神話の終わり その①
「731話 弱くなったな」の続きです。
覚えてないよーってかたは730話の後半辺りからお読みください。
──『高慢姫』。
そう呼ばれる女傑がいた。
誰よりも傲慢で、誰よりも高飛車で、誰よりも自信家で、誰よりも熱烈な彼女は、ドラコル王国に来てわずか3週間で多くの記録を打ち立てた。
三苗とのタイマンに始まり、驩兜及び鯀の討伐。
そして、王国戦争ではゴーレムを叩きのめした後に颯爽とその場から去り、その足で三苗との再戦を行い勝利を掴んだ。
風のようなあり方を実践する自適な彼女が、こんなにも素晴らしい記録を乱立できたのは、その自由さが理由だろう。
──そんな最強である彼女に焦がれた女傑が1人。
それは、誰より律儀で、誰より真面目で、誰より慎重で、誰より献身的であったその女傑は、ドラコル王国に生まれて半世紀経った今、やっと1つの記録を打ち立てようとしていた。
神の声を聴く。
それは、800年前に起こった龍種との大規模な戦い──王国戦争の後に、ホーキンス家が与えられた特権であり、『総主教』として君臨する条件の1つであった。
しかし、彼女は姉アポロの逃亡が理由で、神の声を聴くことのできないままで『総主教』として立たされた。
彼女の人生は、責任に縛られたものだった。
初の女性『総主教』という異例な立場に加えて、神の声を聴くことができないのをひた隠しにして職務を進めた。『顕現する神の食指』などと揶揄されながらも、己の責務を全うした。
──そんな責任に縛られていた彼女は、『高慢姫』に──正確に言えば、自由な彼女に焦がれた。
だから、神の声を聴けるようになって自由と責任が一体化した今、彼女の憧れは暴走を始めて、王国戦争の首謀者と手を組む──そんな暴挙に出てしまった。
そして、憧れの対象である愛香に勝負を挑み一瞬で無様にも大敗し、それどころか「驕ったな」とまで言われてしまう。
きっと、このままでは未来のドラコル王国の教科書で、彼女は「愚かな『総主教』だ」と記載され、悪女の例として名を連ねることになるだろう。彼女を苦労を知らぬまま、彼女のことを批判的に描くはずだ。
そんな現実に、彼女──ウェヌス・クラバス・ホーキンスは、絶望する。
だから彼女は、耳元で囁くその甘い声に飲み込まれて──。
[ウェヌス。アナタの肉体を私に捧げなさい]
愛香に大敗を喫したウェヌスの耳から聴こえてくる神の声。
800年前には地上に降り立ったとされる神が、ウェヌスが『総主教』となってから何十年と求めて来た神の声が、ウェヌスの脳に響く。
「──私の、肉体を……?」
愛香は去ってしまったが、この部屋にはまだ康太と『無敗列伝』がいる。
自分勝手に去っていた愛香に置いてかれた2人は、雑談をしながら困り顔を浮かべていた。
[はい。アナタの肉体を私に捧げたならば、アナタを勝利を差し上げます]
ウェヌスだけに聴こえる声で、神はそう口にする。
ウェヌスは、勝利とは何だろうか──と思考を逡巡させることもせずその蜜のような言葉を飲み込んで同意する。
「捧げます。なので、私に勝利をください。お願いします」
[わかりました。アナタはこれまで、よく頑張りました。アナタの努力は、ずっと見ていました]
最後に、神のそんな優しい声が聴こえてウェヌスの意識が薄れていく。
──神との同化。
それは、彼女が女性であることと『総主教』であること。そのどちらもが重なって、初めて実行できることだった。
これまでは男性が『総主教』を継いでいたし、姉であるアポロは『総主教』という権威から逃げ出したから神との同化はできなかったが、今のウェヌスになら起こせる。
──ウェヌス・クラバス・ホーキンスは今、神になる。
***
「──なんだ?」
稲妻が天を割き、地に落ちたような衝撃を覚えた2人は、訳もなくウェヌスの方を見る。
ウェヌスの周囲には、砕け散ったゴーレムの破片が周辺に転がっていた。当の彼女は、跪くようにして地面に倒れており、『総主教』とは思えない惨めさがあった。
──愛香がこの部屋から消えてから周辺に、大きな変化はない。
ただ、康太と『無敗列伝』の2人は大きな違和感を抱えていた。
「──『無敗列伝』。嫌な予感がする」
「奇遇だな、俺もだ」
顔を見合わせることをせず、『総主教』の方を見ながら2人はそう口にする。
『無敗列伝』の嫌な予感は、よく当たる──いや、半分当たる。
残る半分は、当たらない。何故なら、彼の予感や想像を超えた悪いことが起きるからだ。
今回も、その嫌な予感を超える惨事が起こる──。
「──『総主教』、大丈夫か?」
康太が恐る恐る、嫌な予感の発生源である『総主教』の方に声をかける。
返事が無い──わけではない。
「ご心配には及びません。それより、私はアナタ達の方が心配です」
どこか超然とした声で、そう口にする『総主教』。その体は淡い水色をしたオーラが出ているようにも見えた。
「──『無敗列伝』」
「『古龍の王』の味方をした事実があるから、『総主教』を殺したって問題はない。面倒なことになる前に殺すぞ」
「わかった」
そう口にして、『無敗列伝』が大きく跳んで『総主教』の首を斬ろうとするが──
「──ッ!」
『無敗列伝』の剣は、当たることなく空中で制止する。まるで、見えない何かが壁になっているかのようだった。これらの違和感を組み合わせて、『無敗列伝』は目の前にいるウェヌスがウェヌスでないことを直感で理解する。
「──ウェヌスじゃないな?お前、何者だ」
『無敗列伝』が康太の横まで退いてそう問うと、『総主教』ウェヌス・クラバス・ホーキンスの肉体を操る人物はこう答える。
「──ご挨拶が遅れたことは謝りますが、私は何者でもございません。便宜上皆さんが呼ぶのを名だとするのなら、私は神と言うようです。これはお願いなのですが、ウェヌスの勝利の為にも死んでいただけませんか?」
「──神……」
ウェヌスの体を乗っ取った正体不明の人物は、自らを「神」と名乗る。発言主が他の誰かであれば、ジョークだと笑い飛ばしていたかもしれないが、『総主教』であるウェヌスがそんなジョークを言うとは思えなかったし、その超然としたオーラからは真実だと思わせるだけの神性があった。
それは、康太だけでなく『無敗列伝』も感じたのか、彼は口癖のようにこんなことを口にする。
「──次の相手はまさかの神かよ、やっぱ俺、最ッ高にツイてねぇ……」





