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ヤンキー令嬢は、魔王とかどうでもいい



「……ん? ああそれで暗い顔してるの?」


 なーんだという軽い調子で言われて、ルーシーの前に気力の薄い顔で立っていたエリノアが唇をムッと引き結ぶ。

 目はじっとり恨みがましく、ちょっぴり涙も滲んでいるが……それは相手がルーシーだからである。

 この義理の姉は、エリノアの涙ぐらいで言動が左右されない。だから安心して恨み言も言える。

 これがブレアやブラッドリーが相手だとものすごく大ごとになる。


 ともかく、ブラッドリーと旧トワイン家の件にはルーシーはまったく関わりがない。ぐっと恨言は堪えた。

 そう。ルーシーの軽い反応に相応しく、旧トワイン家領は本当にあっさり弟の手中に収まってしまった。あっさりすぎて──エリノアも、もはや打つ手はなかった。

 できたことはといえば、領主や領民たちが無事なのかを確認するくらいのこと。

 弟は関係ない者を虐げたりはしないと思うが、父を陥れたビクトリアに加担した者へは、容赦をしないきらいがある。それで領主を心配したが……幸いあのあとテオティルに頼み、すぐに旧トワイン家領に向うと、領内はほのぼのとしていて特に異変はないように見えた。エリノアとしてはそれが逆に怖かったが……どうやら、領主はまた精神と記憶の操縦によって魔王軍に落とされたようだ。

 件の地で到着したエリノアを出迎えたのは、白犬と老将と女豹婦人。

 生真面目な魔将と、冷静で穏やかな元老将、そして案外常識人の婦人と──エリノア的には若干、まだホッとできる布陣だったが……。

 領主は陛下の従順な僕になりましたのよ、おほほ──と。満足げに微笑むエプロン姿のコーネリアグレースの頬には、べったり血がついていて……エリノアは、本気で怖かった……。

(あとになってメイナードに聞いた話では、あれは出立前に彼女が肉を捌いていてその時についたものだろうとのこと。察するに、婦人はエリノアを驚かせるためにわざとそのままにしていた)


 そしてエリノアは、すぐに弟を叱るためにアンブロス邸に向かう。

 ──しかし、弟はどうやらきっちり姉が来ることを予想していた模様。エリノアの問いただそうとするパワーを圧倒する熱量シスコンパワーで姉を歓迎して──。

 もちろんエリノアは、あれよあれよという間に諸々をうやむやにされた。

 まったく卑怯なことに、こんな時のブラッドリーは幼い頃の面影を全面に押し出し、愛くるしい弟の顔をする。エリノアに甘えるすべに関しては、彼に比類するものはいない。

 配下に冷たく命令を下した同じ口で、姉には思慕を囁き、うまいこと彼女の保護欲を引き出すことがこれほどうまい者が他にあったら──多分ブラッドリーに消されるだろう。

 幸い、彼がかろうじて認めている姉の婚約者は、口下手で恋愛には奥手。……それがもしかしたら彼の命を繋いでいたのかも知れなかった。


 さて、そのようなわけでいつでも安定的に誤魔化されやすかった勇者エリノアは。

 義理の姉ルーシーと待ち合わせをした離宮のエントランスに立ち尽くして、少々落ち込んだ顔をしている。せっかく外出用のきれいな服を着せてもらっていると言うのに、しぼんだ顔のせいで台無しである。


「……勝てない……最近ブラッドリーに勝てる気がしないの……っ! なんで……?」


 前は叱ればそれなりに言うことを聞いてくれたが……最近はおもしろいくらいにそこまで行きつかない。その前にどうやっても煙にまかれ、愛にまかれ……そんな自分の不甲斐なさに思わず頭がずっしり重く傾いていく。

 と、そんなエリノアに、こちらも外出用の装いをしたルーシーが日傘をクルクル回しながら、さほど興味もなさそうに言う。


「あー……最近離れて暮らし始めたからじゃない? 毎日顔を見てたあんたに会えなくなって鬱憤が溜まってるんだと思うわ。少し距離を取ったらあいつもマシになるかと思ったけど、ああそう、悪化したのね」

「⁉︎ ⁉︎ 悪化⁉︎」

「まあやりたいようにやらせとけば? 別にこの件では悪党が困るだけで、あんたにもブレア様たちにも、領民にも迷惑はかからないでしょ?」

「で、でも……」

「そもそもはブラッドリーのものになるはずだったんだし、ビクトリア様に尻尾振ってアンタらが受け取るはずだった領地で好き勝手やってた金持ちなんてどうなろうと知ったことじゃないわ」


