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それぞれの受け止め


 

 そのあとの、タガート家はもちろん大騒ぎになった。

 娘に婚約を知らされたタガート夫人はいつもの金切り声を忘れて絶句して、相手がジヴ・ハーシャルだと知ると、さらに深く押し黙った。

 タガート夫人は、多くの貴族の母たちがそうであるように、一人娘のルーシーにはいい婚姻を結んでもらいたいと願っている。そのお眼鏡によると、ジヴは国王の覚えもめでたい知識人で、立派な職にもついている。おまけに長男ではなく、タガート家への婿入りを頼めば嫌とは言うまい。

 財産はさほどでもないだろうが、それはどちらでもいい。タガート家は、自分たちで大いに稼いでいる。

 夫の爵位の継承問題がどうなるかは、微妙だが、その辺りは義理の娘となったエリノア伝手にでも王家に頼み込めば、なんとかなると踏んで──……。

 つまり、夫人的に言えば、ジヴは娘の相手として大いに合格であった。

 年齢の差などはどうでもいいという豪快なところは、さすがルーシーの母である。彼女はそれをカケラも問題にしなかった。

 もしここで彼女がそれを問題にすれば、タガート家は、娘と母による全面戦争で大変なことになっただろう……。


 さて。片や、父将軍タガートはといえば、すでに諸手を挙げてジヴを娘のパートナーとして望んでいる。

 こちらは婦人よりはさらに条件などはどうでもいい。ただ、娘の鬼破天荒な気質を宥められるような人物ならば。

 この婚姻の噂にもっとも安堵していたのは、エリノアを含めた家族だが。意外にも、この報はタガートの配下たちをとてもホッとさせた。

 タガートは、もうずっと以前から後進の育成に取り組み、将来の国を支える配下たちを育てていた。そんな者たちにとって、ルーシーは大いなる脅威であった。

 なぜならば、彼女が軍に入ってしまうと、易々出世するのが目に見えていたからである。

 易々出世し、自分たちを押しのけて、たちまち将軍職に登り詰めタガートの跡を継ぐに違いない。

 そんな意味合いもあって。彼女の入隊を阻止したジウは、タガートの配下たちに密かにとてもとても感謝されたらしい。


 しかし逆に、この話に複雑な思いを抱いたのが、ルーシーの家人たち。

 皆、いつもルーシーには振り回されているが、彼女は実に雄々しい彼らのリーダーであった。

 そんな統率力のある令嬢が屋敷からいなくなることを、皆大いに惜しみ、不安に思った。さすがの将軍家。護衛から見習いの女中まで。皆が皆体育会系の気質であった。──いや、それってみんなマゾっけがあって、自分たちの女王様を失うことを悲しんだだけじゃないですか? ……と揶揄して笑ったのはグレン。

 まあその真偽はともかくとして。そのような訳で、此度のルーシーの婚約話は多方面に様々な波紋を起こすこととなった。


 そして、ここにもその話題で盛り上がる人外が。


「えー? なーんだぁ、結局収まるところに収まっちゃったのかぁ」


 エリノアの離宮で面白くなさそうに声を上げたのは、黒豹の顔をした魔物。

 テーブルに置かれたぬるい茶の器を手に取りながら、不満そうにそれを飲む。


「つまんないなぁ。もっと遊べると思ったのに。あっさりまとまりすぎじゃない? あーあ、あの面白いお姉様が結婚して大人しくなったりしたらがっかりだな、それに姉上様(※エリノア)がおろおろするのも見ものだったのにぃ」


 まあ……結婚くらいでルーシーが大人しくなるかどうかはさておき。不満げな魔物の言葉を聞いて、たった今魔王の使いから戻ったばかりで疲れ果ててソファで丸くなっていた白犬は、寝そべっていた身体をむくりと持ち上げて、グレンの顔を睨みつける。


