千射万箭悉皆新 その⑤
──『神速』の死亡により、『死に損ないの6人』は『死に損ないの5人』に変わった。
しかし、呼称の問題としては王国戦争中にメンバーが多く死ぬ可能性が予測される──それこそ、勇者一行敵対している『魔帝』や『古龍の王』や『羅刹女』、勇者一行に協力している『剣聖』と『無敗列伝』──それ即ち、全員が全員に死ぬ可能性が残されているので、王国戦争が終わるまでは『死に損ないの6人』と呼称させていただく。
第34代『剣聖』 マルクス・シュライデン
第4代『古龍の王』 鼬ヶ丘百鬼夜行
第13代『魔帝』 園田茉裕
『羅刹女』 ???
『無敗列伝』 アルグレイブ・トゥーロード
──『死に損ないの6人』は、残り5人。
***
「絶命した」
『神速』に組み付いてた誠がそう発言したことにより、美緒は安堵のあまり力が抜ける。
──『神速』への勝利。
それは、ドラコル王国を生きる弓使いとして大変誇るべきことだろう。
つい1週間ほど前までは『親の七陰り』の5人と一緒に攻撃することを試みても一勝どころか一分けさえ引き出すことのできなかった『神速』に、僅差とは言え勝利したのだ。
成長の理由には、魔獣の森を駆け抜けたことや鯀の討伐などが予想されるけれども、その実体はわからない。
「実際、奇跡的な勝利だった」
力が抜けてその場に座り込んだ美緒は、体に刺さったままの矢を1本1本丁寧に抜きながら、そんなことを口にする。傷口から血が零れるけれども、今はその痛みに耐えて全部抜いたら回復魔法を飲むつもりなのだろう。
──奇跡的な勝利だった。
『神速』がもっと慎重だったら、『神速』がもう少し注意深ければ、誠がの動きがあとちょっとでも遅ければ、美緒が咄嗟に『神速』の技を下手ながらに真似しようと思わなければ、美緒や誠がベストなタイミングで『神速』の行動を読み取り先立つ不幸を見据えられていなければ、一本でも矢の刺さりどころが悪ければ、『神速』が美緒を倒すのに接近戦を使用していれば、もし美緒と誠の2人で無ければ、敗北していた。
敗北に繋がるたらればなど、辛勝を勝ち取った2人の中では無限に出てくる。そして、明確に「敗北」となる理由までもが克明に出てくる。
だけど、今回はその無数にある敗北へと続く道を全て避けて、勝利の道を掴み取ったのだ。
「──が、奇跡的でも勝った。それならそれで、いい」
誠は丁寧に言葉を紡ぐ。右腕に刺さった矢を抜き取るのに少し顔を歪ませているのが美緒には見えた。
美緒は、全て矢を抜き取りHP回復用ポーションを2本飲むと、その傷が全て埋まっていく。
「私は完治──」
そう呟いた時、2人がいる『神速』との熱戦が繰り広げられた部屋の扉が開き──
「──あ」
「竹原か」
その部屋に入って来たのは、竹原美玲。『神速』との戦いで、誠に接近戦という発想を伝授した美玲の存在は、勝利に貢献したと言えるだろう。そんな彼女の腰には見慣れない鞘が携えられており、右腕はダラリと垂れさがっていた。
美玲は、部屋に散らばっている数えきれないほどの矢を見て、その戦闘の激しさを想像する。
そして、誠の膝の上で眠るようにして死んでいる『神速』の姿を発見して──。
「──おめでとう、勝ったのね」
「辛勝だけどね」
「そっちも誰かと戦ってきたように見えるが」
「そうよ。エレーヌと一戦」
美玲は「エレーヌ?」と首を傾げるけれども、誠はその戦友の名前を聴いて小さく頷く。
そして、美玲の腰に携えられてある剣の元の持ち主までもを察したのだ。
「戦い終わって、回復魔法を使える人を探してたの。腕、治んないからね」
「奇遇だな。俺もアキレス腱を切られてて上手く歩けないところだ。回復魔法は必須だろう」
そう口にする誠は、やれやれと言わんばかりに両の掌を顔の横まで持っていって首を横に振った。
「じゃあ、2人はここで待ってて。私が誰か探してくるから」
回復ポーションでなんとか傷が完治した美緒は、怪我人である2人に善意でそう提案して──
「「いや、いい」」
──2人に断られる。その想定外の返事に、美緒は驚きが隠せない。
「え、え?」
「今は栄を助けるのが一番よ。だから、動ける美緒はすぐにでも最上階に向かって『古龍の王』との戦いに参加しなさい。もしかしたら今も誰か戦ってるかも」
「俺も竹原と同意見だ。奥田の的確な援護は『古龍の王』と戦うのにも役立つはずだ。行ってやれ」
「でも、2人は……」
「大丈夫よ。誠は私が肩を貸せば歩けるでしょ?」
「──まぁな」
一拍返事の遅れた誠の言葉は、真実かハッタリかを見極めることが難しい。美緒はその真意がわからないけれども、少なくとも自分が先行できるような優しさであることは感じた。
「──じゃあ、私は2人を信じるから。先に行くよ」
「あぁ、悪いな。無理を言って」
「勝つのよ」
「うん、ありがとう」
美緒は、誠と美玲の言葉を聴いて先に動き出す。扉を開けたまま出て行ったのは、2人が出やすいようにするためだ。
──こうして、美緒は『古龍の王』のいる第五層へと一人で移動を開始したのだった。
『羅刹女』の正体はいつ明かしましょうかね