もう手遅れ
毛並みを乱された魔物はものすごく迷惑そうである。
膨れっ面でキッとエリノアを睨み、そんなの、と、吐き捨てる。
「あんたののんきで暇人(?)な聖剣野郎にやらせればいいじゃないですか!」
が、勇者は悲壮な顔をする。
「テオに、そんなことできると思う⁉︎」
言われたグレンは、まあ無理だろうなとは思った。
どこの誰に聞いても。あのトンチンカンな聖剣の化身には恋愛の手助けなんかできやしないと、きっと満場一致で結論付けられるだろう。
黒猫はせせら笑った。
「じゃ、陛下馬鹿の犬にでもやらせてください。あいつなら、干し肉でも与えてやれば喜んでしっぽ振ってやりますよ」
「あ、あんた……そんなこと言ったらヴォルフガングが傷つくからやめなさいよ!」
魔物が同胞に向かって吐き捨てたその言葉には、エリノアがギョッと心配そうな顔をする。
噂の魔物はとにかくプライドが高い。しかも転送術を操りどこにでも出てくるとあって。
不安そうにキョロキョロ周囲を見ているエリノアに、グレンは途端ニンマリした。何か──企みが見え隠れする笑みであった。
「ああ、大丈夫ですよぉ。あいつなら、今は陛下の命令で旧トワイン家領に……あ……」
「え……?」
黒猫の口から出てきた言葉に。
一生懸命離宮のほうを覗き見ていたエリノアが、ポカンとした顔をグレンに戻す。
何か──……今とても聞き捨てならない言葉が……彼の口から出てきたような気がしたのだが──。
呆然と、黒く丸い獣の顔を食い入るように見つめていると。小悪魔猫の顔はわざとらしく悲壮な顔を作る。
「しぃまったぁ♪ これは言っちゃいけなかったんだったぁ♪」
「……え……ちょ……い、今、なんて言った……?」
まさか……と、うわずった声を出すエリノアに。グレンは、えへ♡ と、笑う。その顔に、エリノアは戦慄した。
「ヒィ⁉︎ ⁉︎」
うろたえた娘は岩の上の黒猫をガシッとわしづかむ。
途端、魔物はくねん……と、しっぽをよじる。
「やぁだ〜♡ 姉上ったら乱暴ぅ♡」
……うざい。いや、それは今は置いておくとして。
エリノアはクネクネする魔物の様子など構っていられないほどに必死。顔面から一気に冷や汗が流れ出していた。
「ちょ……そ、そういえば朝からヴォルフガングの姿が見えないと思ったのよ! いや、う、嘘でしょ⁉︎ ま、まさか……旧トワイン家領を取り返しに行ったんじゃないでしょうね⁉︎」
するとエリノアにぶんぶん身体を揺すられる魔物は楽しそうに笑う。
「いやいやぁ、姉上ったら何言ってるんですかぁ。あの駄犬が出立したのは昨晩ですよ。もー気がつかなかったんですかぁ? この、うっかり♡ さん♡」
「さ⁉︎ 昨晩⁉︎」
その衝撃に、エリノアの手が緩む。と、その隙にグレンは、ガタガタしている娘の両手から、まるでうなぎのようにグンニャリ脱出し。そのまま愕然としている彼女の肩に飛び乗る。
そして魔物は、エリノアの後ろ首にすりすり頭を擦り付けながらケラケラ続けるのだ。
「うーん、どうかなぁ……もう手遅れだと思うなぁ。相手は人間でしょう? あの阿呆が本気を出せば、小領なんか一瞬ですよ♪」
「⁉︎ ⁉︎」
そう言われて思い出されるのは、隣国プラテリア城でのこと。
あの時魔将ヴォルフガングは、囚われた王太子やクライノートの騎士たちを救出するために、警備の厳重な城をものの数分かという時間で、まるで風のように蹂躙した……。
旧トワイン家領は本当に小さな領地で……城なんかあるわけない。
そこには小さな屋敷がある程度のもので………………。
黒猫はニコッと笑う。
「良かったですねぇ、ちょっとちっぽけな気もしますが、弟君の支配地域が増えましたよ♡ あはははは!」
「…………テ──テオォオオオ‼︎‼︎」
エリノアはグレンを放り出し、転がるようにして聖剣を探しに駆けた。
どうやら、ルーシーの恋愛メインゆえに、旧トワイン家領はサクッと落ちそうです( ´ ▽ ` ;)
お読みいただきありがとうございます。
ストック切れたので、また書け次第更新いたしますー