砂海の因縁 その⑥
三苗の本気──それ即ち、暴走して鬼の素顔が明らかになり、腕が6本に増えて六刀流になったのは、愛香で4度目だ。
要するに、過去に三苗と戦い、本気を出させることに成功した──つまるところ、三苗の討伐に必要な第一歩である、硬い甲冑を破壊したのに成功した事例は過去に3回あるのだ。
1度目は、第3代『剣聖』オーストレール・アンプルが三苗に挑むものの後一歩のところで届かず死亡し、2度目は隣国のニーブル帝国から『破壊王』ディエゴ・バルトロメオが三苗討伐に孤軍奮闘し、3度目は『悪聖女』カメリア・コルテットがあくどい魔術で追い詰めるけれども危機的状況を切り抜けて命を散らしていった。
剣士や魔法使いの命を多く奪っている三苗は、龍種の中で最も堅実だ。
その怪物の絶対的な勝利を揺るがすことは、誰にもできない。だから、愛香も──
「──ックソ!さっきから防戦一方だ!」
防戦一方でも、まだ命があるだけ彼女は評価されるべきだ。常人であれば6本どころか1本の剣でさえも相手にならない。彼女は常人じゃないから異人であり、そこから転じて偉人である──と言うのは、前もした表現だ。彼女の生まれた時代が違ったら、「戦の女神」として称えられてジャンヌ・ダルクと肩を並べた女になっていたかもしれない。
だが、そんなタラレバは彼女には関係ない。『高慢姫』である彼女は、生きたい時代を生き、戦いたい戦場で戦う誰にも縛られない風のような存在だ。だから、彼女は自由な雌雄を決して、奔放な戦法を想像する──。
「──おい、蓮也!妾にも腕を増やす魔法をかけろ!」
「え、えぇ!?」
蓮也は、愛香の唐突な無茶ぶりに思わず驚いてしまう。
愛香の考え方としては、相手が六刀流なのならこっちも六刀流で対抗しよう──というところなのだろうが、魔法だって何でもできるわけじゃない。
「流石に腕を増やすのは無理だよ、僕はドラえもんでもブラックジャックでもない!」
魔法はドラえもんの四次元ポケットでもないし、ブラックジャックのようなのような天才的外科医でもない。だから、腕を増やすことなど不可能──そう思われたが。
「たわけ!土魔法でもなんでも使って、義手と土槍を作れ!」
「──あ」
愛香の発想は理にかなっていた。確かに、土魔法を使用すれば義手や義足を作ることは容易いだろう。
だが、問題はこのゲームにはそんな魔法が存在しないこと。
「──いや、違う。これはゲームの世界だけど、ゲームをプレイしてるわけじゃない。なら!」
蓮也は、強く魔法杖を握る。今、蓮也はコントローラーを握って愛香とゲームを楽しんでいるわけじゃない。
今、連夜は命を懸けてその場で魔法を行使して戦っているのだ。ならば──、
「〈ウデヲツクール〉!」
そう口にして、蓮也はオリジナル魔法を行使する。その直球過ぎるネーミングセンスはどうかと思うが、蓮也はテディベアに「クマちゃん」と名付けるタイプの人間だ。名付けのセンスは生まれつき皆無で、それ故に気にする必要はない。
蓮也の〈ウデヲツクール〉によって、土魔法が行使される。
これまでとは違ったMPの減りを体で実感しながらも、愛香の肩甲骨の辺りには土が魔法の力で生まれるのが見えて、そして──
「──ふん。貴様もやればできるではないか」
愛香の背中から生えたのは、まるで蜘蛛の脚のような6本の細く先の尖った襟飾りのような腕が生まれる。いや、それを腕と表現するのは相応しくないだろう。
だって、それに手や指と呼ぶべきパーツはなく、先端がそのまま剣のように尖っているのだ。
「──まるで、乙和瓢湖の六道蠱だな」
一体、誰に伝わるんだと言うニッチすぎる名を出す愛香。同じく週刊少年ジャンプを愛読書にしている故人・鬼龍院靫蔓くらいにしか伝わらないだろう。
愛香は、一度後方に飛び三苗から少し距離を取って、その機動性を確認する。
肩を回してみたり、腕を大きく広げてみたりと、背中から生えた蜘蛛の足のような剣の動きを試してみる愛香。常人であれば、急に背中から蜘蛛の足のような剣が生えたら、自傷して死んでしまう可能性だって十分にあるけれど、何度も言うが彼女は常人ではなく偉人だ。
だからこそ、彼女は一瞬にしてコツを掴み、すぐに三苗の方へと舞い戻っていく。
「思っていたのとは違うが、今回は及第点で許してやる!攻撃手段の増えた妾に怖いものはない!」
そう口にして、背中から生えた蜘蛛の足のような剣を器用に動かして、三苗の腕にある6本の刀にぶつける。
状態は拮抗するかと思われたが、愛香は元から持っていた美白の腕が2本ある。三苗の刀を全て受け止めている今、三苗の胴は絶好の攻撃チャンスで──
「──〈森梟の慧眼〉」
愛香が槍を振るい、三秒の甲冑のない体にこれまでで一番力強い一閃を放つ。その鋭い剣閃──ならぬ槍閃は、三苗を赤黒い血と共に後方に吹き飛ばし、明確なダメージを与え──、
「──主客転刀、質実剛剣」
「──ッ!」
後方に吹き飛んでいく三苗だったが、即座に主客転刀を使用し、刀を振るった推進力であらぬ方法へと移動し、そのまま質実剛剣により愛香の方へと斬撃を飛ばす。
意図せぬ方向から飛んできた斬撃に、愛香は反応が遅れてガードすることもできずにその斬撃を食らってしまう。
転んでもただでは起きない──そう言わんばかりの反撃に、愛香は顔を歪めながら、堅実な三苗の方へと顔を向けるのだった。
「良い。そう簡単に倒せる相手だとは思っていない」
斬撃により、腹にできた傷を装備の上から優しく撫でて、愛香はそう口にする。
視線は、まだまだ戦う余力を残している『砂漠の亡霊』三苗の方へと向けられていた。
愛香を童話で表すなら「かぐや姫」だと思っている。
シンデレラとかラプンツェルみたいな西洋のお姫様ではなく、和のお姫様。