 ルーシーが冷たく吐き捨てる“好き勝手やってた金持ち”とは、もちろんエリノアの父らが手放さざるを得なかった旧トワイン家領をビクトリアに任された貴族のことである。

 エリノアはその言葉に、そんな簡単な話で片付くはずがないと思ったが……ルーシーは義理の妹の困窮をすっとぼけた顔で見ぬふりをして、反骨精神の強い顔で微笑む。


「ふん、ブラッドリーも旧トワイン家領を取り戻すなんて──やるじゃない」


 明らかに喜んでいるルーシーに、エリノアはちょっと遠い目をする。──が、義理の姉はさらに恐ろしいことを言うのだ。


「ま、大丈夫よぉ、相手は他にも領地があるんだから、小領をひとつ手放したくらいじゃ死にやしないし。私はそれよりも、旧トワイン家領を取り返した勢いで、そいつらの持ってる領地全部乗っ取ってやろう……てことを小坊主(ブラッドリー)がやりかねないってところを心配したほうがいいと思うわ」

「ぅ゛、ぁ゛ああああ⁉︎」


 にっこりさらりと言われた言葉に、エリノアは喉が引き連れたような声で悲鳴をあげる。


「ちょ、こ怖いこと言わないで姉さん!」

「現実見なさいエリノア」


 あんたの弟、魔王よ、と、しらっと突きつけられたエリノアが、膝から床の上に崩れ落ちた。

 きれいなワンピースの裾を踏んづけて四つん這いになる娘に、背後で使用人たちが「またか……」と呆れ顔。

 ううう……と、エリノアは呻く。


「……ね、姉さん、私……もしかして……お妃様教育とかされてないで、武者修行とかに行ったほうが……よくない……?」


 世間では、自分は魔王を退けたとか言って持て囃されているが……。現状、全然魔王にも、それどころか義理の姉にすら歯が立たない。


「こんなことじゃ、せっかく勇者に憧れてくれているちびっ子たちをがっかりさせてしまわない⁉︎ 永年聖剣を抜きたくて頑張ってきた猛者たちに、顔向けできないんじゃない⁉︎」


 私はまず強くなったほうがいいのでは……と漏らしたエリノアに。その胸に揺れていた雄牛のペンダントが、体育会系のノリを嗅ぎつけてウキッとした声で乗ってくる。


『お、よいではないか勇者よ! ワシと魔界の山にでもこもって修行に明け暮れようぞ!』


 するとすかさず張り手が飛んでくる。


『あうっ⁉︎ 小娘何をする!』

「アホなの? エリノアは今から私と町に繰り出すの、邪魔しないで黙ってなさい!」

『く……このような場所に押し込められておらずばお前のような小娘など──』


 と、言われた瞬間。スンとした顔のルーシーは、雄牛のペンダントをエリノアの首から抜き取ると、それを傍でずっとほんやり見守っていた聖剣テオティルに投げやる。


「おや?」

『ひっ! き、貴様ぁああぁぁぁ……ぁ……──』


 叫んだ魔物は聖剣の手の内に収まると、次第に声を細めていき、そのままスヤ──……と、静かになった。

 まんまと眠りこけた魔物に目もくれず、ルーシーは乙女の顔で微笑み、床の上にへばりついたままのエリノアの腕を引っ張り上げる。


「さ、もう、小坊主のことなんてどうでもいいわよ。エリノアもイジイジしてないで早く立って! 明日ジヴ様に差し上げる手土産を選ぶの手伝ってくれる約束でしょう! ブラッドリーのことばっかり考えて上の空になんかなったら承知しないからね!」

「あ……う……は、はい、で、でも旧トワイン家が──ぐ、あっ⁉︎」


 待ってくれと言おうとしたエリノアであったが、ルーシーは問答無用。エリノアの首に腕を回し、そのままずるずると離宮のエントランスから連れ出していく。と、テオティルがぴょこんとその場で小さく跳ねた。


「あ……待ってください私もお供しますー! 主人様ー!」


 待ってー♪ と。

 聖剣は楽しげに、勇者と、彼女を拉致した令嬢の後を追っていった。



 





お読みいただきありがとうございます。

エリノアたち、離宮の使用人の前で雄牛のエゴンと話をしてしまっていますが……多分、あの魔物も、白犬同様女神が勇者に与えた魔法道具…くらいに思われているのかも知れませんw

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― 新着の感想 ―
[一言] ルーシーねーさんのお話し読めるの嬉しいです。 幸せになって欲しい。
[気になる点] ブラッドリーがその気になったら王国の殆どが知らぬ間に平和裏に魔王の実質支配下に置かれそうな予感。。。 [一言] 知らん間に後日談が始まっとった! 一気読みで追いつきました。 ルーシー…
[気になる点] ブラッドリー君はあざと可愛い仕草とか似合いそうだなと思ってしまいました。 [一言] ブレア様が口下手で恋愛に奥手で良かったと、心から思いました。
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