神話の終わり その②
──私は神である。名前はまだない。
どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗い何も無い所で新しい何かが欲しいと願った事だけは記憶している。私はここで始めて人間というものを創った。しかもあとで気付くとそれは生物中で一番虚弱で獰悪な種族であったそうだ。この人間というのは時々私を利用して食いつなぐという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ人間の口車に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。口車の上で少し落ちついて人間の顔を見たのがいわゆる生物というものの見始だろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一私の思ったよりもあまりに弱すぎてまるで葦だ。その後多様な生物を創ったがこんな片輪には一度も出会わした事がない。のみならず顔の真中で両手を組んでいる。そうして顔の真中の突起からぷうぷう言葉を吐く。どうも咽せぽくて実に弱った。これが人間の吐く祈りというものである事はようやくこの頃知った。
この人間の口車の上でしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非情な人間が龍種を私的に利用し始めた。虚弱な人間を他の生物から守るために龍種を創り、その頂点として『古龍の王』という地位と永遠に近しい力を与えたというのにそれを自らの為だけに利用し始めたのだ。到底助からないと思っていると、無性に何かしたくなって人間に介入した。それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考え出そうとしても分らない。
***
「──次の相手はまさかの神かよ、やっぱ俺、最ッ高にツイてねぇ...…」
手首でガシガシと頭を掻きながら、『無敗列伝』は半ば諦めたようにそんなことを口にする。
その隣で、焦燥と困惑が混ざったような顔をしながら康太がウェヌス──その肉体に宿った神の方を見据える。あんまり凝視していると、体が取り込まれてしまいそうだった。だけど、視線を逸らすことなんかできなかった。視線を外していると、体が切り刻まれてしまいそうだった。
「『無敗列伝』、神なんかに勝てるのか?」
「知らねぇよ!俺だって神と戦った事なんかねぇし、何なら会ったのだって今日が初めてだ」
神と戦え──なんて唐突に言われて、状況を飲み込める人の方が少ないだろう。
こうしてすぐに戦う準備ができる2人は、ドラコル教が広く広まっているこの国において貴重な存在だった。康太は日本から来た無神論者で、神と戦う創作物を多数知っているからゲームであるこの世界での「神」との戦いもそういうものだと流せている。だけど『無敗列伝』に関してはそれとは話が別だった。
「一応、俺もドラコル教の信者なんだけどよぉ……」
世界中を旅していた身とは言え、自宅を宗教都市ムーヌに構えていたのだ。人並みの信仰心というものは持ち合わせているだろう。
「──大丈夫か?自分の信じる神と戦えるのか?」
「弱音吐いてる場合じゃないだろ。どう見たって俺も敵対関係に含まれちまってる」
『無敗列伝』の語るに尽きない不運続きの過去には、これまで不本意な争いや理不尽な敵対が多数含まれているのだろう。今更神が相手になっても何もおかしいことじゃない──そんな気持ちを彼の表情が語っていた。
「──あんま無理すんなよ」
「康太こそ無理すんな。対して強いわけでもない癖にいっちょ前にカッコつけやがって。そもそも俺は、『顕現する神の食指』の正体がウェヌスだってわかったあの夜からドラコル教の敵になることは覚悟してたんだ」
『無敗列伝』の言葉に色々と反発を覚える康太であったが、彼が失踪した日のことを思い出して言葉を詰まらせる。もう既に、神にケンカを売ることなど『無敗列伝』には覚悟の範囲内だったようだ。
「──すまん。頼りにしてる」
康太はそう口にして、横目で『無敗列伝』の方を見る。『無敗列伝』も康太の方なんか見ずに、神の方へ一心に視線を注いでいた。
「お話はまとまりましたか?ウェヌスの勝利の為にも死んでいただけますかね?」
殺し合うという選択肢が頭に無いのか、ウェヌスに憑依した神は無抵抗に死んでもらえることを前提に話を進める。もちろん、康太も『無敗列伝』もタダで死んでやるつもりなど毛頭ないので分かり合うことなどできない。
「──残念だが、死んでやることはできない。俺だって自分の身が可愛いからな」
『無敗列伝』のその返事に、神は「そうですか」と呟きながらゆっくりと目を細める。ウェヌス自身も整った顔をしていたが、神をその身に宿して神性を手に入れたことにより、一層美しくなったような気がする。少なくとも康太は、噓っぱちの笑顔を顔に貼り付けてニコニコしていた時よりも美人に見えた。
神がどのような攻撃をしてくるかわからない以上、剣を構えて油断を見せない事しかできない2人だったが、神がこんなことを言ったから思わず驚いてしまう。
「──そうですか。では、アルグレイブ・トゥーロードさんに提案があります」
「なんだ?」
「私の目的は勇者を全員殺すことです。それを邪魔しないでいただければ、アルグレイブ・トゥーロードさんに危害を加えないと約束します」
──『無敗列伝』の立つ瀬が問われる。
ここで神の味方をすれば、『無敗列伝』は難を逃れることになるだろう。だが、それは康太を見捨てることを意味していた。
「──『無敗列伝』」
康太は、震えた声で『無敗列伝』という二つ名を呼ぶ。『無敗列伝』が協力してくれないのなら、康太1人で神と戦うことになる。
『無敗列伝』の決断は──
「自分可愛さは勿論あるがよ、一緒に驩兜を倒したこいつらだって可愛いんだ。ムカつくし生意気なガキだけどよ。見捨てるなんざできやしねぇ」
「──では」
「交渉決裂だ、しようぜ!殺し合い!」
『無敗列伝』が珍しくそう意気込んだと同時、『無敗列伝』と康太の2人は視覚で捉えることのできない質量に殴られ、全身を部屋の壁に強く打ち付けたのだった。





