砂海の因縁 その⑦
両者、向けられる6本の凶刃。
一方は、背筋から腕を6本生やす──という生命の限界を突破する形態に移行し、腰に携える刀を6倍に増やすことでその手を一切持て余すことなく必要最低限のものだけで堅実に戦っていた。
そしてもう一方は、その多腕六刀流に対抗する様に、即興の土魔法で背中に腕──というよりかは、まるで蜘蛛の足のような鋭利な剣を肩甲骨辺りから生やして、元からある腕と合わせて合計8本のそれらを自由自在に操っている。
お互いに引けを取らない状況下、どちらもジャストで攻撃を当ててくるのは称賛するべきだが、それと同時に戦場が拮抗し千日手になる可能性が出ている。
どちらか一方が強化されれば、それに応えるかのようにもう一方もパワーアップする現在、両者が絶妙な均衡を保っていることによって成り立っている現状、それはどちらかが隙を見せれば一瞬で崩壊するもので──。
「──〈紅蓮薙ぎ〉!」
「荒刀無稽」
薙ぐ、薙ぐ、薙ぐ。
炎を纏う槍が大きく振り回されて、燃ゆる残像が宙を力強く撫でていく。
ファイヤーダンスを見ているかのように、パフォーマンスのように炎が動く。実際、炎はダメージ目的ではなくほとんど装飾用に槍に付与されていた。
──というのも、この炎が持つ意味としては、相手に槍を掴まれないようにするための工夫だ。
三苗は現在、6本の腕を持っている。だから、愛香から槍を奪おうと思えば、持っている刀を鞘に納めて奪うことも可能だ。
2本の腕で剣を握り、愛香の首筋や腹部に押し当てたり突きつけたりしながら、残る4本で愛香の槍を奪い取る──そんなプランを立てれば、無理な話ではない。
それこそ、三苗ほどの実力者であれば一瞬の隙を突いてそんなことをしてくるだろう。流石の愛香も、使い慣れていない背中から生えた蜘蛛の足のような6本の義手だけで三苗に勝利するのは難しい。
だから、それを回避するために炎魔法を使用していたのだ。
突き技を使用しないのもまた、同じ理由である。一撃必殺となる可能性を秘めているけれども、失敗した時のことを考えるとあまりにもリスクが大きい。
そして三苗はそんな薙ぎ技を、斬撃を当てることでことごとく無力化している。そこには容赦も慈悲も存在しておらず、ただ三苗の側に軍配が上がることを確実にするためだけの攻撃が行われている。
──と、お互いが勝利を確実にするために剣槍を振るっている戦場だが、ダメージは確実に蓄積されていた。
両者、腹部には大きな傷を負っており、愛香は服が紅く染まっている。それでも尚、回復をしないのはそれをしている余裕がないからで、回復していたら逆に死ぬ──と、本能で理解しているからである。
三苗が、愛香を満足させるだけの実力者であることは、彼女が槍を振るうのを止めていないことも明らかだろう。愛香に一興と言わしめるだけの実力を持つ三苗。
きっと、愛香を楽しませることができる龍種は、三苗だけだろう。
応龍では愛香のことを瞬殺してしまうし、他の6体では愛香の望む真の意味での真っ向勝負にはならない。
「──と、今だ!」
愛香がそう声を上げて、蓮也の方へと一瞥する。先の失態がある蓮也は、少なくとも三苗戦では愛香の許可なしに回復魔法以外の魔法を放つことができない。もし、愛香の断りなしに魔法を放ち、それで三苗に勝利したとしても、愛香は蓮也を赦さず断罪──つまり、蓮也の首と胴は泣き別れとなるだろう。
愛香に魔法を放つ許可が出された今、蓮也は愛香が望む魔法を正確無比に放たなければならない。
これはない例だけど、例えば今蓮也が「花を咲かせる魔法」である〈平和の旗〉魔法を使用したら、問答無用で殺される。
蓮也は、『高慢姫』が求める魔法を瞬時に判断して放たなければならない。
そんな誰にとっても理不尽な戦場で、蓮也が選んだ答えは──。
「──〈紅焔神の涙〉!」
刹那、熱風が吹き荒れて愛香と蓮也の産毛を焦がす。
2人を分かつようにして放たれた死の炎が、轟轟と低い唸り声をあげながら『砂漠の亡霊』へと襲い掛かる。が──
「──刀機立断」
「──新技ッ!」
ここに来て、三苗が初見の技を放つ。
6本──ではなく、1本の刀が縦に振り降ろされて、紅蓮が一刀両断される。
「嘘……」
モーセが海を割ったように、三苗は炎を割る。左右に炎が通っていく中で、蓮也を視界の先に捉える三苗。
「──ひ」
鬼の形相を向けられたことで、蓮也は肺から空気を漏らす。
その声は、叫び声ではない。本当に余裕が出ないときに人間の口から出る、しゃっくりのような空気だった。
体がその恐怖に耐えかねて、正常な動作を放棄する。狂乱に陥るわけではない。パソコンで言えばシャットダウン。まるで金縛りにあったかのように、体だけが動かない状態で脳みそだけがフル回転している。
距離はあるけれど、三苗は真っ先に蓮也を狙うだろう。そうするのが最も堅実だからだ。
先程蓮也自身が放った〈紅焔神の涙〉によって、三苗が蓮也の元へ進む道は一直線に定められている。敵を攻めるにおいてその道筋が見えているのは致命的だけど、今の三苗には大して関係ないだろう。
だって、滾る炎の壁のせいで愛香は三苗に近付けないし、肝心の蓮也は動けないのだから。
──三苗の脳裡に微かに見えた勝機。それを逃すほど三苗だって馬鹿ではない。
三苗は、地面を蹴って蓮也の方へと移動しその6本の刀を振るい──
「──ここだ」
その言葉と同時、炎の壁を突き破るようにして文字通りに横槍を入れてきたのは1人の女傑──森愛香であった。
「先程、滾る炎の壁のせいで愛香は三苗に近付けないなどと言われていたがあんなの嘘っぱちだ。妾にできぬことなど無い」
そう言い終わるのが先か、斬り終わるのが先か。
横槍の奇襲を受けた三苗は、ガードが遅れて愛香のしなる義手の攻撃がクリーンヒットする。
土魔法ながらに、鋭さを持ち合わせたその蜘蛛の足のような義手は、しなやかな動きで三苗へと接近し、6本ある腕のうち、2本を斬り落とす。
地に打ち上げられた哀れな魚のように、2本の筋骨隆々とした腕が跳ね上がる。
〈紅焔神の涙〉の低く重苦しい音が通り過ぎた戦場には、斬られた2本の腕の中にあった2本の刀が落ちる乾いた音が響く。
「──残り4本。すぐに斬り落としてやる」
愛香はそう口にすると、挑発するかのように背中から生える土魔法の義手を動かした。