砂海の因縁 その⑧
三苗から生えた6本の腕。その中の2本が、バッサリと斬り落とされる。
手柄を立てたのは、愛香の背から生えた土魔法の義手だった。
蓮也が用意したその蜘蛛の足のような義手は、材料が土とは思えないほどに鋭利で攻撃力がある。
その見た目は土色をしたシンプルな飾りのようなものだったけれど攻撃力は折り紙付きで、慣れない人が動かせば自分で自分の体に傷をつけてしまうだろう。
「──残り4本。すぐに斬り落としてやる」
蓮也が放ち、三苗が一刀両断した炎は既に通過し終えていた。左右にも上下にも障害となる物質がない現在、愛香の動きを止めるものはない。
「〈森梟の慧眼〉・乱舞ッ!」
愛香はそう口にして、一気に猛攻を三苗に叩きこむ。甲冑が無い三苗の、肉体の耐久力は愛香と──それ即ち、一般人と同程度だ。
鍛えているとはいえ柔な体を守るために纏っていた甲冑だ。生身が装甲でないのは当たり前だろう。
逆に行ってしまえば、人間の力だけじゃ絶対に壊せないような霊亀の甲羅や皮膚が異常なのだ。
愛香が放つのは、〈森梟の慧眼〉改め、〈森梟の慧眼〉・乱舞だ。
終わりに付く「乱舞」は、背中から生えた蜘蛛の足のような義手をも攻撃に使用しているために付けたものであって、本来〈森梟の慧眼〉に派生技はない。
槍の長いリーチを活かし、「∞」を描くような軌道で振るう中で、その槍ではカバーできないところを6本の義手で攻撃している。
ただでさえ腕が4本に減ってすぐだと言うのに、こうして果敢に攻められては、三苗も実力が発揮できないだろう。愛香の猛攻から逃げるように、一歩ずつ後ろに下がっていく。
「おいおい?腕が2本斬られただけで逃げ腰か?」
挑発しながらも、隙を見せない愛香は三苗の4本の腕の動きを少しずつ見極められるようになっていた。
三苗の剣を振るうときの癖が今は4倍、先程までは6倍で伝わってきていたのだ。三苗の相手の熟練度も4倍・6倍と比例するように増えるだろう。
「──見極めた」
そう口にして、愛香は三苗に向けて強烈な一突きを放つ。周囲にある6本の義手は、まるで花のつぼみのような形を描いて愛香の胴を攻撃から守っていた。
迎撃も反撃もできない現状、三苗が選んだのは──
「──逃すかッ!」
鬼の形相が、愛香から離れていく。後ろに大きく飛び、三苗は刀を全て鞘に納めた。
左右2本ずつの刀を鞘に納めたその姿は、諦めか投了か──。
──否、闘志の表れだ。
「居合か……」
その構えを見て、愛香が静かに口にする。
闘志の具現化と呼んでも遜色ない居合が、静かに準備される。
4本。
左右の鞘に2本ずつ納まっている刀は、きっと三苗の手によって超高速で引き抜かれるだろう。
ドラコル王国の剣技としても、居合の技が2つ──〈絡繰仕掛けの白銀世界〉と〈機械仕掛けの暗黒世界〉があるけれど、そのどちらもが強力な技であり、実際に『無敗列伝』はこの2つの技を使いこなして、龍種の1体である驩兜の巨大樹の幹のように太いイカ足を斬り落としていた。
そんな強力な居合が、もしも同時に4つ放たれるとするのならどうなってしまうのか。
神速の居合が直撃したら、愛香の体には一瞬にして四つの剣閃がぷっくりと浮き上がって、そのままスライスされて死んでしまうだろう。
もしかしたら、愛香を斬ってもその勢いは失われず、剣圧と共に斬撃が生まれ、後方にいる蓮也の首までもを斬り落としてしまうかもしれない。
「だが、逆に言えばこの居合を受け止めるか回避してしまうかすればこっちの勝利はほぼ確実だと言えるな」
愛香は当たり前のようにそう口にするが、龍種である三苗の力強い居合を受け止めるのは、刀が1本しかない時だって難しい。それなのに、今回はその4倍──左右2本ずつ迫ってくるのだ。
それが、全く同タイミングに放たれるのか1本ずつ放たれるのかはわからない。
「──来るのなら、来い。妾が貴様を打倒してやる」
愛香のその判断に、誰も文句は言わない。
蓮也だって、遠くで見ているだけで口を挟むことはなかった。きっと、何か意見しても「貴様は黙っていろ!」と叱責を受けることがわかっていてからだろう。
愛香の腹部には、先程できた一筋の剣閃がある。今でも痛みを発しているけれども、愛香はそれに対する弱音を吐かない。彼女は、強かな女だ。
──だけど、そうだろう。愛香は1人の男を待ち続けている。
その男は、決して自分だけのものにならないことはわかっているのに、彼女は心を痛ませながら待ち続けているのだ。
──叶わぬ恋の痛みに耐え続ける愛香にとって、腹の傷など痛くもかゆくもなかった。
「──刀光剣影」
愛香に向かって迫る人影。
精神統一が終わったのか、三苗は動き出して長きにわたって続けられた戦いに、砂漠から繋がっていた因縁に、終止符を打とうとした。
愛香に極限まで接近し、残された4本の腕で刀の柄を握り、その全てを一気に振るう。
時間差で放つ──などと言った、小賢しい一手は使わない。
三苗は、龍種である以前に一人の剣客だ。刀に生まれ刀に生きたこの剣客は、己の甲冑を壊すほどの実力を持つ愛香に小手先の技で勝とうとは思わない。
三苗にとって誰に対しても誇れる勝ち方になるように、愛香にとって後悔や不満を遺さない死になるように、三苗は全身全霊を愛香に叩きこむ。
「見えた」
愛香の目が光ったように見える。獣が獲物を獲る瞬間のように、愛香の目には稲妻が走った。
三苗はその時、初めて死を覚悟する。これまで、『剣聖』だったりドラコル王国外の猛者だったりと、様々な怪物級の人間と戦ってきたが、その時だった感じなかった「死」というものを感じる。
ここで殺さなきゃ、自分は死ぬ──。
三苗は、全身全霊の力を振り絞り、4本の刀を地面と平行に動かして、超強力な居合である刀光剣影を愛香に向かって放ったのだった。
──三苗の持つ4本の刀と、愛香の持つ6本の土魔法の義手に加えて1本の槍。
それらがぶつかった瞬間、剣圧が胎動し、2人を中心に熱を宿して爆裂したのだった。
その戦いの結末は──。