「……貴様……呆れたやつだな! あれだけ大騒ぎしておいてまだ足りぬと言うのか!」

「えー? あんなのささやかなお遊びじゃない」

「馬鹿者! 貴様のせいでだな! エリノア(あやつ)は街に降りるたびに、毎度聖剣目当てのミズ・クレンゲルとかいう人間女に付け回されて大変なんだぞ!」


 ヴォルフガングの言う通り、ここ最近王宮から出るたびに、エリノアはミズ・クレンゲルの猛攻に合う。もちろん彼女の目当ては聖剣テオティル。

 すっかりジヴからテオティルにターゲットを変えたミズ・クレンゲルであるが……。もちろん、あの浮世離れした聖剣の化身が、彼女を相手にするはずもない。そういった場合、ミズ・クレンゲルから被害を受けるのは、当然持ち主たるエリノアである。

 ヴォルフガングは、忠犬のような保護者のような顔でグルルと唸る。


「あの女はとにかくしつこい! 聖剣が相手にせぬと、すぐにやつに泣きつこうとする! エリノアはな! とにかく押しの強い女には弱い!」


 大抵はミズ・クレンゲルが突撃してきても、ヴォルフガングや護衛の騎士たちによってそれは阻まれるのだが……。それでも、一瞬でも嘆く女の顔を見てしまうと、おろおろするのがエリノアである。エリノアには、人外の力を使って彼女をジヴから遠ざけたという後ろめたさがあるから余計である。


「あいつは隙あらば、あの面倒な女の力になろうとするから厄介だ!」

 

 もちろん、ミズ・クレンゲルと、ミジンコほどもその気のないテオティルをくっつけようというのではないが。エリノアが、『何かミズ・クレンゲルに罪滅ぼしができれば……』と、思っているだろうことは、容易に想像がつく。

 エリノアは、ミズ・クレンゲルが先日の件で、ジヴを射止めるために裏で悪党まがいの行いをしていたことをほとんど知らない。

 だが、ミズ・クレンゲルの纏う薄い魔力の色で、彼女の胡散臭さを見分けているヴォルフガングは心底嫌そうな顔をする。


「俺様から見ると、あのクレンゲルという女は大概腹黒いぞ! あんな女がエリノアの周りをチョロチョロしているのは目障りだ!」


 しかし、憤慨する白犬に文句を言われたグレンのほうは、つんと知らん顔を決め込む。


「そぉんなこと言われたって知らないよぉ。別に私がその女を聖剣に執着するように仕向けたんじゃないしぃ。勝手にあそこにいて、綺麗な顔をピカピカさせて目立っていたのは、聖剣野郎でしょ。知ったこっちゃない」


 私のせいじゃないもーんと、グレンは飄々と茶を楽しむ。そんな同胞に、白犬は大いに呆れ果て、深々とため息をこぼした。


「あああ……これはまだまだ厄介ごとが起こるぞ……」


 なんといっても。エリノアが面倒ごとに巻き込まれていると知ると、見境のない魔王が控えている。

 ルーシーが結婚するとなると、当然魔王ブラッドリーも式に招かれるだろう……。

 ヴォルフガングは白い毛並みをぶるると寒そうに震わせた。


「い、胃が痛い、何故俺様がこんな苦労を……鬱屈とした闇に包まれた平和(?)な魔界に帰りたい……」


 憂鬱そうに呻く白犬にグレンが速攻で突っ込む。


「帰れば?」

「っうるっさい! 絶対に嫌だ! 俺様は絶対に陛下のおそばを離れない‼︎」

「………………」


 怒鳴る白犬魔物に、今度はグレンが呆れている。

『陛下のおそばを離れない!』などと堂々言っておいて。現実には、今はその魔王の元を離れ、その姉、勇者エリノアのそばでのほほん(?)とワンコ生活を送っているヴォルフガングなのである。

 まあつまり、魔界に帰りたいなどとは口だけなのである。


「……すっかりのんきなワンコになって……」


 ふんとグレン。

 そのうちこいつにも盛大な悪戯を働いて、殺伐とした生活を思い出させてやろう。

 ……まあ、その折にはきっと、このせせら笑う小悪魔猫も、案外平和主義な母猫に金棒でぶん殴られることだろうが。


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[一言] ヴォルフガング、そのうちストレスで禿げるのでは……?
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