砂海の因縁 その②
金属と金属がぶつかり合い、甲高い音を鳴り響かせる。
岩のように重そうな甲冑を身に纏いながら風のような素早い動きを披露するのは龍種の中で唯一の人型であり剣士である『砂漠の亡霊』──三苗だ。
三苗の討伐隊は過去に何度か組まれたことがあるが、その全てが砂漠を彷徨い続けて弱ったところに出会って敗北している。それがわかったのは、剣で斬られたような傷を残した白骨死体が砂漠の中で討伐隊の腕章と一緒に見つかっているからだ。万全な装備をした討伐隊捜索隊がその死体の元へ駆けつけた時には、三苗の姿は砂に溶けて消えていた。
そんな、一面の銀世界──ならぬ金世界からの来訪者である三苗がこうして砂海の外に出て剣を振るうのはこの王国戦争が初めてのことだとされている。
それもそうだ、彼は『砂漠の亡霊』として恐れられており、砂漠の中でしかこれまで存在を確認されていないのだ。
それなのに今回、『古龍の王』の招集に応じて城内都市パットゥにて戦っている。それは前代未聞のことだろう。
砂に生まれて砂を生き、砂に散ることが確約されているはずだった『砂漠の亡霊』は、1人の傑女と再会し、砂漠以外で散る可能性が出てきたのだ。
──そう、自由度の高いこのゲームの中で最も自由である生粋の自由人である『高慢姫』森愛香との因縁は、どちらかが死ぬまで戦うのには充分な理由過ぎた。
三苗の本拠地である砂漠で、三苗と愛香の2人は一度剣槍を交えており、今回『古龍の王』の本拠地である極寒の地での戦は二度目なのである。お互いに武器をぶつけてその戦闘を開始していた。
「──口刀試問」
刹那、愛香のその細く白い首──いや、それよりも若干高い、薄紅色の形の整った口を狙って三苗から攻撃が行われる。
「──この技」
愛香は、見覚えのある技であるため槍の長い柄を利用して簡単にガードをすることができる。前よりも素早くなっているような感じがするけれど、数千年生きた三苗もこの数日で成長したのか、それとも前は本気を出していなかったのかはわからない。
「──手を抜かれていたと言うのなら、不快だ」
そう口にして愛香は、蓮也の方にヘイトが向かない程度に距離を保ちつつ後方に飛んだ。一方の蓮也はと言うと、うつ伏せの状態で飲みにくそうに何かのポーションを飲んでいた。
それが怪我を直接治すHP回復用ポーションなのか、より大きな怪我を治せる回復魔法を使用するために必要なMP回復用ポーションなのかは横目だけじゃわからない。彼女は、三苗のことをその双眸でしっかりと捉えて、槍を三苗の方へと突きつける。
「今度こそ、妾の経験値となれ。雑兵」
『高慢姫』のその口ぶりを耳にした三苗が、意味を理解したのかはわからない。
だが、その最強の雑兵は愛香の言葉に反応するように刀を振るい、最強の姫の方へと斬撃を飛ばす。
「──荒刀無稽」
「くどい!」
自らの方へ放たれた斬撃を飛び越えることで回避し、そのまま三苗の間合いへと飛び込んでいく。
空中で、お互いの視線が絡み合いその命を奪り獲らんとする金属が黒光りする。両者、その一閃に全てをかけて──
「──〈万物を焼く憤怒の天啓〉」
「──剣々諤々」
剣閃が重なり、想像もしえないような風圧が2人を襲う。
「──ッ!」
足場がなく、槍の一点に全ての体重をかけている愛香は、風が吹き荒れる今の状態でこの状態を保つことが難しく、一方で三苗は全体重をかけた槍をぶつけられることで、腕と刀一本でその重圧を耐え抜けばならない。
「──ッチ」
愛香が舌打ちをして、風に身を任せて後方に下がる。そして、槍を一回転させた後にすぐに三苗の方へと動き出した。
「〈森梟の慧眼〉!」
横にした八の字を描くようにして槍を振るう愛香の猛攻に、三苗は即座に対処する。
刀を振るい、愛香の槍を豪快にかつ丁寧に防ぐ。三苗は前回の戦闘で、〈森梟の慧眼〉の後の付きを食らい、少しダメージを負ったのだ。だからこそ、前回の反省を生かしてしっかりと受け止めている。
「──これすらも」
眉間にしわを寄せる愛香ではあるが、それでも彼女の美貌は美しさを忘れない。
全てを受け流してくる三苗は、言われている通り堅実だ。これまで戦ってきた龍種は、その大きさからガードすることをしなかったり、多少の攻撃を食らってでも爆撃してくるようなやつらばかりで、その身を守るようなことはしなかった。
だが、目の前にいる龍種は愛香と同じ人間サイズで剣を振るっているから、鎧があるとはいえ全て攻撃を受け流すのだ。
愛香の放つべく攻撃の全てが受け止められ、残る攻撃は〈神をも殺す橘色の真槍〉しかない。暴走する驩兜を仕留め、『総主教』の乗るゴーレムを粉砕した〈神をも殺す橘色の真槍〉ではあるが、その威力を出すのにはチャージ時間が必要だ。
しかし、この1vs1の戦場でそんな猶予を作り出すことはできず──
「──〈炎天の暴竜〉!」
「──ッ!」
刹那、愛香と三苗のことを飲み込まんと迫ってくる焔。ごうごうと音を立て、剣槍をぶつけ合う2人を容赦なく燃やし尽くすことを目的としたその炎だったが、狙われた2人はお互いに後方に飛び、2人を分かつようにその炎が通り過ぎ──
「──蓮也、どういうつもりだ!」
1つ、愛香の叱責が響いたのだった。