エリノアの協力要請
その話を聞いた黒猫は、開口一番こう言った。
「は、ぁ……? なんでそんな面倒なことに、この私が協力なんてしなくちゃいけないんですかぁ?」
離宮の庭の日当たりのいい池の傍。よく乾いた岩の上でぬくぬくと背中に日光を浴びていたグレンは、そっけない顔でくあっとアクビをしてエリノアから目を逸らす。
「いやですよ、面倒臭い」
せっかくうるさくて凶暴な妹どもの暮らすアンブロスの屋敷から離宮に移って来て、久々にゆっくりしてるのにと言いながら。そっぽを向いてしまった黒猫魔物に、エリノアは必死である。
「だ、だって! もし本当にあんなことを姉さんがブラッドリーたちに依頼したら大変なことになるじゃないの! そんな──魔王を恋愛に巻きこむなんてそんな恐ろしいこと──ルーシー姉さんならやっちゃいそうで怖いんだもの!」
ルーシーはブラッドリーとはあまり仲がよろしくないが……どうにもこうにも交渉上手である。いや、かなり強引に物事を押し通すのが天才的に上手いだけなのだが……。その強引さは、時にブラッドリーや魔物すら翻弄する。
あの義理姉にはブラッドリーを動かす手段ならば色々手数があるに決まっているのだ。
そうワナワナしているエリノアに、グレンはチラリと視線を戻す。
(『魔王を恋愛に巻きこむなんて』て……? え……? この人まさか、もう十二分に自分の恋愛に陛下を巻きこんでること気がついてないのかな……?)
グレンは怪訝そう……というか、残念なものを見る生温かい目である。
と、彼は仕方ないなぁという表情で、ええそうですねと勇者との会話に応じてやる。
「あのサドっけの強そうなお姉様の傍には、現在陛下最愛の姉上様がいますものねぇ。そりゃあ脅しも取引もネタには困りませんよねぇ。姉上様にも今は陛下に内緒にしなきゃいけなことがいっぱいありますものね♡」
「………………」
ブレアのこととか、ブレアのこととかぁ♡ と、ケラケラ笑う猫の言葉に現実を突きつけられたエリノアは、黙したまま気が遠くなった……という青ざめた表情で天を仰いでいる。
しかし、確かにその通り。
ここで起こったエリノアの恋愛事情は、はっきり言ってほとんど恋バナに貪欲なルーシーには筒抜けである。
そのネタを使われたらエリノアはかなりのピンチ。
そしてルーシーは己の恋愛の為なら手段を選ばない構え。きっと、大変なことになる。(※エリノアにとって)
「い、いや……それは自分でなんとかするわよ……でも、とにかくブラッドリーを引っ張り出したくないのよ! せっかくの貴重な姉さんの恋なのに……魔王なんて出てきたら、怖いっていうか……平和にきゃっきゃうふふできないじゃない⁉︎ ブラッドリーと姉さんが手を組む前になんとかジヴ様との仲を取り持ちたいの! 平穏に! 穏便に!」
エリノアは必死だが。しかし不安材料はまだある。
ルーシーの話では、素敵な紳士のジヴを狙う者は他にもいるらしく……。
ルーシーがジヴの屋敷に招かれたことを知ったライバルたちからは、すでに色々チクチクやられているらしい。ジヴの手前、義理姉はまだ反撃は控えているようだが……。
先ほど、去り際のルーシーは言ったのだ。
おほほとわざとらしく笑いながら。
『……見てなさいよ、売られた喧嘩は徹底的に買うんだから。もしあのお姉様方のせいでジヴ様に嫌われでもしたら……』
──地獄を見せてやるわ。
「ヒィッ!」
そう低く宣言した時の義理姉の顔を思い出したエリノアは背筋を凍らせて悲鳴を漏らす。
ゾッとしたエリノアは、岩の上に身を投げ出すようにグレンの毛並みに縋った。
「っお願いよグレン!」
「ちょ……せっかく毛繕いしたのにぃ!」
お読みいただきありがとうございます
エリノア…そいつでいいのか……?




