千射万箭悉皆新 その④
誠の体に突き刺さる一本の矢。
たった一本の矢だが、千射万箭悉皆新──。
1本1本の矢に集中し活路を見出そうとする『神速』にとって、1つ1つに抜かりなく取り掛かる『神速』にとって、たった1本の矢で状況が覆ることは珍しくない。
誠の首に向かって正確無比に放たれた矢は、皮膚を裂いて肉を切り骨を断つ。
回避できない、できるわけがない素早すぎる一発に誠は射抜かれたのだ。その誠の様子を見た『神速』は──
「──ッチ!腕を捨てて即死を免れたか」
誠の腕には矢が突き刺さり、紅く染まった矢じりが腕から飛び出ていた。
だが、間に腕が入ったことにより誠の首に矢が刺さることはなく、一命を取り留めることになる。
「──『神速』の矢が馬鹿正直に真っ直ぐと首に飛んできてくれるから助かった」
『神速』は、自分自身の矢に自信を持っている。
だから、トドメを刺すときは小手先だけの一発ネタのような騙し撃ちを使用せずに、己の矢を真っ直ぐに放つということを無意識的に行ってしまっている。
それこそ、弓を嫌がらせに使用しない場合以外は真っ直ぐに矢を飛ばしはしない。卑怯な勝ち方でも彼の心は痛まないが、正々堂々と放った一発で勝利する方が、彼の優越感は満たされる。
──が、今回はそんな無意識的な彼の考えが裏目に出た。
『神速』が誠の首を狙って真っ直ぐに矢を飛ばしたことにより、同じく弓使いの誠は、即座に着弾地点を予測した。だから、その範囲を守るように手を出して、その矢の威力を減衰させたのだ。
もちろん、この一撃で矢の刺さった右腕は使い物にならなくなり、先程のように拳で攻めるという戦法は使えなくなるかもしれないが、命を奪われなかったことは大きい。
「──再度、反撃開始だ」
その言葉と同時に、アキレス腱を切られて動けない誠は声を上げる。それと同時に一本の矢を放ったのは美緒だ。
「──〈流星の矢〉!」
「ッチ!」
音速で迫り来る矢を回避することしかできない『神速』は、咄嗟にその体を動かす。
もう既に、誠の無力化は成功している。
両方の脚のアキレス腱を切り終えその場から動くことができず、右腕を矢が穿っているためにこれ以上矢を引く力も残っていないだろう。誠はそれ以外にも攻撃する方法を持っていないようで、できるのは頭を回すことだけだ。
となれば、対処は後でもできる。今優先するべきなのは、美緒の対処だ。
大量に矢が刺さっているけれども、どれも致命傷にはなっていない。行動不能になるような攻撃さえ仕向けられれば勝利は僕のものだ──などと『神速』は考えてその体を動かす。
「──〈雷光の天啓・尊〉」
その言葉と同時、『神速』はまるで舞踊のような動きを始める。
そのスラっとした四肢を動かしながら、多くの傷が残る体で舞う『神速』の姿は、まるで白鳥だ。
その優美さを纏いながら、彼は──
「──危ないッ!」
誠の忠告と同時、舞を踊っている最中の『神速』から矢が放たれる。美緒は、誠の言葉に耳を傾けていたため、横飛んで回避するけれどもその脇腹を矢が掠り血が吹き出るのを感じる。
舞により弓を引く動作を隠しながら、予想できない動きと予想できない場所から矢を放つ『神速』の攻撃──〈雷光の天啓・尊〉は、彼が奥義として使う全4種の〈雷光の天啓〉シリーズの中でも得意とするものだった。
「──変な攻撃、でも厄介……」
もし、〈雷光の天啓・尊〉を美緒や誠が真似しようとしてもできないだろう。
この技は、『神速』の早撃ちする力があってこその技なのだ。
「これは僕にしかできない攻撃さ。君達には到底真似できないし、君達には見破ることもできない」
『神速』はそう口にしながら、先程に続き2発3発と矢を放ってくる。
明確な殺意と威力を持ったその攻撃は、確かに美緒の方へ迫る。彼女が回避する動きを見せて、1本はギリギリ回避できたけど、2本目は体に掠ってしまう。
「対抗する方法は……」
美緒は思考を回す。目の前の『神速』に勝つ方法。弓使いとしても戦闘経験としても圧倒的に上な『神速』に勝つ一縷の望み。それは──
「──は」
「面白い」
驚く美緒と、感心する誠。
2人の目の前で開始したのは、『神速』と同じように舞を披露する美緒であった。
「ちょっと待ってよ!馬鹿なの?さっき僕は〈雷光の天啓・尊〉は僕しかできない攻撃って言ったよね?話聞いてなかったの?」
「いいや、できるわ」
そう口にして美緒は踊りながら弓を引いて矢を放ってみるけれども、見当違いな方向に飛んでいく。
それを見た『神速』は、思わず吹き出してしまった。
「ぷぷ!ダメじゃん、やっぱりできてない。君は僕のようになれない。〈雷光の天啓・尊〉はこうするのさ──あだ!」
そう口にして、『神速』が弓を引いて矢を放とうとしたその時。床とは違う感触のなにかを踏んで、ズルリと滑って転んでしまう。
咄嗟、自分が踏んでしまったその物体を見ると──
「──誠!?」
『神速』の足元に、唯一使える左手で頑張って地面を這って移動してきていたのは誠だった。
──そう、『神速』が不慣れで下手な〈雷光の天啓・尊〉に見惚れている間に、誠は『神速』の足元にまで移動していたのだ。
弓も組技もできないと、完全に誠のことをいないものとして扱っていたために、気付けなかったのである。
「──奥田。やってくれ」
転んだ『神速』の腕から弓を奪い取り、それを誠は後方へと投げる。『神速』が弓の方へと手を伸ばすけれども、覚悟を持った誠は、『神速』を手放してしまうだなんて行為はしない。
ただ、美緒の方を見つめて、『神速』の殺害を依頼し──
「──わかったわ、誠。私もあなたがトドメを刺してくれるって甘えるようなことは言わない」
美緒はそう口にして、誠を射抜かないように2人の方へ近付いてから、細心の注意を払って矢を放つ。
──千射万箭悉皆新。
矢の1本に笑うものは、矢の1本に泣く。
一つ一つのことに手を抜かずに努力していくことが勝利のカギなのだ──と、『神速』は最期に学びながらも、心の中では「これは1vs2の戦いだったからタイマンなら勝っていた」とぼやき、その命を散らした。
〈雷光の天啓〉シリーズ
〈雷光の天啓・花〉
〈雷光の天啓・宝〉
〈雷光の天啓・尊〉
〈雷光の天啓・雪〉
モチーフは四季です。