで行く。
魔法陣の輝きが消えて三人の人相がはっきりと判るようになるとリカルド枢機卿のみ魔法陣の中へ入り三人と話し始め、残りの枢機卿達が立合人達の方へと移動してくる。
アグレアスは妖精達が特に多く取り囲んでいる一番小さな少年を思わず見つめた。
少年は少し怒っているような視線をリカルド枢機卿に向けていたが他の枢機卿達が動き出したのにつられたのか立合人達の方へ顔を向けた。
暫し視線が合った。
少年は懐かしい者を見るようにアグレアスの金色の瞳を見つめた。
けれど枢機卿達の間を逆走するように大使の一人がヨロヨロと歩き出したことで少年の視線がアグレアスからその大使へと移動する。
少年は大使の顔を見ると満面の笑顔で駆け寄って抱きついた。
「父上!」
****
転生者が立合人達の目の前で前世の家族に再会した。
その家族は立合人の一人でフォーティス大公国の大使だった。
転生者をどうにか自国へ連れ帰れないかと思案を巡らせていた各国の大使達の顔色が悪くなった。
「フォーティス大公国の大使って教皇聖下の親族だったな。」
「娘婿だった筈、ということは・・・」
「教皇聖下の孫?」
「転生者だから孫の生まれ代わり? 今は血縁じゃない、よな?」
*****
──公にはされていないが、勇者が召喚されるには条件がある。
古の勇者の血族であること──
古の勇者は異世界から召喚された双子の兄弟だった。
魔王を封じた後、一人はこの地に残り、一人は帰還した。
残った勇者の直系の子孫が教皇を代々務めるグロッケンバウム家である。
そして召喚される勇者は帰還した弟の子孫で聖剣や聖杖などの聖具に選ばれた者達だけだ。
召喚される転生者にも条件がある。
前世も今世も古の勇者の血族であること。
前世の記憶を持ち、前世の肉体の一部──大抵は遺骨か毛髪──がこちら側に残っていること。
召喚された転生者、ということにはなるが、事実は違う。
どこかにある肉体の一部を呼び寄せての蘇生だ。
今世の肉体が死に瀕した時に、女神の意志によって行われる救済だ。
「一体誰が持っていたんだろうな・・・」
リカルドは妹の生まれ変わりを抱きしめて泣いている父親を見つめながら呟いた。
魔物に食い尽くされて骨の一つも残っていなかった筈の妹の生まれ変わりの少年が召喚された。
誰かが毛髪か何か、肉体の一部を隠し持っていたのだろう。
その持ち主は今頃それが消えて驚いているだろうか?
それとも無くなった事に気付かぬまま、か・・・
願わくば気付かぬまま、一生、忘れ去ったままでいてくれればいい。
少年はゆっくりと前世の妹の姿に戻るだろう。
そうなる前に妹の死に関わったこの国から遠ざけて、今世はどうか穏やかに幸せな日々を過ごせるように守り抜く。