おじ様界のレアキャラ
そこはかとなく、そうしてくれなきゃ泣くからねと拗ねたような顔で脅されたエリノアは素直に頷く。そりゃあ、大事な義理姉の恋路ならばもちろん喜んで協力するつもりでいるのだが……。
ルーシーは、頭を縦に振ったエリノアを見ると、今度はまなじりを下げる。……なんとも忙しいことである。
表情がコロコロ変わる義理の姉を見てエリノアは、これはよっぽど噂の御仁が好きなんだなぁと改めて感心した。
あのねとルーシーはほんのり赤い頬で言う。
「パパはすっかり私がジヴ様に嫁ぐと思いこんでる……ふふ、もうパパったら先走りすぎよねぇ!」
「っわ⁉︎」
と、いう割に嬉しそうに言って。ルーシーはバンッとエリノアの背中を張り飛ばした。もちろん勇者という割に足腰が弱いエリノアは、その強打につんのめって床に転がりそうになるが──。
ルーシーはそんな義理の妹の腕をすかさず掴み、ぐいっと引き戻して華麗に抱き止める。
目を回しそうな顔で自分の腕に戻ってきたエリノアに、ルーシーは弾けるような笑顔を向けて何事もなかったかのように話し続ける。……エリノアのグルングルンの目になど目もくれない。
「でも! それで何も言われないってことは、つまりパパは反対じゃないってことじゃない⁉︎」
「え、ええ……そうですね……(目……目が回る……)」
一生懸命目の焦点を合わせながら頷いてやると、ルーシーは黄色い声を上げて。今にもエリノアを振り回して陽気に踊り出しそうな様子。そんな彼女には、エリノアも思わず苦笑が漏れた。
恋まっしぐらな顔が、可愛くて微笑ましかった。
(これは……ぜひ想いを遂げてもらわねば……わたくしめも今後のために学ばせていただこう……)
エリノアにとってルーシーは一番傍にいる恋のお手本である。ブレアとの仲を深めるためにぜひ参考にさせてもらおうと。娘はウキウキしている令嬢に向かって手を合わせる。
……残念ながら。駄目だよ──その規格外なお嬢様を見習ったら大変なことに……と、忠告してくれるような常識人はその場にはおらず。エリノアはニヨニヨ義理の姉を拝んでいる。と、その令嬢の顔が急に曇った。
「あれ? どうかなさいましたか……?」
尋ねると、ルーシーは心配そうに言った。
「……ね? でも……もしここで私がジヴ様を射止められなかったなんてことになったら……パパががっかりしてしまうじゃない? パパはこんな跳ね返りの私が、誰かと結婚するなんてことはないだろうってすっかり諦めてみたいなんだもの。私だってジヴ様以外はお断りだけど!」
ツンっと顎を上げて言い切る令嬢に、エリノアはまあそうだろうなぁと思った。
そもそも……ルーシーの理想の人は永らく父タガートであった。
だが、一国の将軍として、責任も、功績も、人望も、分厚い筋肉も、素敵なヒゲも。様々なものを積み上げてきたような御仁に比類するような若者が、そういるわけがなく……。
昔はエリノアも、ルーシーが本当に好きな人が見つけられるのかなと案じていた。
そこへきて、彼女が父親とはまったくタイプの違う紳士にコロッと行ったのは、本当に意外としか言いようがない。が、だからこそ、根が深そうだと思う。
もしこの恋がうまくいかなかったら──そんなことはあまり考えたくないが──再びルーシーが新たに好きな人を見つけるのはかなり困難なのではないだろうか……。
父親似にせよ、ジヴに似た男性にせよ、そうそういるようには思えないのである。
(おじ様界(?)でもあのお二方はなかなかのプレミアムレアキャラだと思うんですよね……)
ゆえにエリノアは、なんとしてもこの義理姉の恋を実らせてやりたい。
でなければ、きっとルーシーは将来、天下一の女将軍とかになって敵将とか盗賊とかをバッサバッサ討伐するようになってしまうに違いない……。(※タガートとエリノア共通認識)
(……いえね、そういう姉さんもきっと素敵よ? 国にとっても頼もしすぎる将来像だけどもね……)
現在のルーシーが、ジヴを想うと途端にこうも乙女化するのである。こんな顔を見てしまった以上は、この想いを叶えてあげたいではないか。
……女将軍もいいけれど。ここはやはり。
……と。
そんなあれこれを考えて小難しい顔をしていると、ルーシーは黙りこんだエリノアの腕をまたガシッとつかむ。
「分かったわねエリノア、協力してよ⁉︎ 全面的に、よ⁉︎」
「ぅ、も、もちろんです!」
と、頷いてしまった後でルーシーは恐ろしいことを言う。
「あんたも、もちろん聖剣様も、聖獣様も、あの黒猫もだからね⁉︎」
「え⁉︎ グ、グレンも……⁉︎ ですか⁉︎」
エリノアはギョッとする。
それはなんという恐ろしい計画……と言いかけたエリノアに、ルーシーはあら当然よという顔で続ける。
「この恋は絶対に逃がせないの。もちろん使えるやつには全員協力してもらうわ。魔物だろうと、第二王子であろうと」
「ちょ……ブ、ブレア様はダメですよ⁉︎」
お忙しいんですからと慌てるエリノアに、ルーシーはさらに恐ろしいことを言う。
「何言ってんのよ、私、魔王にも協力してもらうつもりなんだから。王子にも出てきてもらわなきゃ話にならないでしょう?」
「は、はぁっ⁉︎」
胸を張って堂々宣言する姉にエリノアは戦慄する。
「ねねねね……ね、姉さん⁉︎ ブラッドリーまで引っ張り出すの⁉︎ せ──世界征服でもするつもり⁉︎」
「はぁ? 馬鹿なこと言わないで。恋愛よ」
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