砂海の因縁 その⑤
「〈神をも殺す橘色の真槍〉」
愛香の槍が、火を噴く──というのは流石に比喩だが、それほどまでの勢いと猛々しさがその一撃に刃存在していた。
これまで、この技は暴走する驩兜を海の藻屑に変えて『総主教』のゴーレムを葬り去った百発百中にして必殺技である〈神をも殺す橘色の真槍〉と呼ばれる猛威が三苗に惜しみなく振るわれて、その命を散らし────、
「──ッ!」
愛香の放った最強の突きが、防がれるような感覚をその手に覚える。
確かに、硬い鎧を貫くのに、その硬さを感じることはあるだろう。だが、愛香が感じたのはそれとはまた別の違和。
まるで、貫けたのがその鎧だけで、本当に貫きたい三苗の体を貫けていないような──。
「──質実剛剣」
「──ッ!」
愛香の腹を掻っ捌かんと刀が振るわれ、愛香はその場から距離を取らざるを得なくなる。
そして、刀が振るわれたと言うことは少なくとも三苗は生きていて最小限右腕は使えることの状態である証明だ。
「妾の攻撃を耐え抜くとはな……」
愛香が放ったのは全身全霊の〈神をも殺す橘色の真槍〉だ。
戦闘において愛香が手を抜くとことはないし、三苗は因縁がある相手なのだから尚更本気で斬りかかるだろう。
「──勝つ気でいたんだがな。それでいて尚、この結果とは貴様の屈強さには呆れる」
愛香は錯覚していた。初めに砂漠で邂逅した時、三苗に「勝てるかもしれない」と思っていたのだ。
自分は三苗と渡り合えてる──そう思ってしまったのだ。
──しかし実際は、理由は知らないが三苗が攻めに転じることができずに、ただ愛香の軟弱な槍を受け流すだけで終わっていただけだったのである。
そのことが、レベル56になった今でやっと理解した。己の強さを過信しすぎたと、心のどこかで反省する。そんな中で、愛香の胸中を全くご察ししない蓮也が喜ぶような声を出した。
「やった!甲冑を壊せた!」
そう、愛香と蓮也の目の前に映るのは甲冑が壊れて筋骨隆々としたどこか色素の薄い健康か不健康か全く判別できない肌を持つ三秒の姿であった。上裸状態にすることで、三苗の防御力は大きくダウンしただろう。だが、しかし──
「本来はその体も貫くはずだったから完全完璧とは言えないが、鎧を壊せたことは喜ぶに値する。だがな、問題は三苗の顔が明らかになったことだ」
愛香は、三苗から視線を離さずにそう口にする。一瞬でも蓮也の方に視線を向ける──即ち、三苗を視界から外してしまうと、首が一瞬で取れてしまうような感覚がしたのだ。
先程、蓮也に放たれた炎魔法で感じた「死」とはまた別の「死」の感覚を愛香は覚える。
前者が、巨大なヤスリのような舌で舐められるような感覚の「死」だとしたら、後者の方は鋭い刃物で刺されるような感覚の「死」だ。こんな些事で自分は死なないと自負しているから、「死」を想うことも今を生きている実感も薄いのだが、今回ばかりは「死」を想るし、今を生きむ。
愛香の視界に常時捉えられ続ける三苗の顔は、鋭い牙を下顎から高く伸ばしている鬼のような見た目だった。その青白い顔色も相まって、甲冑を着ていた時よりも人ならざる者──という印象が強くなる。
「それがお前の真の姿か。不細工だ」
そう口にする愛香は、槍をギュッと強く握る。物怖じしない愛香でも、視界から外しただけで死んでしまう可能性が脳裡に浮かんでくる三苗に対しては恐怖を覚えている節があった。
目の前にいるのは、正しく怪物だ。人型をした鬼の剣士。どれだけ天才で猛者だとは言え、高校3年生だ。恐怖もするだろう。
──と、恐怖を覚えつつも、動き出さない三苗のことを注視し続ける愛香。
動かない三苗のことを訝しんでいた彼女だったが、三苗が動かない理由はすぐに判明する。それは──
「グアアアアアアアア!」
三苗の、言葉にならない叫び声が愛香と蓮也の耳を震わせる。愛香は横目で、蓮也が尻餅をついてビビっているのを見る。
ビビり散らかすのも無理はない。だって、三苗が背中から腕を生やしたのだ。
元から生えていた2本の腕から追加で4本──合計、6本の腕が三苗の体からは生える。そして、三苗の腰回りが光始めて、刀が5本追加される。
「──6刀流か……」
全ての腕に刀が持たれる。それは、純粋に斬撃が6倍に増えることを表していた。
刀1本でやっと対等だったと言うのに、相手の攻撃量が6倍に増えてしまったのはピンチと言っていいだろう。
「順当な強化だな。あまりに平凡な強化過ぎる」
そう口にする愛香。
甲冑を破壊されて、防御力を失った状態なので先程よりも攻撃は通りやすいだろう。だが、それは攻撃を当てることができた場合の話だ。
愛香の6倍攻撃ができる三苗は、愛香の6倍攻撃を受け止めることができる。あの刀の包囲網の間隙を突くには、かなりの技量が必要だ。しかも、攻撃している間はガードすることもできない。
三苗は、堅実だ。
だから甲冑が取れて暴走したとしても、人の姿から巨大な異形に変わったりはしない。
ただ、腕が増えて攻撃量が増えただけ。甲冑と言う防御を失った分、攻撃にステータスを振り直しただけ。
こうして、堅実で慎重に強化された三苗は、2人との勝負を再開させる。
6本の刀をそれぞれ構えて、愛香の方へと全ての剣先を向ける。
「──来い、相手をしてやる」
──砂海の因縁は、文字通りパワーアップして動き出す。
──刀槍魔法の決戦は、こうして最後の一幕に突入したのだった。
その勝利を掴むのは──