お嬢様の、魔王は後回し命令
高身長を生かして上から高圧を注いでくる義理姉に勇者が怯える。ルーシーはその顔にニヤリと勝者の顔をする。
「……と、いうわけで。あんたには、全面的に協力してもらうからね?」
「……へ? きょ、協力……?」
エリノアがポカンとした瞬間、ルーシーはもはや逃がさんという顔で。さーて何からやってもらおうかしらねぇと、組んだ指をポキポキ鳴らす。
エリノアは真顔で心底思った。
(……、……、……怖い……)
勇者はピーンときた。
この流れはまずいやつである。きっと、とんでもない無理難題が飛んでくるに違いない。
いったい自分はこの体育会系の義理姉から何を要求されるのだろうか。エリノアが考えこむような顔をする。
(……今すぐジヴ様のお屋敷まで走って恋文を届けてこいとかかしら……? それとも奥方様(※ルーシー母)に体当たりでジヴ様との交際の許しを直訴しろ(※まだ早い)とか……? いや……もしかして、落ちこんでおられるタガートのお義父様を慰めてこい、と、か……?)
エリノアの頭には、ガチムチ体型の将軍タガートを慰めるために、己が共に川辺を必死で走ったり、ひいひい言いながら筋肉トレーニングに励んだり、ぶつかり稽古で吹き飛ばされたりする様が思い浮かぶ。
哀れなことに──恋の協力と言われても、どうしても走らされたり、体当たって砕けてこい的な発想しか出てこないあたり、エリノアもまだまだ恋愛の経験値が低い。普段のルーシーがあまりにも拳に訴える系であることも影響しているのだろう。
そんなことできるかしらとエリノアは要らぬ心配で恐々としているが。彼女の不安などお構いなしで、ルーシーは口の端を持ち上げる。次の瞬間、悪どい顔をしていた彼女の身がさっとひるがえったもので、エリノアは驚いてビクッとする。と、義理姉の機敏な手が長椅子に置いてあった鞄の中に差し込まれた。かと思ったら、そのまま何かをぐいっと鼻先に突きつけられた。
「⁉︎」
唐突に顔面に迫ってきた白い物にエリノアが思わず身をすくませる。
「ひぇっ⁉︎ じ、直訴状⁉︎」
「は⁉︎ ちょ、何が直訴状よ! よく見なさい!」
「え……て、手紙……?」
叱咤されて、そろり……と恐る恐る見ると……。フリルのついた小さな鞄の中から義理の姉が取り出したのは、一通の手紙。
白い封筒の中央には真紅の封蝋が施されている。
やはり恋文を持って走るのかと一瞬思ったが……それはすでに開封済みのものらしかった。どうやら直訴状でも、果し状でもなさそうである。
「?」
ルーシーが喜色満面で言う。
「言ったでしょ! 私、今度ジヴ様のお屋敷に! しょ、招待されのよ!」
そして幸せそうに白い封筒を己のほうへ引き戻しては、差出人の名前を見てニコニコと、まるでその手紙が件の紳士そのものであるかのようにうっとりした瞳で見つめる。
「あ……ああ……そういえば……もうすぐお約束の日ですか……」
笑顔を向けられたエリノアは思い出した。そんな緩慢な反応に、ルーシーは「こんな大事なことを忘れていたのか」と不満げな顔。
責めるような目に、エリノアは慌てて謝るが、しかし、彼女にも理由があった。
忙しかったのだ。ここのところ──弟が旧トワイン家領へ侵攻しようとしていて──それをなんとか止めようとしていたもので。あまりに必死過ぎてうっかりしていた。
だが、確かルーシーは、ジヴから招待されたものの、忙しい彼の都合でまだ少しその日までは時間がある──と、言っていたが。そういえばその日はもう間も無くである。
と、ルーシーは顔を上気させたまま言う。
「あんたも魔王に構ってる場合じゃないのよ! あんたには私に協力する義務があるんだからね!」
「は、はい……」
魔王を後回しにしろとは……大概な強要だが……。
今のエリノアにはこの義理の姉に逆らう意気地などとてもなかった……。