将軍タガートの大概な愛娘
愛娘ルーシーが、図書館のジヴを想っていることを知った将軍タガート。
まず抱いた感想は。
『……きっと彼には……いろいろ迷惑をかけていたに違いない……』──だった。
贔屓目に見ても、彼の娘は大概な令嬢だった。
昔から、おてんばと称するには恥ずかしすぎるほどの跳ね返り。
世間が娘を陰でどんなふうに言っているか知っている。
『ヤンキー令嬢』
『万年反抗期令嬢』
思うに娘は雄々し過ぎる。
将軍家に生まれついたせいだろうか……。
父の勇猛さと高い戦闘能力を受け継ぎ、母の苛烈な性格を受け継いだ。
愛情深く常識はずれでは無いのだが、物事の通し方が豪快且つ強引。あれではきっと……嫁の貰い手もあるまいと、タガートは半ば諦めた気持ちだった。
以前はもしかしたら、国指折りの武人ブレア王子となら、娘と気も合うのではと期待したこともあったが──。
実際に二人を会わせてみると面白いくらいにそりが合わなかった。
ブレア王子の前に出たルーシーは、最初は王子の悪い噂を信じて怯え、その後は何やら反転し一方的に敵対心を剥き出しにし、手がつけられなかった。
──それらがタガートを想っての暴走であったことを知らない将軍は、そうして散々ルーシーの行動に白目になるほど困らされてきたわけだ。
まあ、もういいのだとタガート。
ルーシーとブレア王子を引き合わせてみた結果、王子は養女のエリノアと親しくなり、婚約するに至った。
きっとルーシーのほうは、行く行くは天下一の女武将にでもなってくれることだろう。
大切な娘ゆえに、危険の伴う武の世界で生きることは本当はやめて欲しかったが、止めても聞かないことだけは間違いなかった。
現在彼女は、勇者となったエリノアを守るのだととても意欲を燃やしているからしばらくは心配ないと思うのだが……。
昔から手習いの合間に、武術道場にこっそり通っていたような娘だ。
それを知った母親が道場費用を打ち切ると、今度は不屈の精神で自分で金を稼いでくるようになった……。
このような娘を……親が好きに制御できるはずがない。そう、もう諦めるほかないのだと……、将軍はそう思っていたのである。
──が。
そんな娘について、ある時エリノアがとても言いづらそうに打ち明けてくれたことがあった。
『お姉様には意中の人がいる』
あれは王家の晩餐会に招かれた時のことだった。その席にはルーシーが嫌うアンブロス家の当主が来る予定で、ルーシーの行動を危ぶんだエリノアは、真面目くさった顔で断言したのだ。
『お姉様を封じ込めるには、あのお方に頼る他ありません!』
──そういう経緯でタガートは愛娘の想い人を知った訳だが……。
その相手を見て仰天した。──が、ある意味納得しもした。
王宮図書館館長のジヴ。
──なるほど。あの穏やかで、豊かな森のように懐が深い男ならば、確かにルーシーを上手くなだめることもできるのだろう。
いささか……いや、かなりルーシーとは歳が離れているのが気になったが──普通の若い男では、娘の勝気さにはきっとついていけないだろう。
そして晩餐会の日。こっそり気配を消して娘とジヴの様子を覗き見たタガートは確信するに至る。
──娘には、ジヴ殿しかいない。
娘の照れ照れと大人しい様子は、父の目にも世にも奇怪なものと映った。
山吹色のドレスを身にまとい、緊張した顔で紳士の腕に寄り添って。彼に穏やかに話しかけられると一生懸命に応え、その言葉に笑顔を返されると恍惚とその瞳に見入る。
──見ているだけでこちらが恥ずかしかった。
まさかとタガート。あのような娘の一面を引き出せる男がこの世におろうとは……。
タガートは、柱の影から身を震わせて感動した。
……そのプルプルする猛将の大きな背を見て、通りかかった者たちは、彼が自分の愛娘を覗き見ていることに気がついて一様に同情的な顔をしたと言う。
(将軍がまたお嬢様に困らされている……)
(天下の大将軍も、親の悩みからは逃れられぬと見える……)
(お気の毒に……)
……みんな、そっとしておいてくれた。
勇者の離宮を訪れた令嬢ルーシーが、そういえばと重低音で切り出した。
「──エリノア、あんた……パパにジヴ様のことバラしたわよね……?」
「……ぅおう……」
ずしり、と、背中に重石でも載せられたかのような気分だった。
お読みいただきありがとうございます。
後日談始動させることにいたしました(^ ^)
ルーシー含め彼女に振り回されるエリノアたちのドタバタをお楽しみいただければ幸いです。